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(10)聞く耳を持たない方々
 
 さらに、産業としての重要な視点がある。それは生糸産業の生産性の低さからくる価格の高さと、汎用性の狭さである。紡ぎ糸であるならば綿糸・毛糸(羊毛)のすべての代替は可能であり、価格が安ければ市場の拡大は可能である。しかし、生糸の市場は上記の要因により、一九九五年以降、飽和状態に達し、最大の生産国である中国では生産制限が実施されている。たとえ、発展途上地域で養蚕に成功したとしても、質の良さ・価格の両面で中国産に打ち勝つことは容易なことではなく、販売することは、実のところ生産する以上に難しく、振興すべき産業としては適切ではない。こうしたことはJICAや外務省の関係者に何度説明しても受け入れていただけず、相変わらずカイコによる養蚕を推薦・実施している。真に遺憾である。このような援助姿勢ではODAの使い勝手が有効に進まないのは当然である。中には「私たちは技術援助ですので、販売のことは考えておりません」と真顔で答えられる方も多く見られ、呆れて二の句が告げない限りである。
 
(11)養蚕からアグロ・インダストリーヘ
 ところが、注目すべきは生糸に固執しないとなると、生産性を著しく高めることが出来る。第一は出殻繭を利用するため、細かい維持・管理が軽減される。生糸の場合、傷ついた繭の商品価値は著しく低下するが、「新しい形態の養蚕」では最初からクズ繭を取ることに目標を定めているので、クズは発生しない。最終脱皮した五令期頃の食欲は旺盛で、餌の供給等に労働力が集中するが、労働力の分散のため産卵時期を少しずつ遅らせ、卵から成虫まで同時に飼育すれば、労働力を平準化することが可能となる。生糸生産では考えられないシステムである。また、毎日、繭を確保することができる一方で、毎日、卵も確保可能となり、各作業現場を専任させることが出来、技術の習得は短期に済ませることができる。こうした現場が形成されれば、それは農業と言うより、工業の生産現場の考え方が有効となる。その結果、一次産業でありながら、極めて生産性の高い産業に育て上げることが可能となり、その存在はアグロ・インダストリーに近いもので、より安定した雇用の機会が確保される。
 
(12)マネジメントは現地の方に
 プロジェクトの実施を通じて実感したことは、マネジメントの重要性を従業員に徹底させることの難しさであった。私の所属していた大学はマネジメントを専門とする大学であり、教え子さんはこのことをよく知っていたのではあるが、彼らもかなり苦労していたようである。しかし、彼らは心得たもので、現地の慣習のもとで上手に使用していた。現場で、私がもし、彼らと同じことをした時には国際的な軋轢も生じかねないこともしばしば見られたが、それはお互い同じ文化の中で暮らす同士であり、軋轢解消の術は心得ていた。
 
(13)行動する二〇五〇としてフイリピンへ
 それまで出版・啓発活動に重点をおいて活動をしていた「NPO二〇五〇」に対して、行動する「NPO二〇五〇」としての私の提言が受け入れられ、フィリピンのパラワン島で「新しい形態の養蚕」が開始されたのは、二〇〇〇年の九月からであった。フィリピンのプロジェクトで私としての初めての経験は、この度は片腕としての教え子がいないことであった。私の実力のほどを試された感じもあるが、出来栄えは現在のところ四〇点であり、私としては厳しい現状と考えている。
 
 
手前で葉を手にしている女性はプロジェクト・リーダーで、アメリカからのボランティアに養蚕を説明しているところ
 
 
(14)四十五日毎に一〇〇倍増に
 パラワン島は北緯一〇度に位置し、南東から北西に向けて細長く、南シナ海に面した島である。最高気温は三十五〜三十七℃、最低気温は十八℃位で、四方を囲む海面温度は二十五〜二十七℃であるため、気温の変化が少なく、エリ蚕の飼育には最適である。また、雨も多く餌とするヒマやキャッサバの栽培にも適している。卵から羽化・交尾・産卵のライフサイクルは四十一〜四十五日である。その上、熱帯産種であるため、一年を通して連続飼育が可能で、一度の産卵数は四百〜五百個であるから、歩留まりを半分と考えても、オス・メス百のカップルができ、四十五日毎に百倍に増加する。前述したように、出殻繭を利用するため、すべてを羽化させるので、放っておけば、計算上では一年間でその数は1億の1億倍に増加し、数のコントロールが必要となる。
 
(15)エリ蚕の蛹でシャモの飼育
 タイでは蛹をトリの餌として与えていたが、蛹を持っているだけでも、シャモが集まって来るほど、蛹は良い餌となっていた。パラワン島でシャモの飼育が盛んであることを知ったのはプロジェクトを開始してから、間もない時のことであったが、タイではすべての実験は完了していたので、シャモの飼育には心配はなかった。また、技術移転も割合スムーズに進んだ。しかし、マネジメントを実施する有能な人材がなく、エリ蚕の組織だった養蚕は進んでいないが、パラワンでの事前調査はすべて済み、目下本格的な取り組みに向けて、アジア開発銀行と一緒に行動する算段を進めているところである。
 
(16)ニットの編物が養蚕より先に
 養蚕を主体にしていることの目的は女性に適した雇用の創出であるが、北谷昭子氏を中心として手紡ぎ糸をもとに手編み(ニット)部門のプロジェクトも実施中である。女性にはこの部門の人気は非常に高い。熱心な女性も多く、技術的な向上には素晴らしいものはあるが、販売可能なものとするには品質管理等の多くの問題が控えている。養蚕の遅れを心配する方もおられるが、これは技術的にクリアーしており、心配はない。しかし、日本の消費者に向けた最終製品に係わるところの問題は実に難しい。
 
 
かつて養蚕を実施していた福島在住の渡辺さんが現地視察団の女性に養蚕を説明しているところ
 
 
(17)忙中に閑ありが大きな発見
 パラワンでの仕事はこの一年間、忙中に閑ありの状態であったが、アジア開発銀行等と一緒に実施する大きな自身を持ち得たことは考え方の指針となるある発見である。それは昆虫の利用による蛋白源確保の道であった。今日の三大蛋白源はウシ・ブタ・トリであるが、これらはすべて恒温動物であり、食べたものは体温維持にその多くが消費される。しかし、昆虫は変温動物であり、体温維持としてエネルギーが消費されることはなく、極めて効率よく蛋白質に変換される。また、ウシ・ブタ・トリのように飼料用穀物で飼育する必要もない。
 インドシナ半島を始めとしてインドネシアの山間部や中央アフリカの内陸地域では昆虫食の習慣がある。その上、エリ蚕の幼虫や蛹には人間が必要とする八種の必須アミノ酸をすべて持ち合わせている。直接食用とせずとも、パウダー化する等の工夫により栄養添加剤とすることも出来る。また、大量に発生する幼虫でトリを飼育することができるが、幼虫を餌とすることにより飼料用穀物の消費削減が可能となる。
 
(18)食糧輸入量が増大するフィリピンとインドネシア
 フィリピンとインドネシアでは緑の革命の効果は消え、米の輸入量は漸増し、一九九八年度の世界貿易統計では、それぞれ、一位と三位にランクされている。また、インドネシアの同年の小麦輸入量は三百四十四万トンに達しいている。双方共にこれ以上食糧不足を加速させてはならない。フィリピン南部やインドネシアでは、工夫すれば、連続的に、かつ、年間三回ほど収穫が可能であり、極めて高い生産性のもとで稲作が可能である。規模を大きくせず、日本で用いられている耕作器具を用いれば、女性の労働力で十分耕作可能となり、女性の雇用創出を大幅に喚起することが出来る。
 
(19)新しい形態の養蚕と日本式稲作でインドネシアに緊急援助を
 インドネシアは世界最大のイスラム国家であり、現在、多くの理由で危機に瀕している。島嶼が多く、民族の数は三百に達し、政治的な管理が大変難しい国家であるが、食糧の増産や女性の雇用機会の創出に向けた援助協力であるならば、どの民族と言えども反対の気持ちはないはずである。スマトラ島やボルネオ島には数多くの河川による広大な水面域があり、こうした水面域を上手に利用し、水耕栽培型にすれば、稲作は可能であると同時に環境への負荷を大きくせずに済む。前述の論文で記述済みであるが、従来方式の食糧増産では千万ha近くの熱帯雨林がこの十年以内に伐採される可能性は極めて高い。しかし、食糧増産のためとするならば、誰も制することは出来ないであろう。
 インドネシアはキャッサバの大生産国であるが、その葉はほとんど使用されていない。また、各下流の沿岸域にはエリ蚕の餌に適したヒマは雑草のように自生しているので、有機栄養塩を多く含む水を利用してヒマの栽培をすれば、ヒマの種子・葉の採集が同時に収穫可能となる。キャッサバとヒマの葉を用いれば、養蚕・養鶏が実施できる。イスラム教徒には、教義によりブタを食べることは禁止されているが、トリの場合には制限はなく、エリ蚕による養蚕・養鶏はイスラム文化圏には適した産業と言える。
 インドネシアは日本の経済にも大きな係わりを持っている。もし、インドネシアで政情不安が長期化し、さらに、それが内乱に発展するようなことになれば、日本への影響は甚大なものとなることは間違いない。上記の援助は箱もの中心の援助と違い必要とされる費用はけた違いに小さい。日本の稲・絹の技術とODA予算の一%もあれば、インドネシアの食糧不足は三年以内に解消可能である。
 
(20)フイリピンからインドネシアそしてアフリカへ
 アフリカは世界の五四%のキャッサバを生産している。特に、アフリカの中央部に位置するナイジェリア・コンゴ・ガーナ・タンザニアはいずれもキャッサバの大生産国となっている。人口が多く、貧困が進むこの地域では、キャッサバを食べることを余儀なくされているが、毎年、多くの子供たちが栄養不良のため死亡している。キャッサバは他の穀物に比べると蛋白質の含有量が少なく、死亡の最大要因は成長時の蛋白源不足である。しかし、前述したようにキャッサバの葉を用いればエリ養蚕が実施でき、即刻、大量の蛋白源の供給が可能となり、多くの子供たちを救済することできる。この地域には昆虫食の習慣のある地域もあるが、そのような地域では養蚕による昆虫は清潔で、優れた食糧源となる。この未使用のまま畑に捨てられているキャッサバの葉を用いたエリ養蚕は、今後アフリカで急増する蛋白食糧源需要に対しては、即効性があり、実行可能なものとして、極めて有力な解決策と言えるが、知性あふれる政治家、JICA、そして外務省の皆々様方如何なものであろうか。







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