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4.7 船舶解撤慣行改善の努力から生じる問題
 船舶解撤手法改善のため現在続けられている努力を前提として、本節では、単にバーゼル条約の規定ばかりに目を奪われるのでなく、この努力から派生する問題について概観する。船舶解撤に使用される方法を改善しようとする努力に関連して発生し得る問題は無数に存在する。その多くは、同条約、IMOおよびILOの勧告が、現在のところ法的拘束力を欠いていることと関連している。一部の国(ノルウェー、デンマーク、オランダなど)は、船内の有害物質から生じた健康障害や汚染について、船主に責任を負わせる強制措置の採択を訴えている。
 
 その他に留意すべき主な点として以下のような問題がある。
 
・発展途上国以外に船舶解撤能力が存在しないということは、バーゼル条約締約国を本拠とする船主にとって、安全性を高め汚染を減少させた解撤手法に伴う高いコストを負担する以外に、あまり選択肢はないということである。しかし実際には多数の船主が、これに伴う費用負担を避けようとする。もっとも容易な選択肢の一つは、買手が見つかれば活き船として売却することである(バーゼル条約にまだ調印していない国の船主であれば、その可能性はある)。この戦術はその船の最終処分の問題を後発国の船主に添加することになる。そのような国の船主であればバーゼル条約に縛られないので、買取った船をどんな解撤ヤードにも売却することができる。その船に含まれているかもしれない危険物質をヤードが処理する能力など問題にならない。58
 
・あるいは、将来制定される法令がそのような行為を禁じない限り、船主は公認ヤードでなく、現金取引の投機家に所有船を売却して法令の抜け穴をくぐることもできる。このような場合には、解撤ヤードを選ぶのは仲介者であって、その船舶を仲介者に売った会社ではない。すなわち新規則が拘束力を生じ、あらゆる将来の売手に、その居住国またはその所有船が登録されている旗国がどこであろうと、適用されることにならない限り、抜け穴は残る。この抜け穴により船はなお新規則に縛られない解撤が可能である。(バーゼル条約の規則に従おうとする可能性が最も高い発展途上国のうち多数は、商船隊の大きな部分が便宜置籍国に流出した国でもある。これら便宜置籍国が、公認解撤施設を利用するよう船主に圧力をかける可能性など、なお一層低い。)
 
・たとえ船主がバーゼル条約遵守を望んだところで、所有船を解撤させるヤードが採用している基準や手順にまで直接の支配はあまり及ばない。安全な船舶解撤を図るために船主が解撤事業者と緊密に協力するよう求めたIMOの勧告があるにも関わらず、これが現実なのである。59しかも一部の船主はスクラップ売船の経験が乏しく、したがって責任あるやり方で船舶を解撤する能力について、ヤードの能力評価を的確に行えるとは限らない。それもなお、IMOのガイドラインは船主に、認められた方法で船舶を解撤できるヤードに売却するよう、船主に義務を負わせるものである。
 
・労働者の健康と安全、さらに公害防止について国内法令がどの程度有効に施行されているのか不明である国の場合、以上の問題は一層複雑化する。実際問題として、船舶解撤部門参入に最も熱心な国が、解撤慣行に対して一層きびしい規制を適用、強制する能力が最も欠けている国であるかもしれないのである。
 
・IMOの勧告から生じるもう一つの問題は、解撤ヤードへの引渡しに先立って、船主は、危険を生じさせる物質を売却船から実際的に可能な限り除去しなければならないという点である。ここで船主にその資格あるいは能力がどの程度あるかという問題が生じる。しかも船主がその船を不利な条件で買っているか、あるいは運賃市況が軟化しているような場合(多数の船が解撤に出されるような時は、そういうことが多い)、その費用を負担しきれないこともあろう。船主の予算が所有船の処分用に多額の支出を想定していない場合に、特にこれが問題となる。
 
・たとえ船主が危険物質を解撤前に所有船から除去することができたとしても、その除去によって船が運航不能に陥ることもある。そうすれば解撤ヤードまで曳航が必要となり、これに追加費用が掛かる。
 
・強化された環境規制を適用することは、道義的ジレンマを生む。それは、現行の船舶解撤方法には重大な欠陥があるものの、解撤業界は必要とされる雇用を大量に提供し、しかも解撤船からは低コストの資材が用意に入手できる。現在の主要解撤国の政府が解撤慣行の安全性、クリーン性を向上させるための有効な手段を実施できず、しかも改善された方法が他国で採用されていれば、その発展途上国は船舶リサイクル市場からはじき出されてしまうかもしれない。このような結果は雇用の大幅縮小を招き、経済的影響も大きい。当事国の政府が解撤方法のベストプラクティス採用のために、外国から援助を得られなければ、こういう事態も起こり得るのである。
 
・船舶解撤は典型的な形として資本基盤がきわめて脆弱なので、労働者の安全や環境保護を改善しようとすれば、必ず一部のヤードの抵抗に遭う。このような企業では、新規施設や設備に投資するための準備金もなければ、その意図もない。特にこのような投資は経常の運営コストを押し上げることになるので、投資意欲は生じない。業界の資本集約化を進めようとすれば:
 
a)条件が解撤船の追加取得に不利な状況では、能力余剰の問題が生じる。運賃市況の上昇、あるいは為替レート/政府の税制の条件から解撤向け船腹の新規取得が不経済である場合に、こういう問題が発生する。60
 
b)人員の訓練に投資が必要となり、また傷病手当、有給休暇、年金などが人件費を押し上げる。
 
c)船舶解撤設備の整備、更新に経常的な経費が掛かる。
 
 運営費用が増加すれば、スクラップ価格が一定としても利益を上げられる解撤事業者は少なくなり、したがって総解撤能力も縮小する。
 

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船主が発展途上国に対してこういう行動をとれるということは、これを克服する措置の必要性を示唆するものかもしれない。しかし途上国を本拠とする会社に活き船として売却することに規制を加えれば、輸入国の船腹取得能力を害い、ひいてはその経済発展を妨げることになる。同様に、ある発展途上国に本拠を置いても老朽船の処分に制約を受けることを船主が知れば、さらに開発の遅れた国に本拠を移して規制を避けるということになりかねない。
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さらなる問題は、IMO自体がこれらのヤードの運営について必要な基準を定める権限を保有していないということにある。船舶の解撤施設が陸上にあれば、それはIMOの権限外なのである。
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例えば、世界全体の解撤量は1999年の31.2mdwtから2000年には20mdwt強に落ち込んだ。







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