日本財団 図書館


はじめに
 本報告書は、競艇公益資金による日本財団の助成事業として、平成14年度に実施された「総合的な学習の時間に向けた「海」関係資料の作成」の成果をとりまとめたものです。
 日本は四方を海に囲まれ、流氷から珊瑚礁まで多様性に満ちた環境を有する長い海岸線を持ち、それぞれの地域においては、その環境を反映した文化や暮らしが営まれてきました。しかし現在では、海は、タンカー事故等による油汚染や、水産資源の枯渇、海洋深層水の利用等、断片的な一部の面でしか興味をもたれていないのが現状ではないでしょうか。自然環境との持続的な関係を維持するためには、起こっている事象や問題を分野横断的な視点で捉えることが肝要であり、また総合的な判断をすることができる的確な知識や情報の取得が必要不可欠です。
 しかし、我が国においては、海洋に関する関心が総じて低く、また海洋に関する教育・理解の度合いが欧米諸国に比較して十分とは言えない状況にあります。その原因の1つとして、教育現場の視点に立った「海」の学習プログラムが不足している実態が、平成13年度の調査で明らかになりました。
 このため、平成14年度事業では初等教育の現場において海洋に関する学習を普及・促進するため、東京都内にある2校の小学校をモデル校に選定し、「海」に関する学習プログラムの支援を行うこととしました。
 これまでの「海」の学習プログラムやそのための教材、参考書等は必ずしも教育現場のニーズに沿ったものとは言い難く、そのため、現場の教員にとっては馴染みにくいものであったことは否定できません。
 そこで本年度は、平成15年度に計画している教員と海洋研究者等が協働で行う「海」の学習のためのモデルプログラムを作成し、最終的には教育現場の実情に合った学校が導入しやすい「海」の学習プログラムの作成に資することを目的として、調査研究を行いました。
 「海」との共生を維持し、「海」から受ける幾多の恩恵を子々孫々に受け継いでいくためにも、これからの日本を担う次世代の子供達の、海に対する興味・関心・知識を育む教育を学校において実施することは、大変重要なことと考えます。
 本事業は、文部科学省を初め教育委員会、学校関係者、公共団体、環境教育関連団体・企業等様々な分野の関係者のご指導、ご協力により完遂したものであり、これらの方々に対し心から感謝の意を表する次第であります。
 
平成15年3月
財団法人シップ・アンド・オーシャン財団
 
1. 事業概要/ヒトと「海」
1−1. 平成13年度の調査結果/教室内へのサポート
 平成13年度の調査では、「海」をテーマとした学校教育とそれをとりまく各種機関からの支援の現状を把握するために次のような調査を行った。
 
(1) web調査:学校の取り組み、支援機関の取り組み、生涯学習の事例
(2) 市場調査:「海」に関する書籍
(3) アンケート調査:学校と各種機関の取り組み
(4) ヒアリング調査:「海」に関連する団体、海の近くにある学校
 
 これらの調査から、「海」をテーマとした総合的な学習の時間の現状や、「海」に関する教材、提供されている外部機関からの支援などについて多くのことが明らかになった。その考察から総合的な学習の時間ではまだまだ「海」について取り上げる学校が少ないことや、取り上げていたとしても有機的に学習に取り込まれていないこと、外部機関との連携もまだまだ未熟であることが課題として挙げられたが、その主な理由としては以下のようなことが考えられた。
 
(1) 地理的な条件に左右されるため、内陸部の学校が「海」に目を向けることはほとんど無い
(2) そもそも、教員が「海」に関する興味や感心を持っていない=知識を持っていない
(3) 総合的な学習の時間で学校や教師が新しい取り組みに対応できる程育っていない
 
 これらの背景から、学校には「ヒト・コト・モノが揃った支援」に対する強い依存姿勢とニーズが存在することが示唆された。その結果を受け、平成13年度我々は、地理的条件にも左右されずに様々な学習活動の連続の一部として「海」を取り入れられるような、「海へつながる学内学習の充実」が急務であると結論付けた。同時に「海へつながる学内学習の充実」に向けた具体的な施策として、以下の提案を行った。
 
(1) 教師向けワークショップの開催
(2) Webなどを活用した海をテーマにした教育関係者コミュニティーの構築
(3) 学校教育現場向けニューズレター「e−Ocean」の発刊
(4) 地域・産業・環境、多様なテーマからも海につながるカリキュラムの開発と配信
 
1−2. 平成14年度の事業目的/コンセプト
 前述の通り、SOF海洋政策研究所は、平成13年度から学校において「海」に関する学習がどのように行われているのか調査を行ってきた。その結果、様々な分野のことを教えなければならない学校の現場で、「海」という個別のテーマだけを深く掘り下げることは、時間、費用、体制全ての面でそのような余裕など無いことが判明した。また仮に「海」を学習テーマとしたいという学校も、範囲が膨大過ぎて、漠然とした「海」というテーマから何を学ぶことができるのかその明確な答えを持つ例は少ないのが現状であった。この結果を受け、平成14年度事業では、平成13年度の提案を更に精査し、「教科書的な資料(カリキュラム)と教育現場をつなぐ資料(マップ)の作成」を目指し、以下のような事業を行うこととした。
 
(1) 学習指導要領における「海」に関する学習現状の調査
(2) 「海」の学習に関する調査
(3) 「海」の学習分類マップの作成
(4) 「海」をテーマとした学習カリキュラムの作成
 
 (1)では、学習指導要領や教科書の内容と変遷を追うことで、「海」に関する学習の現状と歴史的背景を考察する。(2)では、特に「海」に縛られることなく、先進的で高い評価を受けている学校現場、また地域で学校と連携している機関(博物館、民間企業、NPO、公益機関など)を対象に更に掘り下げたヒアリングを行う。また、教育関係者が集まるフォーラムやシンポジウムなど、特に環境教育に関わる催しにも参加する。(3)では、「海」に関する事項を整理し、より効果的なカリキュラム構築に役立つ資料の作成を目指す。(4)では、モデル校を選定し、より「海」への興味付けが可能で、教育方針との有機的連携が取れるような学習プログラムの作成に向けた準備を行う。
 
 当研究所は、海洋に関する各種の調査研究を進める中で、21世紀の社会では「持続可能」の理念が最も重要なキーワードとなると考えている。すでに世界中の海で、今までの開発行為に対する矛盾点が環境や生態系の破壊という形で顕在化しており、各地で様々な対策への取り組みが始まっているが、現状では利害対立という人間同士の壁によって、その解決への道のりはまだ遠いと言わざるを得ない。つまり、単に環境保全のみをクローズアップしたりする単一の視点だけでは、問題の解決とはならないことを示している。
 人類の明るい未来を展望するとき、「開発」と「保全」という相反する要素の中から合意を見出す困難を避けて通ることはできないわけで、このためには広い視野で分野横断的に事象を捉える能力、そして互いに利害の対立する者同士の合意を導き出す能力が、今まで以上に求められるのは疑いない事実である。
 各事業は、「海」というタイトルが付いているが、単にトピックス的な海洋教育の普及という業界側の主張ではなく、21世紀の社会を創る世代がこれからもこの地球で生きてゆくために身に付けて欲しい基本的な価値基準を、「海」という切り口からどのように学べるかをも探る試みである。
 
1−3. 背景/「海」をとりまく動きと、「海」が投げかけるテーマ
 我々人類はその誕生以来、ずっと自然との調和の中で暮らし続けてきた。我々は自然から多くの恵みを享受し、また自然の法則を上手く利用した方法で利便性を向上させつつ、生産活動、交易活動、消費活動を継続してきた。時には自然の猛威の前に多くの犠牲を払ったことも事実だが、基本的には自然と共存しながら生活を持続させてきたと言えるであろう。
 ところが18世紀後半の産業革命は、そのような人類と自然との共存関係を大きく変化させるきっかけとなった。これによって我々は豊かで利便性に富んだ近代的な生活を手に入れたが、これは自然との調和を無視した人類の一方的な自然利用によってもたらされたものであった。しかもこの方法による人類社会の発展は僅か200年ほどでその矛盾を露呈させ、このままでは我々の生活を将来まで持続させることが困難な状況にまで自らを追いつめる結果を生むこととなった。
 こうした無秩序な開発への反省からか、20世紀後半になって環境保全に対する関心が非常に高まり、一方的な自然利用行為に歯止めをかける動きが主流になりつつある。最近よく聞かれる「持続可能(sustainable)」という言葉は、まさにこのような時代の中で必然的に求められるキーワードであり、これから将来を担う世代が必ず身に付けていなければならない概念と言えるであろう。
 この「持続可能」という言葉を一躍世界に知らしめたのは、1992年6月、ブラジルリオデジャネイロでの「環境と開発に関する国連会議(地球サミット)」で採択された「アジェンダ21」である。アジェンダ21とは21世紀に向けた持続可能な開発のための人類の行動計画のことで、地球の許容量以上の資源利用を控えつつ、地域格差のない経済成長と開発を実現し、世界全体の人々の生活を質的に向上させることを目標としたものである。一見すると「開発」と「保全」という相反する2つの目標を同時に達成しなければならない非常に困難な行動計画であるが、これを国連が採択したということは、言い換えればこの行動計画を実践しない限り我々人類の未来が危うい、と世界中の国々が認めたということであり、つまり人類のパラダイムが大きな転換期に直面していることを意味していると言えよう。
 
 翻って、我が国は明治維新以降、欧米の列強諸国を目標にした近代化政策を推進してきた。その過程では数度の戦争をはじめとする混乱も多く生じたが、約100年を経て世界有数の経済大国としての地位を確立し、当初の目的を達成したと言える。しかし前述したように19〜20世紀型の開発による経済成長の手法がすでに限界を迎え、またアジア諸国の急激な追い上げなど、我が国はこの世界的なうねりの影響を受け経済成長の停滞期にある。このような激しい社会変動の中で子供達をめぐる生活環境もまた大きく変化し、家庭や教育現場において様々な問題を露呈していることは、すでにメディアなどを通じて明らかである。
 こうした中、わが国は教育変革への様々な試みを実施しているが、現時点では未だ試行錯誤の段階という感は否めない。ゆとり教育への移行が、学力低下などの観点から大きな議論を呼んでいるのは周知のとおりである。しかし今年度から運用が開始された「総合的学習の時間」は、このような時代の中で必然的に生まれてきた科目と言えるもので、テーマ選定からカリキュラムの策定・実施・評価まで学校に裁量を与えるなど、従来の教育とは異なる手法が採用された点は非常に興味深い。従来にはない手法のため、現場に混乱を生じさせたのは確かに事実であるが、その反面、「総合的学習の時間」の導入が従来教育とはあまり縁のなかった産業界などの異分野に大きな影響を与えたことも事実であり、多くの企業や団体が教育に対するさまざまな提言を行ったり、学習教材や体験学習受け入れ等の取り組みを加速させるなど、教育に対する社会の関心を呼び起こしたのは注目すべき点である。そして何よりも教員と外部との交流が始まりつつあることは、大きな変化と言えるであろう。
 
 いま、我々の身近な海ではさまざまな「事件」が起きている。身近な例として一般にも理解しやすいのは環境汚染だが、ひと口に環境汚染と言ってもその中身はさまざまである。平成9年に福井県を中心とした日本海沿岸に漂着重油の被害をもたらしたロシア籍タンカーのナホトカ号沈没事件のように、メディアを通じて社会に大きなインパクトを与えたものがある一方で、我々のすぐそばの海で起きているニュースにならないような、しかし徐々に我々の生活に影響を及ぼしうる水質汚染の問題もある。
 ナホトカ号の重油流出事故の時、福井県周辺の沿岸は重油の海と化し、もとの海を取り戻すのは不可能かの印象を与えた。しかし5年を経た現在、かつての惨状の痕跡を見つけることが困難なほどである。これは周辺自治体や住民の努力と、自然の浄化能力とが合わさったことで、大きな効果を得たものと考えられる。
 陸上に生活圏を持つ人間の活動のツケは、その下流に位置する海に最も顕著に現れる。人間の活動で生じた廃棄物は、基本的には自然の循環系の中で分解されるものであるが、人間の活動規模が大きくなるにつれ自然に対し大きなインパクトを与える。いま人間の活動規模はかつてないほどに大きなものとなり、自然の浄化能力をはるかに超えた負荷を地球に与えている。特に東京湾をはじめとする大都市圏を背後に持つ閉鎖性海湾ではこの影響が顕著である。これは単に廃棄物が増えたためだけではなく、産業発展のために埋め立てられてしまったため本来自然の浄化機能としての役割を担っていたはずの砂浜や干潟が減少したこと、埋立や防波堤等の人工構造物の影響で海水の流れが淀み水質の悪化を招いたこと、など様々な産業と人々の生活という要素が複雑に絡み合っているためである。こういう事例の場合、ナホトカ号事件のように短期間で解決することは不可能である。
 
 小学校の学習指導要領を紐解くと、社会科では地域の暮らしや産業、歴史を学ぶこととなっており、ここではそれぞれの地域・産業に携わる人々の活動の意味とその重要性、そしてこれらが組み合わさって日本の社会が成り立っていることを教えている。また理科では動植物の成長と環境、水の循環などを学ぶことで、生物が生きてゆくために必要な環境と水循環との深い関連を教えている。
 これを踏まえたうえで、海の事件として環境汚染の実態を見ると、社会科で学んだはずの人間活動の大切さと、理科で学んだはずの生物環境の大切さとが交錯したとき、図らずもどちらかが犠牲となるという矛盾の典型例を見ることができ、ここに総合的な視点の欠落という問題提起が生まれ、総合的学習の時間の学習テーマが見えてくる。つまり商業・交易・水産などの社会活動と、生物生産・物質循環の自然現象とが交差する「海」という場においては、あらゆる事象が分野横断的に密接に関わり合っているために、「海」の学習テーマは自ずと科目横断的なテーマを設定しやすいと言える。
このように考えると、現行の学習指導要領に基づく教科学習、総合的学習の時間の展開次第で、幅の広い学習の可能性が見えてくる。しかしそのためには外部機関のサポートも不可欠であり、教科科目毎のサポート、総合的学習の時間のサポート、教科と総合的学習の時間との関連を解説するサポートを、それぞれどのように構築すべきかが重要となる。
 
 今年度の調査が目指すものは、海の現場で起きている事例を、教育の現場にいかにスムーズに伝え、また日々の学習の中に取り入れやすい形にプレークダウンすることが出来るかという視点で、学校や博物館などの外部機関の現状を踏まえつつその方向性を示すことである。







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