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貧困の実態
 貧困人口は、一九七八年の二・五億人から二〇〇〇年の三〇〇〇万人、農村総人口に占める割合は三〇・七%から三%まで低下した。しかし、沿海都市部を中心に起こっている高度成長の波及効果の恩恵を享受するに至っていない内陸地域に残存する形で局地化・縁辺化しており、貧困人口の半数以上が中西部の少数民族割合の多い地域に集中している。経済的な特徴として、(1)工業割合が低く、第1次産業(主に農業)に従事する人口が多い産業構造である、(2)工業割合が比較的高い地域では、重化学工業を中心とする国有企業の割合が高く生産性が低い、(3)自然条件や低い技術水準により農業の生産性が低い、ことなどが挙げられる。(図345
 
図6 少数民族人口割合
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図7 非織字率
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図8 農村人口中安全な水の受益者割合
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〈中国統計年鑑2001年版より作成〉
 
 しかし、貧困地域の特徴は、第一義的な意味での経済問題にとどまらない。貧困地域は概して、教育水準が低く、乳児死亡率や妊産婦死亡率が高く、安全な水へのアクセスが難しいなど、保健・衛生、環境条件が劣悪である。経済的困窮と生活上のさまざまな劣悪環境条件と結びつき、貧困のスパイラルに陥っている可能性を示唆している。(図6、1、8)
 
(注)
中国における「貧困」の定義は、全体の所得水準や物価の動向により変化している。また都市と農村での基準となる水準は異なる。本稿では原則的に中国が公式統計として掲げている数字をもとにしている。
 
貧困対策と都市化
 これまでの貧困対策は主として救済方式で行われていた。しかし、この方式では貧困から一時的に脱しても再び貧困状態に戻る割合が少なくなく、根本的な解決策とはならなかった。政府は貧困対策を見直し、地域開発とリンクさせることで構造的な状況の改善を目指している。中国ではこれを、「輸血」から「造血」への転換と呼ぶ。
 一九九九年六月、成長から取り残された内陸地域の経済浮揚をかけて大規模な開発計画が提起された。地域格差の緩和、貧困問題の解決を目的とした「西部大開発」と呼ばれる総合開発計画である。開発の対象となるのは、西部全域(重慶市、四川省、貴州省、雲南省、チベット自治区、陝西省、甘粛省、寧夏回族自治区、青海省、新疆ウイグル自治区)と一部の中部地域(内蒙古自治区、広西壮族自治区、湖南省湘西土家族苗族自治州、湖北省恩施土家族苗族自治州、吉林省延辺朝鮮族自治州)である。
 内陸地域の内発的な発展と余剰労働力を吸収するための新たな就業機会を創造するべく、インフラストラクチャー建設、エネルギー資源、鉱産資源の開発と利用、観光業の発展、ハイテク及び軍事技術の民需転換等さまざまな新規建設プロジェクトをおこなっている。このプロジェクトでは、中央と地方財政および外資等あらゆるチャンネルからの資金投入を図るとともに、大学・大学院卒および留学経験者を始めとする高学歴者および専門技術を有する人材を積極的に誘致するためのさまざまな特例と優遇措置が設けられている。
 内陸の貧困地域では、いかにして第二次産業、あるいは第三次産業シェアを拡大し、農村の都市化を促すかが問題解決の重要な鍵となる。国内外の経済環境が大きく変化する今日、内陸開発における農村都市化の過程にはいくつかの障碍が存在する。
 一九九〇年代に入り国有企業改革を始めとする産業構造の再構築が本格化し、企業破産や職員や労働者の大量解雇・一時休業により、多くの人々が実質的に失業状態に陥っている。都市における失業率は二〇〇一年末現在七%に達するといわれ、都市貧困世帯に対する救済が新たな政治課題となっている。都市失業者が増えたことで、都市の労働市場が逼迫しており、農村から都市への出稼ぎ労働者の流入を制限する動きが強まっている。今後、都市の各職種において合理化が進むと都市の余剰労働力はさらに増加することが予想される。しかし都市の動きに対して、農村人口の三〇〜四〇%と言われる余剰労働力の最大の雇用元であった農村工業の成長速度が鈍化し、労働力の吸収余地が少なくなっているため、内陸農村部から沿海都市部への人口押し出し圧力は再び高まる傾向を見せている。内陸地域内部において非農業分野を拡大し労働力需要を飛躍的に高めることなくして、地域間格差の縮小や就業問題の根本的な解決は難しい状況にある。
 また、市場のグローバライゼーションと中国のWTOへの加盟を背景に、今後開発を進める内陸地域が市場開放と同時に厳しい価格競争にさらされることが予想され、各種産業は高い経済合理性が求められる。中国経済が世界の景気動向からこれまで以上に強い影響を受けることは避けられないだけに、大胆に外資を導入する内陸開発計画は、これまで以上に政府による財政、金融面でのマクロ・コントロールが重要性を増す。
 
 所得格差の縮小は中国の経済成長を持続するために克服せねばならない課題であり、環境、資源、民族、宗教など中国が抱える問題の縮図ともいえる貧困への対応は中国社会全体の行方を左右する試金石ともいえる。西部大開発にみる内陸地域の発展がいかにこれらの問題解消に寄与するのか、今後の動向が注目される。
 
戸籍持たない妊婦の流入増える
発展目覚しい上海地区
 国立社会保障・人口問題研究所の主催で九月五日、「中国の人口移動―上海を中心として」と題したシンポジウムが同研究所で開催された。講師は王桂新氏(復旦大学人口研究所学術委員会主任・教授、広島大学大学院国際協力研究科客員教授)で、中国全土の人口移動の概観と上海周辺の人口移動の状況を分けて説明した。さらに人口移動の時代ごとの流れと現在の状況とに分けて解説した。
 中国全体としては国内の人々の移動は漸増している。その移動は仕事を求めての移動がほとんどである。中でも中国の経済開発以前には西部から東部への人口移動に加えて、自由市場経済化とともに徐々に東部から西部への人口移動が増加している。
 一方上海地域の人口移動事情は、一九六〇年代の開放前は、上海に流入する人口は流出する人口を上回った。しかし一九六〇年から一九七〇年代半ばの文化大革命の時期には、社会経済活動が一時混乱したため、一転して流出が流入を超えた。再び一九七〇年代以降は自由経済化とともに経済・政治が安定成長を迎え、流入が流出を上回っている。現在は労働力を中心とした人口流入が、上海の人口増加の大きな原因となっている。また最近は、上海の近郊地域からより遠い地域からも人口が流入し始めている。流入者の多くは労働者である。男性が多い、年齢層が幅広い、家庭をもっている、3K肉体労働に就く人口が多い、など一般的な出稼ぎ者のもつ特徴と同じである。
 最近問題となっているのは、戸籍を持たない上海への流入人口が増加していることである。以前は転勤などの要因で移動していたが、最近の傾向としては戸籍を持たない一時的な出稼ぎやビジネス、家族の移動が現在六割にも上る。
 人口移動と一人っ子政策の関係も見逃せない。二子目を妊娠している女性が戸籍を持たずに上海に移動し出産するというようなケースが増加している。市内には裕福な階層で戸籍のない子女のための質の高い教育を提供する私立学校もあるという。







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