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(2)経済構造変化
 経済発展は単なる量的拡大に止まらないことはいうまでもない。つぎに質的側面、構造問題で日本経済がどのような展開をしてきたかについてふれることにしよう。それは簡潔にいえば脱農化、脱工業化、サービス経済化の急展開であった。国民純生産のシェアでみると農業など一次産業は一九四六年の三六%からほぼ一貫して低下し、十年間に半減の速度で七五年には六%となった。一次産業の就業者のウエイトが一〇ポイント低下するスピードは欧米諸国では三十年前後であるのにわが国は僅か一〇年であった。第一次産業のウエイトが五〇%を割る農・非農転換から一〇%を切る脱農化時点までが僅か二五年で主要国の三分の一乃至四分の一の短さであった。
 第二次産業への重点移行が早かったのは比較生産性優位という経済的要因からの当然の帰結であった。時期による変化は免れなかったが一次対二次の生産性格差は二〜三倍と大きかった。零細性農業は大規模化指向の製造等に及ぶべきもなかった。農業の家族就業者に代表される過剰労働力の排出といういわばプッシュ要因、非農業労働力需要の増大というプル要因が就業構造変化ひいては産業構造変化の原動力となったのである。
 その製造業が合理化によって労働力需要を相対的に減少させ、非農業労働力増加の中心が第三次産業に移行するにはあまり多くの年月を必要としなかった。また、GNPに占める第三次産業のウエイトが五〇%をこえる事態に移ったのが八五年である。
 第三次産業は所得上昇による消費内容の財からサービスヘのシフトを反映した基本的要因の結果としての肥大であったが、供給サイドからの誘因としても加速された。対個人サービスに止まらない対事業所サービスの発生である。その中心は情報化で、その担い手としての広告業、行使手法としてのリース産業などの登場である。対事業所サービスの増大は商品の高付加価値化に伴うものであり製造業のサービス化、商品のサービス付加の傾向は国民生活の面からみればレジャーなど対個人サービスなどとともに消費内容の高度化というべきものとなっていったのである。
 貿易自由化に端を発した経済の国際化は、貿易面での地位拡大を展開したわが国にとって影響は大きかった。市場の拡大に対応すべき役割を補足したのが産業の情報化であり、資本の国際間移動と相俟って経済体質を急速に変化させていったのである。三次産業から四次産業へとまで呼称されるような経済構造の変化となったのである。こうした経済構造の変化は社会的な面からは価値観の変化へと波及していくことになるわけだが、ここでは深く立入ることはしないことにしよう。
 
(3)経済の停滞局面入り
 日本経済は半世紀をこえる間経済発展を維持してきたが、その間、必ずしも順風満帆とはいえなかった。赤字国債の発行を余儀なくされた昭和四十年不況、石油危機時のマイナス成長なども経験した。しかし、これらの不況も比較的短期に克服して、経済発展の路線は大きく踏み外されることにならなかったといえる。
 しかしながら状況の変化は厳しく、局面の転換とでも云うべき時期が訪れたのである。それは平成バブルとその崩壊による長期不況、経済の停滞である。平成バブルの発生は、政策の失敗、構造問題、国際的要因が指摘されているが、その現実を要約すれば、八〇年代後半の急激な円高による不況への対応として行われた金融緩和が有効性を発揮しないところへ、アメリカの株式大暴落(ブラックマンデー)が起き、わが国は引きしめ策に転換せず、マネーサプライの増加、株価、地価上昇のいわゆるバブルヘと発展していったのである。遅れて八九年に日銀が金融引きしめ策に転じ九〇年、円、債券、株のトリップル安となった。
 バブル期の不動産融資が不良債権問題に波及するのは時間の問題であったが対応が遅れ状況の悪化は加速していったのである。銀行、証券会社の破綻などでの公的資金の注入など政策対応もとられたが、九〇年代を通ずる金融緩和政策などを背景に不良債権処理の先送り、不況の長期化が現実となったのである。二一世紀に入っても深刻化は止まっていない。マクロ経済成長率は九〇年代前半二・一%、後半一・三%二〇〇〇年代に一・一%と経済停滞状態となった。
 企業のリストラによる人員整理など反映した求人需要の減少で有効求人倍率は九二年以降一を下回り、九九年以降〇・五%前後となる一方、九五年に二〇〇万をこえた完全失業者は二〇〇一年には三四〇万と増加、失業率も五・〇%を超えた。
 長期にわたって着実な発展をつづけてきた日本経済はここに至って完全に失速するところとなったのである。三十年代の昭和恐慌の再来となるか否かは今後の政策課題への取組み如何となるわけだが不良債権処理に象徴される構造改革と不況打開のバランスのとれた政策対応が有効性を発揮するには、政治、行政、民間企業など制度面を含めた経済の弱体化が懸念されている。
 日本経済をめぐる内外の条件を整理してみると金融の機能を果たしえない銀行、コスト面で国際競争力の低下している企業という民間分野の再生への要請が、的確に取組まれる条件が傷んでいることである。こうした状況は、国際経済の構造が大きく変っている環境に、日本が対応の遅れをとっていることが指摘できるであろう。
 世界経済は米ソ冷戦構造解消後のグローバル化市場経済指向の潮流にあり、経済構造の多極化、EUの統合、アセアン、中国など東南アジアのシェア拡大などによる国際経済情勢の流動加速がみられるが、これまで強力なリーダーシップを発揮してきたアメリカ経済の先行き不安などもみられる。わが国の経済政策は基本的にはG7などの支持もえられているが、不安材料としてはテロ問題など国際政治情勢の不安定化要因を抱えていることも見逃せないところである。
 国連に結集した先進国、発展途上国による協力体制は、地球規模環境の維持など長期課題を抱えている一方、先進国、途上国を問わず、人口変動下の社会保障制度維持などの緊急課題もある。わが国は、経済発展期に蓄積した公害防除技術などで世界に貢献しうる能力条件をもっているにも拘らず、最大債権国、最大援助国の地盤が揺らぎかねない状況がみられること、内には国際的にも最速の人口高齢化、少子化への対応という重い課題を抱えていることは見逃せないところである。
 経済停滞という厳しい条件の下で、深刻化する内外の問題を抱えるわが国が国際的信用を維持しつつ指導的地位を占めつづけることができるか、そのためには国内の体制づくりが大前提となろう。経済の発展期に後発の途上国から目標とされたわが国の真価が問われるのは正に今日をおいてはないといえよう。







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