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中国に見る持続可能な農業生産と人口
 早稲田大学アジア太平洋研究科で筆者が主宰しているプロジェクト研究〈環境と持続可能な発展〉では、同じ課題を研究している北京大学大学院の葉文虎教授の協力を得て、農業と環境から中国社会の持続可能性を検証する現地調査をこの三年間続けてきた。
 自然の生態系と均衡を保ちながら、人口圧力と食糧生産の課題、すなわち〈持続可能な社会〉にどう取り組んでいくのか。アジアの途上国が総じて直面している問題への説得力ある取組みの例として、中国政府が力をいれている「生態農業」の現場を紹介したい。
 
生態農業の主力エネルギー源、メタンガス発電装置
 
 大興県(Daxing county)留民営(Liuminying village)は北京市郊外三十キロに位置し、耕地面積百五ヘクタール、戸数二百四十、人口八百六十二人の村である。一九八一年、北京環境院教授でチーフエンジニアの下有生氏が中心となって指導、生態農業への転換に取り組んできた。一九九七年には国連環境計画(UNEP)のグローバル五〇〇賞を受賞、その実績を国際的に評価される生態農業のモデル村となった。
 九六年までに、さらに五百二十人の専門家が自発的に参加し、村民とともに留民営の生態農業建設プロジェクトを支えてきた。生産インフラの整備から着手、構造改革を進め、栽培業、養殖業、加工業、観光業の四つの産業からなる生産集団に成長した。養殖業は、ニワトリ十万羽、牛百頭、豚五千頭、魚も養殖している。栽培業は野菜三十ヘクタール、飼料用の穀物の小麦とトウモロコシ合わせて五十ヘクタールを耕作している。工業は九〇年代に入って急成長し、現在八つの新鋭工場を村が経営している。食糧・飼料の加工工場、北京ダックの加工工場、車の部品生産(車の排気ガスを浄化する部品)、豆の加工業などである。観光業は東京でも第一級といえる宿泊施設を備える。巨大なホテルを核に、北京市民を顧客とした滞在型グリーンツーリズムを営んでいる。
 生態農業のエネルギー源は、メタンガスと太陽エネルギーに依存している。主力のメタンガス発電装置は、八〇年代はじめ、各家庭ごとの小規模のものから、アメリカ企業の設計による大型設備に切り換えた。
 年間三十万立方メートルのメタンガスにより、二百四十戸分の電力と各工場の使用電力を賄っている。発電後の残滓は良質な有機肥料に。農産物の質、量が向上し、留民営は北京市内の緑色食品の有機、無農薬栽培生産基地になっている。
 八〇年代には二百五十トンだった年間の化学肥料の使用量が、一九九九年は七十トンに減った。各家庭は精華大学の設計による太陽エネルギー利用の温水器装置を取り付けている。このようなやり方で、農民は環境に負荷をかけることなく、太陽光とメタンガスの再生エネルギーによって生活している。
 
ガスを抜かれた排せつ物は、堆肥として畑に戻され絶品料理に(写真はいずれも留民営で筆者撮影)
 
 一九九九年、留民営の総生産額は一・三億元(一元は十五円)に達した。一人当たりの居住平均面積は五十平方メートルと、北京市よりもはるかに広い。経済力の向上により、福祉と労働環境が整備され、学校、銀行、郵便局、老人クラブなどが充実し、農民の環境意識は高まってきた。この間の資金は北京市と中央政府からの補助に農業銀行からの融資、さらに合弁会社をつくり香港から資本を導入している。
 村民の連帯意識も一段と強まり、品種改良、土壌改良にめざましい成果を上げた。生態農業を安定して続けることで、例えば計画出産によい影響がみられる。
 一九八〇年に八百八十四人だった村の人口は、現在八百九十人でほぼ横ばいである。生活が改善され、福祉が向上したので将来への不安が出産減につながったといえよう。生活水準が向上すれば教育の水準も上昇し、農民の生活にゆとりをもたらす。生態農業の経営は、その産物を原料に加工型工場も誘致しているので、ここでは中国農村を埋める失業者の姿は見られない。他地域からの出稼ぎ労働者を四百人ほど雇っている。
 しかし、中国全体では一人っ子政策にもかかわらず、人口は毎年約千四百万人増え続け、二〇五〇年に十六億人に達し、その後ようやく静止人口へ到るとされている。
 他方インドの人口は十億人に達し、まもなく中国人口を上回る。
 
拡大基調戒めたガンジー
 途上国の総人口は、人口抑制の国際的努力が予想されたとおりに実を結び、増加率が減りつつあるが、それでも世界人口は二〇二五年に七十億人を超えるとみられる。土壌や水環境、生態系に負荷をかけずに、飛躍的な増収が可能となる育種、栽培技術が編み出されない限り、マルサスはお蔵入りどころではないだろう。西アフリカでの「生態系難民」の発生が示すとおり、地域によっては、Malthus is just around the cornerの危険な状態が連続することとなろう。
 環境基本法が掲げているように、当面の危機回避策は天然資源、環境資源の消費を極小に抑え、物質が生態系を循環していく、抑制のきいた自己完結型の社会へ切り換えていくことであろう。
 同時に、地球規模で人口問題をとらえるときに忘れてはならないのが、現代文明の拡大基調を戒めるガンジーの言葉である。
 
地球は人類に食を与えることはできるが、人類の欲望を満たすことはできない







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