日本財団 図書館


(5)社会扶養費はいったん国庫に上納
 ところで一九九三年以降、戸籍統計上人口の絶対減に入っている上海市はどうか。流動人口は二〇〇〇年人口センサスで三八七・一一万人、戸籍人口一三二二万人、その他様々な条件が加味されると合計一六四〇万人とされ、合計特殊出生率は〇・八まで低下。(ちなみに二〇〇一年東京都は一・〇)。上海市でも一人っ子政策を継続すべきか否かは、かねてから専門家の間で論議はされてきた。しかし抑制を緩めると約五二%の若夫婦は第二子出産を望むという調査結果もあり、かつ上海が規制緩和した際の他地方への影響を考慮すると、やはり人口爆発への懸念からか、緩和への方向転換はここでもみられない。
 唯一の変更としては、二〇〇三年市政府で決定される「上海市計画出産条例」では、「第二子出産を許された者で出産間隔を四年あけなければならない」という規定は、抑制、育児にも意味がないとされ、撤廃される予定だという。(上海市人口と計画出産委員会副主任 孫常敏の八月二十五日筆者への説明)
 罰金の徴収法である「社会扶養費徴収管理弁法」が「人口・計画出産法」の付帯法規として二〇〇二年八月二日公布、同九月一日から施行された。この弁法は計一五条からなり、その徴収基準について地元の、かつ当事者の実際の所得、および法律・法の規定に反する出産の情状を考慮して徴収金額を決めるとする、具体的徴収基準と納入方法は各地方にまかせられている。(注5)
 
   注5  九〇年三月の「上海市計画出産条例」による社会扶養費(超過出産費、罰金)は、第二子が前年夫婦双方の収入の三倍、第三子が、四〜六倍と多額である。上海市内の四平街道で二〇〇一年にどの位の計画外出産があったかを聞くと二例あり、その一例は、前年二〇〇〇年年収一・五万元の三倍、かつ夫婦双方数に計九・二万元が三回分割で支払われた。二例は三五歳(相手に妻子あり)婦人病をもつ未婚者の出産で無職、罰金額は同情の余地ありとして二〇〇元であった。計画内許可をうけての第二子出産は、四平街道でみると、九八年二六件中の一六、九九年三四件中の一八、〇〇年二四件中一三、〇一年二四件中の一四、計一〇八件中の六一(五六・五%)が再婚によるケースであった。(筆者の〇二年九月の現地調査による。)
 また上海全市での計画外第二子出産は、九八年に一七八件、九九年二二件、二〇〇〇年三〇四件、計画外第三子出産は九八年八件、九九年一三件、二〇〇〇年九件であった。(『上海市計画出産年鑑』による)“避風港”といわれる上海市で、社会扶養費は、戸籍地でとりたてることになっている故に、(二〇〇〇年から国家計画出産委員会は全国統一してグリーンの「流動人口婚育証明」を作っているが)流動人口の出産管理漏れは、かなり多いとみなければならないだろう。
 
 この社会扶養費徴収にあたっては、県レベル人民政府の計画出産官庁が書面で徴収の決定をする。郷(鎮)人民政府や街道弁事処(居住区事務所)に書類による徴収の決定を委託することもできる。いかなる団体または個人も計画出産と関連する費用徴収項目を勝手に増やしてはならず、社会扶養費徴収基準を引き上げてはならない、とする。
 社会扶養費とその滞納金は、すべて国庫に統一上納され、国務院の財政官庁の規定に従って地方の財務予算に組み入れる。社会扶養費を留め置き、流用、横領、山分けした者には、相応の処罰をする、と厳しい。名称の変更は「出産権の尊重を強調しており、背後には管理方式の大変革が存在している」とみられている。
 
 
映画館に2000人余を集め、歌手をよび計画出産の賞を与える。テレビ局・電話相談などの広報活動も展開
 
 
 徴収する場合は以下の六ケースであり、「人口・計画出産法」第一八条に基づき地方法規を考慮して定められた。
(1)地方法規に定められた許可範囲を超えた出産。
(2)法定の婚姻登録をとらずの出産。
(3)養子縁組行為が法に適合しない。
(4)再婚が法規定に適合しない。
(5)外国に留学した中国公民および外国人、台湾、香港、マカオ在住者と結婚した者の出産行為が国の関係規定に適合しない。
(6)その他地方の人口・計画出産法規の規定に適合しない出産行為をした者、とされる。特に(5)は新しく注目される対象項目である。
 計画出産活動における職権の乱用、違法な行為を禁止し、強制的に命令し大衆の合法的権益を侵すことを許さないともある。これは「条件に反する出産は、社会の公共資産の侵奪であり超過出産者は社会に対して経済的補償を行うべきである」という当局の理念からきている。低出生率で悩む日本の出産援助とはまさに逆の考え方である。
 しかしながら、新法は人口抑制の面だけを徹底して厳密化したわけではない。「女児を出産した女性や子供を生めない女性に対する差別、虐待を禁ずる。また女児の差別、虐待、遺棄を禁ずる」(第二二条)、「超音波技術やその他の技術手段を用いた医学的に必要とされない胎児性別判定の実施を厳禁ずる。また医学的に必要とされない性別選択による人工妊娠中絶を厳禁ずる」(第三五条)など、明文化したことから、抑制策によって生じた男女比の不均衡などの新たな問題に、政府が真剣に取り組む姿勢でいることがうかがえる。また様々な条件をより厳密化したこと自体、法の抜け道をできるかぎり減らし、出産をめぐる環境をより平等にしようという動きまである。
 そもそも人口問題とは数だけの問題ではなく、資質(優生)、移動分布、産業別人口、教育水準、年齢構造など実に多面的である。「数」の上での人口問題だけでなく、都市・農村の二元論的、身分制的戸籍改革の問題にも直面しているのが中国の人口問題の現状である。
 また世界最大の人口を有する中国の問題が、世界の課題である地球環境の動向に与える影響ははかりしれない。中国一国の問題としても、本格的な高年齢化が始まる前に、人口を抑制しつつ、さらなる経済の発展を遂げ、少しでも豊かになった後、他の先進諸国と同様の高齢化という難題に取り組み、少しでも柔軟な着陸をめざしたいという思惑もある。中国は「一人っ子政策」をなお続けざるを得ない。その覚悟を今回の新法施行は示している。







日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION