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6. 提案されている保安措置の影響
 
 USCG、税関をはじめとする行政府や他の機関が既に講じている港湾海上保安強化措置とともに、S.1214とH.R.3983に盛込まれた保安措置は、国際海運の効率とコストに影響を与えることは明らかである。コンテナの内容を監視し、港湾周辺区域の物理的保安を強化し、港湾及び海事部門の職員全員に資格証明要件を課する等の新たな保安措置を実施するためには、コストがかかるのは当然である。しかし、そのコストがどの程度になるかはまだ誰にも判っていない。また、そのコストをどのような形で多様な利害関係者が負担するかという問題も解決していない。これらの問題を十分に検討するには、事態が急速に進行しすぎており、保安強化の動きが、貿易のスムーズな流れという基本的なニーズと適切にバランスがとれていないのではないか、と懸念されている。
 
6.1 海運会社の運営への影響
 海運会社の運営への影響と、保安強化コストを誰が負担するかという主要な問題について、以下で論ずる。
 
保安措置が与える影響
 当然のことながら、USCGが実施した新たな保安措置により、米国海域内における船舶の航行の柔軟性が制限された。さらに、USCGが暫定措置として実施している到着96時間前の事前通報要件を議会は恒久的に法制化しようとしている。到着の事前通報要件は、特に短い距離の航路で運航している海運会社にとっては、ロジスティクス上の問題を引き起こし、危険物貨物を輸送する船舶に課される到着/出発通報要件(24時間前通報)の厳格化により、スケジュールや航路の設定が困難になる。前述したUSCGのワークショップにおけるStolt Parcel Tankers社の発言は、船舶の動きに対する規則が厳しくなった場合、船舶運航者が直面する問題の性質をよく説明している。
 港湾・海上保安法案の結果導入される公算が強い資格証明と犯罪歴照会要件は、船主にとって事務的な負担とコスト増となる。最初の照会と資格証明発給の負担はもちろん、十分な記録を維持する負担もある。しかし、国際基準で船員の資格を証明する必要性があることは、海運業界では当然のことであり、資格証明を改善するための負担増は、船員の質の管理が向上するという恩恵により相殺されるかもしれない。
 S.1214とH.R.3983の両方で提案されている、効果的な保安対策を実施していないと見なされる港湾から到着する船舶についての規制が海運会社に影響を与えることは確実である。港湾が保安基準を満たすかどうかを判断する責任は運輸長官にあり、保安基準を満たしていない場合、その港から到着する船舶、またはその港を積み込み地あるいは経由地とする貨物を輸送する船舶は、米国への入港を拒否される危険性がある。これは、船主の不注意により、または故意に、運輸長官が安全ではないと判断した港湾に寄港した、もしくはその港湾からの貨物を輸送した場合、船主にとって大きな問題となる。そして、このような港湾のリストの内容は時々刻々と変わる可能性がある。
 将来、船舶が保安計画を保持し、保安担当者とチームを任命することが義務づけられると、これも影響を与える。これにより、保安機能を果たすための訓練が必要であり、保安計画と乗員訓練を定期的にアップデートするのは船舶運航者の負担となる。
 船舶運航者にとって最も大きなコスト上の問題であり、また貿易のスムーズな流れにとって打撃を与える可能性があるのは、陸揚げ前のコンテナ検査及びスクリーニング要件である。このような要件の実施は、検査とスクリーニングを迅速に実施することを可能にする技術の開発と慎重に並行して行わない限り、コンテナ船がコンテナを陸揚げするために港湾に留まる時間が大幅に増加するという結果を引き起こす。大型コンテナ船は極度に時間に敏感であり、船舶運航者にとって港湾停泊時間を最小限に抑えることは必須である。スクリーニング及び検査装置をコンテナ・クレーン・スパナーに取り付けるという議論は、コンセプトとしては立派だが、検査手順が実施可能なサイクル・タイム内に完了し、スパナーからコンテナがぶら下がっている時間を増やすことがなければ、の話である。
 貿易のスムーズな流れを維持する必要性を考慮しない港湾・海上保安要件を新規導入すると、どのような結果になるかについて、世界海運会議(World Shipping Council)のクリストファー・コッチ理事長が3月に下院運輸インフラ委員会の公聴会で行った証言がある。
 
 米国の港では、コンテナで一日平均13億ドル相当の輸出入品が出入りしている。この商品の流れは、しばしば「ジャスト・イン・タイム」のサプライ・チェーンの一部として、無数の工場の操業に寄与し、何百万入もの米国民の雇用を支えている。同じことが、我が国の貿易相手国の経済全般にもあてはまる。米国が自らに実質的「経済封鎖」を課すことの経済的なダメージは計り知れず、テロの脅威を察知し防止するのに必要な措置−それは非常に重要である−を執るのみでなく、テロリストの潜在的な目的、つまり経済を麻痺させるという目的を達成させないように、取り計らうことが政府の急務である。我々はこの問題についての責任の所在と、必要な計画が存在しないことに深い懸念を覚えている。
 
保安コストを誰が負担するか
 海運業界が最も懸念しているのは、誰が保安コスト増分を負担するかという点である。この懸念は3月に下院USCG海運小委員会で開催された公聴会におけるChamber of Shipping(海運会議所)のジョゼフ・コックス理事長の証言に要約されている。海運会議所は、保安強化のコストを船舶運航者が負担することに反対し、船舶運航者は保安強化の受益者ではないと述べた。
 
 海事保安という言棄は、船舶や施設のような特定の資産を保護することを意味せず、米国社会全般に恩恵を与える運輸システムを指している。米国において船舶はその役割を果たし、港湾は港湾の役割を果たし、連邦政府、地方政府はその役割を果たす。我々は、自分達が安全な海上輸送システムの受益者だとは思っておらず、米国向け及び米国内で途切れることのない貿易を提供するシステムの一部であり、これは米国国民全員に恩恵をもたらしていると考える。我々は、海事保安のユーザーではなく、我々は海事保安を提供するアクティブな連鎖の一部なのだ。我々は過去にブイ、灯台、その他の航行支援の使用税に反対してきた。そして、今回も異護を唱える所存である。保安の問題を、保安費用負担の問題と混同しないように願いたい。
 
 シーランド・サービスの元CEOであるポール・リチャードソン氏は、各種港湾施設オペレーターに代って、同じく公聴会で証言を行い、保安強化措置のコスト支払には、関税として政府が集めた歳入からにせよ、保安強化コストを相殺するためにターミナル・オペレーターに対する税額免除という形にせよ、公的資金を投入すべきだと強調した。
 
 海運コンテナ貨物を輸送する経済的現実を考慮すれば連邦政府の法執行機関の機能を果たす責任と、米国港湾コンテナ施設における関連出費を負担する責任を海事産業が負うべきではない。さらに、海事産業は、連邦政府が義務づけるインターモーダル貨物保安要件から発生するであろうコスト−必要とされる物理的インフラストラクチャーヘの設備投資費や、港湾活動に関与する様々な連邦政府機関(USCG、税関等)による支出増−の影響を吸収することを強いられるべきではない。これらは将来の連邦政府により定められる法令により発生する公算が強い。
 さらに、これらの連邦政府要件の結果、海運コンテナ・ターミナルは、日常業務に潜在的保安要件を組み込むことに取り組まねばならず、これは生産性と運営コストに不利な影響を与える可能性があり、発生すると考えられる影響を緩和することは困難である。例えば船舶の荷役作業とゲートの生産性が10%低下すればターミナル運営コスト増により海事産業にとって年間1億ドルの負担増となる。キャリアの船舶展開と陸上輸送サプライ・チェーンのコスト増は、計り知れない。
 インターモーダル貨物保安強化の受益者は一般国民である。海事産業は貨物の直接の動きに関係しないコスト増を吸収する立場にはない。そして、貨物に関係しないコスト増を顧客に負担させることはできない。インターモーダル貨物保安強化のコスト増の影響を吸収しなければならないとすれば、業界は大きな被害を受ける。さらに、セキュリティ対策は競争力を上げる要素にすらならない。
 連邦政府は先に航空機産業と協力し、空港保安強化の問題と要件に対処し、産業の生存能力の維持を確実なものとした。同様に、連邦海事保安要件を実施するためには十分な連邦政府支援が必要である。
 議会は、例えば関税の一部を充てるなどのような、既存の歳入に基づく港湾及びインターモーダル貨物保安要件専用の原資調達メカニズムを構築すべきである。このようなメカニズムは、広い範囲を基盤としたものであり、国民、すなわち海運インターモーダル輸送システムの長期的拡張の発展と継続の受益者である生産者及び消費者が負担すべきものである。
 保安要件のコストが、専用の資金から回収されない部分については、ターミナル・オペレーターはコストと同額の税額免除を受ける必要がある。
 
6.2 保安措置の船舶設計及び機器に与える影響
 一般に港湾及び海事部門に導入、または検討されている保安措置は、主に海運オペレーションに影響を与えるものであり、船舶設計や船上搭載を義務づけられる機器への影響は比較的少ない。コンテナ用クレーンに搭載される可能性があるセンサーや、コンテナをX線透視するための陸上設備、ターミナル周辺の警備装置のような港湾や船上で利用される装置には大きな影響かもしれない。船舶設計や装置に何らかの影響ある可能性をいくつか次に挙げる。
 
自動認識システム(AIS)
 米国は、船舶の身元、位置、コース、速度、その他のデータを提供することのできる自動認識システムの全船舶への搭載要件の施行を前倒しすることを提案した。IMO海上安全委員会に対する米国の提案は、2004年7月1日までにAISの搭載を義務づけるというものであった。H.R.3983は、2004年12月31日までに、米国領海内で運航する船舶にAISシステム搭載を義務づけている。さらに、米国は、すでに船舶に搭載されているMF/HFまたはインマルサットやGMDSS装置のような長距離通信装置とAISを接続可能にすることを提案している。
 
警報装置
 船舶がテロリストによるシージャックにあっていることを法執行機関に知らせる警報装置を船舶に搭載することを米国は推薦している。当該システムはGMDSS装置の海賊/強盗攻撃警報機能とは別のものであり、テロリストに知られることなく、警告が発せられるようなものになることが考えられる。
 
船舶周辺保護
 船舶設計にテロ攻撃防衛機能を組み込む機会が発生することも考えられる。可能性としては武装テロリストが侵入できないような上部構造物設計が考えられる。また、ボーダー(敵船切り込み隊員)が船舶に乗り込めないようにする装置を船体に取り付けるか、そのように船舶を設計することも考えられる。
 
貨物監視装置
 輸送中の貨物の保全性(インテグリティ)を確実にするために、海上輸送中に貨物不正開封の有無を示す装置の設置が義務づけられることが考えられる。これは、コンテナへの電子封かん取り付けとは別であり、当該装置は不正開封の発生を法執行機関に通報する通信装置と連結されることが考えられる。
 
貨物検査装置
 船舶が航海中にコンテナをスクリーニングまたは検査する可能性が話し合われている。これを可能にするためには、船上のコンテナの積載方法を大幅に変えなければならない。また、スクリーニング用装置を船に搭載する必要がある。航海中のスクリーニングや検査の大きな長所は、貨物にとっては本質的に遊んでいる時間が使えることである。
 
舷門IDシステム
 乗船者の資格証明を確実にするスマート・カードやその他の装置の利用には、資格証明を識別する何らかの装置を船上に設置する必要がある。現在クルーズ船で使われているA−PASS写真ID照合装置のようなものが、全船舶で義務づけられる可能性がある。
 
船舶保安装置
 米国は、閉回路(クローズド・サーキット)監視モニターや、保安上配慮を要する扉の警報装置のような保安強化装置の船舶での使用を提案した。このような装置はビルで広く使われている。もう一つの米国の提案は、シージャック犯が使う小型船舶の接近を警告する船尾レーダー・システムと、シージャックされた場合もスイッチを切ることのできない船舶追跡装置の搭載を検討することであった。
 
船体センサー
 テロリストが爆破装置を船体に取り付ける可能性が危惧されている。クルーズ船社は、定期的にダイバーを派遣してクルーズ客船の船体を検査させている。船体を外側から探知して、船体に付着しているべきではないもの、または船体近辺にあるべきではないものを探知する何らかの装置が必要となる可能性もある。
 
リザーブ・パワー
 保安要件の執行により、港湾で船舶の遅延が生じた場合、大型コンテナ船のような時間に敏感な船の船主は、スケジュールに合わせるためにさらに大きな予備動力を搭載することを望むかもしれない。
 
 これらの保安措置のすべて、または一部が施行されるかどうかは、港湾または海上保安がどこまで切迫した問題でありつづけるかにかかっている。9月11日の同時テロ発生直後は、米国に入る船舶またはコンテナを利用したテロ攻撃の可能性が強く心配されていた。テロ攻撃の第二波がないままに、時間が経過するにつれて、心配が少なくなっている。今後、再びテロ事件が発生しない限り、港湾及び海上保安強化について議論されている中で、関係者に対する影響の程度が低いコンセプトが採用される公算が強い。一方、大きなコストがかかるものは、棚上げになるであろう。







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