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 次に、生産性はMARITECHで上がったかどうかを見てみる。図1−3は1994〜99年の5年間の生産性上昇を6大造船所、6大造船所以外の年収5,000万ドル以上の造船所(中手造船所)、年収5,000万ドル以下の造船所(小型造船所)で比較したものである。
 
図1−3 造船所の規模別生産性の伸び(1994−99)
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出典:商務省
 
 MARITECHに最も貢献した6大造船所がこの間9.47%しか上昇していないのに対し、MARITECHにはほとんど貢献していない年収5,000万ドル以下の造船所が21.83%と高率の上昇を示したのは興味深い。小造船所には上昇余力があったと言うところであろうか。いずれにせよ生産性の向上とMARITECHがあまり関係がないことを示している。商務省が2001年に発表した「米国船舶造修業の国家安全保障上の評価」は米国の大型造船所の生産性が上がらない理由として下記6点を示している。
 
・海軍の契約がコスト・べースであること。最初の2隻の実績の平均工数で3隻目が支払われる。その結果過度に専門化され、職種が細分化されて、労働力の融通の効く運用ができない。
・手順とその監査に重点を置いた規則に縛られ、生産性が無視されている。工作や建造の新機軸を打ち出しても、評価されない風潮がある。
・海軍の要求により造船所が余分な能力を抱え込み、一般管理費を押し上げている。6大造船所の運用は実在能力の50%で充分である。
・船の設計は全て海軍の要求に基づき、作りやすさや造船所能力の最適化は考えられていない。
・下請/購買の手順が最適化されておらず、資格認定作業が複雑で、人手がかかりすぎている。
・設計変更が多く、また年度の予算は一貫性に欠けているので長期計画が立てにくい。設計変更が生産性と生産スケジュールに与える悪影響は大きい。
 
 次に第3段階のNSnetについて考えてみる。NSnetはMARITECH以前の1993年、造船業のためのインターネット・プロバイダーとして、e−コマース確立を目指して試験的にウェブサイトを開設したが、その後急速にインターネットの利用者が増え、海事産業でも多くの会社がウェブサイトを開くようになったため、NSnetは一時中断された。しかしその後顧客も造船所のみならず政府機関、教育機関、海運会社、機器サプライヤー、マリン・サービス業等に広げられ再開された。
 図I−2でDARPAが第3段階と呼んでいるNSnet段階は造船業の企業エンタープライズを形成するための諸ツールの開発段階を指している。
 クリントン政権発足当時、連邦政府及び産業界が世界市場に帰り咲く切り札の一つとして考えたのはCALSである。CALSは国防総省(DOD)が1986年に発足させたプロジェクトでComputer Aided Logistic Supportと呼ばれ、艦艇を含む軍用機器の製造時からライフサイクル・サポートまでの最も効果的な管理を目的として考えられたものである。CALSの機能が民間会社の構造改革に有効であることが確認され、1993年に連邦政府はCALSの推進母体をDODから商務省(DOC:Department of Commerce)に移し、名称も連続購買及びライフサイクル・サポート(Continuous Acquisition and Lifecycle Support)と改められた。造船業について言えば企業エンタープライズ内で技術情報が交換され、コスト効果の高い船が建造され、機器もe−コマースによりライフサイクルにわたりコスト効果の高い製品を選べるシステムが存在すれば、米国造船業の競争力が増すことは必至と考えられた。
 DODは1993年までに58件ものCALSプロジェクトを実施しているが、その中心になったのはDARPAであった。DARPAは造船業にもCALSの構築が必要と考えMARITECH第3段階で付録1MARITECHプロジェクト・リストの中の「NSnetの開発」に示す9つのプロジェクトを発足させた。
 DODが考えていたCALSは、世界の同盟国海軍をCALSで包み込むと言う規模の大きいものであったが、DARPAがMARITECHで考えたのは基本的考え方は同じであるがずっと規模の小さいものである。従ってCALSと言う言葉は使われなくなっている。またNSnetと言う言葉が情報伝達の側面を強調し過ぎているきらいがあるのでこれも使われなくなっている。但しNSnetウェブサイトは現在でも存在し多くの情報を提供している。
 MARITECH第3段階のコンピューター環境はいずれも小規模である。例としてMariSTEPプロジェクト(付録1 NSnetの開発57)のコンピューター環境を図I−4に示す。MARITECHの期間内で造船業のエンタープライズ化が完成するとは誰も思っていなかったので、全てのNSnet開発プロジェクトはNSRP ASEに持ち越されている。例えばMariSTEPプロジェクトはNSRP ASEのISEプロジェクトヘ、MARITECH SPARSプロジェクトやSHIIPプロジェクトはASE SPARSプロジェクトヘ持ち越された。次章で述べるNSRP ASEのSPARSやISEプロジェクトの完成状況から考えMARITECHのNSnet開発プロジェクトの成果は充分に生かされているのでMARITECH第3段階は成果があったと考えることが出来る。
 
図I−4 MariSTEPプロジェクトのコンピューター環境
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