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おわりに
 
 この報告書をとりまとめている時点(平成15年1月)では、まだイラク情勢は混沌としている。米国は、イラクが大量破壊兵器を隠匿しているとして、攻撃態勢を執り続けているが、仏、露等は米国の動きを慎重に牽制している。これは、イラク攻撃の結果、サウジ・アラビアに次いで石油埋蔵量世界第2位であるイラクに親米政権ができ、イラクの石油資源がメジャーの手によって開発される可能性が指摘されていることと無関係ではない。しかし、仮にイラクに親米政権ができたとしても、米国、特にブッシュ政権は原油の海外依存、とりわけ中東地域への依存を減少させる政策を執り続けるだろう。
 米国は、メジャーを中心に原油の輸入先の多角化を図ってきた。ロシアからの原油輸入の試みや西アフリカ地域諸国との関係強化、カスピ海産原油のパイプラインによる引き取り、等である。この結果、原油輸入における中東依存度はかなり低下している。ただし、大きな原油輸入先であるベネズエラの政情不安とこれによる原油積み出しの停滞(平成15年1月現在)は、やはり原油の輸入依存に疑問を投げかけている。
 
 ブッシュ政権のエネルギー政策の基本は、国内のエネルギー資源の有効活用にあり、特に石炭の活用に重点を置いている。石炭は環境汚染物質を多く排出し、温暖化ガスの排出面でも不利ではあるが、「クリーン石炭技術」の開発により、これらの欠点を補える、としている。米国には700年分の使用量を超える石炭が埋蔵されており、これを有効に活用したい、というのがその理由である。
 次に国内の石油資源の開発促進を提唱している。これには、アラスカの野生動物保護区における掘削採取や、メキシコ湾岸海底油田開発の促進が含まれている。米本土の陸上油田は、既に生産性が落ち込み、今後も採油量が増加する見込みは全くなく、国産石油採取量の増加、少なくとも維持のためには、これらの環境に敏感な地域の開発もやむなし、という姿勢であるが、当然、反発も強い。特にアラスカの野生動物保護区開発については、議会で相当の議論を呼ぶのは必至であり、中間選挙で与党共和党が上下両院の多数派となったとはいえ、すんなりと大統領の提案を受け入れるとは思えない。エネルギー消費量が継続的に増加すれば、国産原油の生産が伸び悩み、あるいは減少した分、原油輸入を増加させなければならなくなる。
 
 海上荷動き量の面からいえば、ブッシュ大統領の思惑通りに、石炭や天然ガスによって石油資源の代替が進行し、国産原油の採取量が伸びれば、当然、米国関係の外航原油タンカーの需要は減少する。アラスカ原油は、本土までVLCC級のタンカーで輸送しなければならないが、これはジョーンズ・アクトにより保護された内航船であり、国際的な海上荷動き量や国際商船建造需要には全く無関係である。さらに中東産原油から、西アフリカ産原油やトルコで積み出されるカスピ海産原油ヘシフトした場合も、航海日数等の関係から、やはり米国関係の外航原油タンカーの需要は減少するものと思われる。いずれにせよ、ブッシュ大統領が提案した新エネルギー政策は、原油の海上荷動き量には好ましい影響を与えないようだ。
 
 逆に、海上荷動き量や造船需要に良い影響を与えそうな兆候もない訳ではない。
 第一に石油製品の海上荷動き量が増加するかも知れない。米国では厳しい環境規制のために、近年は精油所の新設が止まっている。現在は、精油所の効率を上げることにより対応しているようであるが、エネルギー消費、特に石油製品の消費量が継続的に増加すれば、いずれ国内の精油能力では対応できなくなる可能性がある。カナダやメキシコからのパイプラインによる石油製品輸入が増加することとなろうが、石油製品の海上輸送需要も増加するものと期待される。
 第二に天然ガスである。今まで、米国は天然ガスの大半を国内産とカナダ、メキシコからのパイプライン輸入で賄ってきており、LNGの形での輸入は僅少であった。しかし、米国内の天然ガス需要は急激に増加しており、今後、不足分をLNG船により輸入することとなる可能性が高い。現に、米国内やメキシコの各地で、LNG輸送ターミナルの再開や新設のプロジェクトが具体化している。ただし、米国内には「LNG船は危険だ(テロ等に遭えば致命的な損害になる)」という意識もあり、LNG船による輸入が順調に伸展するかについては、今後とも調査を続ける必要があろう。
 以上の二点は、ブッシュ大統領の提案によるというよりも、米国内のエネルギー事情やエネルギー産業の構造によるものが大きい。なお、メキシコ湾岸の海底油田・ガス田から天然ガスをCNG船(圧縮天然ガス運搬船)で輸送する構想があるが、これもジョーンズ・アクトにより保護された内航船の一種であり、実現したとしても世界の海上荷動き量や造船需要には、ほとんど影響を与えないだろう。
 
 ここ当分の間、米国のエネルギー消費は穏やかながらも拡張を続けるものと思われる。ブッシュ大統領の提案にも、効率的なエネルギーの利用や省エネルギーの施策も含まれていたが、エネルギー開発の施策に比較すると、その比重は小さい。これは、政権として省エネルギーを進めても、エネルギー消費そのものは減らすことができない、エネルギー消費を直接減らすような施策を執れば経済が失速する、という認識にあるためであろう。民主党や環境保護団体は、ブッシュ大領の新エネルギー政策案を「エネルギーの開発に焦点をあて、省エネルギーと環境を軽視している」と強く批判している。しかし、その民主党も京都議定書そのものには反対である。京都議定書は、米国に厳しい温室効果ガス削減目標を示しており、他の国、特に発展途上国と比べ不公平である、というのが反対の理由であるが、民主党であってもエネルギー消費に根本からメスを入れるような政策は提案できないと思われる(企業、組合等国民各層からの反発を覚悟する必要がある。)。
 
 ブッシュ大統領が提案したエネルギー政策が、世界の海上荷動き量にどのような影響を与えるかについて、現時点で定量的に予測することは困難であった。しかし、定性的には以下のようなことが明らかになった、といえよう。
(1)国産エネルギーの開発振興が順調に進めば、米国の原油輸入量が減少する可能性がある。
(2)中東以外の産油地域からの輸入が増加し、中東からの輸入量が減少する可能性がある。もっとも、これはイラク情勢次第である。
(3)エネルギーの輸入として、原油という形態が、石油製品、LNGという形態に変化する可能性がある。
(4)米国のエネルギー消費量自体は、緩やかに拡大を続ける。国産エネルギーの開発振興が遅れた場合、一時的にエネルギー輸入が増加する可能性がある。
 米国のエネルギー事情については、海上荷動き量や造船需要へ及ぼす影響も大きいので、今後とも継続的に調査することが重要と思われる。







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