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四 性モラルをめぐる価値観の継承
―少子化の視点から―
 日本とイタリアの親子関係については、他の先進諸国と比較した場合の同居率の高さなど、類似点もあるが、親子関係の性質については相違点も大きいことが明らかになった。それでは性モラルに関する価値観や結婚に対する年齢規範については、両国ではどのような違いがみられるのだろうか。
 
(一)性モラルをめぐる親の価値観、子の価値観
 性モラルに関する親子の価値観についてみていく(図2、図3)。実際の質問項目は十二項目となっているが、「性行動の活発性に対する価値観」、「純潔性に対する価値観」、「同性愛に対する価値観」の三つに大別できるため、各質問グループ毎に平均値を算出して比較を行う。なお、親の価値観については、回答者が「自分の両親はどう思っているか」回答する形式になっている。数値については、二・五を境界に値が大きいほど、肯定的な価値観を有していることを表す。
 
図2 性モラルに関する両親と本人の価値観(日本)
(拡大画面:13KB)
 
図3 性モラルに関する両親と本人の価値観(イタリア)
(拡大画面:10KB)
 
注:
各価値観の質問項目を記す。
(1)
性行動の活発性・・・男性(女性)が非常に若い年齢で性交を経験する
(2)
純潔性・・・男性(女性)がかなり年齢が高くなっても童貞のままでいる
(3)
同性愛・・・男性(女性)が他の男性(女性)と性的関係をもつ
 
 イタリアデータでは、両親が最も否定的であると思われているのは同性愛に対してであり、平均値は一・二であった。性行動の活発性に対しても、一・四と否定的と認知されている。純潔性に対しては、三・○と肯定的であると認知されている。一方、日本データでは同性愛と性行動の活発性に対する両親の価値観の平均値は一・四と同じ値であった。どちらに対しても両親は否定的な価値観を有しているものと認知されている。純潔性に対しては、二・八と肯定的であろうと認知されている。
 これらの性モラルに関する本人達の価値観については、両国とも、性行動の活発性、同性愛に対しては、両親ほど厳しくはないものの両親と同様、否定的な価値観を有している。純潔性に対しても日本データでは両親ほどではないが、平均値が二・六と肯定的な価値観を有していることが分かった。しかし、イタリアデータでは、純潔性に対して二・四とやや否定的な価値観となっている。イタリアの両親の方が純潔性に対しては、日本の両親よりも肯定的であると思われているのにも関わらず、本人達の価値観を比較してみると、イタリアの方が否定的なのである。また全体的にみても、イタリアの方が両親と自分との価値観の差異が大きい。イタリアでは、親と性的な事柄について話し合う機会が多いため、両親の価値観について、比較的正確に認識していると思われるが、その上で彼らは親とは違う自らの価値観を形成していると考えられる。しかし、日本ではそのようなことについて話し合う親子関係にないため、両親の実際の価値観について良く知らず、そのため、自分が認識する両親の価値観と自分の価値観の差異が小さいものと思われる。
 
(二)結婚についての年齢規範
 男性、女性それぞれ何歳まで結婚すべきでないと思いますかという質問に対して、日本は、男性は平均二一・○歳、女性は二〇・○歳まで結婚すべきでないという結果となった。一方、イタリアでは、男性は平均二五・六歳、女性は二四・二歳まで結婚すべきでないという結果となり、結婚すべきでないという平均年齢が二〇代半ばと高くなっている。また何歳まで未婚でいるべきではないと思うかという質問に対しては、日本は男性の場合は三八・二歳、女性の場合は三五・九歳、イタリアは男性三九・一歳、女性三七・一歳という結果となった。この質問に関しても、イタリアの方が日本の平均値よりも高いという結果となったが、二ヶ国の差は比較的小さい。
 
(三)日本データでみる出産、結婚に対する意識
 日本データには結婚に関する意志、将来欲しい子供の数について問う項目がある。結婚については、いますぐ結婚したいと回答した者が三%、いずれ結婚したいと回答した者が八九%となっており、大多数の者は結婚の意志はある。また、欲しい子供の数については、二人欲しいと回答した者が五七%、三人欲しいと回答した者が二五%となっている。二〇代前半の大学生においては、いずれ結婚する意志はあるし、子供も二人かそれ以上欲しいと思っているのである。この結果は、意識上では結婚もしたいし、子供も二人以上欲しいと思っているにも関わらず、それを阻む要因が我が国に存在していることをうかがわせる。
 
五 まとめにかえて
 日本と比較すると、伝統的な家族役割を維持しているようにみえるイタリアだが、婚内出生率の低下に少子化の原因があるのではないかといわれているように、イタリアの伝統的な家族形態は大きく変化してきている。そして今回の調査では、結婚すべきでないと考える年齢の高さや子世代での純潔性に対する価値観の低下など、家族形成に関わる価値観自体が、現在、大きく転換してきていることが示された。一方、日本の場合、結婚持続期間が一五〜一九年の夫婦の婚内出生率はここ三〇年間二・二前後で安定しており、未婚化、晩婚化の進行に少子化の原因があるのではないかといわれている。そして未婚化、晩婚化要因のひとつに、調査結果から示されたような、物理的にも精神的にも親から独立する時期が極端に遅延される日本の親子関係があるといえるのではないだろうか。
 少子化の原因には、女性の高学歴化と社会進出、それに伴う育児支援システムの未整備など、マクロな要因が影響を与えているのはもちろんであるが、家族形成に対する価値観の変化といったミクロな要因も影響すると考えられる(柏木は少子化問題に対し、心理学者としての立場から、人口心理学を提唱している)。今回の調査対象者の親世代は、まさに現在の少子化時代に至るライフサイクル変容期の中心にあった。そのような両親から明示的、あるいは暗黙に学習するライフスタイルや、結婚・性モラルに対する価値観が、親から子を通じてどのように継承され、またどのように変容していくのかを検討することは、これからの少子化対策を考える上で、新しい分析視点をもたらすものといえよう。
 
謝辞
 本稿の執筆に関しては、国立社会保障・人口問題研究所、情報調査分析部部長の佐藤龍三郎先生にご助言いただきました。
 
参考文献
柏木惠子『子どもという価値少子化時代の女性の心理』2001年 中公新書
東京大学社会科学研究所(編) 『現代日本社会 第2巻 国際比較〔1〕』1991年 東京大学出版会
山田昌弘 『パラサイト・シングルの時代』1999年 ちくま新書







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