4. 海上保安庁と武力紛争法
4.1 武力紛争法上の海上保安官の地位
我が国は、海上保安庁を実質的な意味での警察機関であると認識している。そうであっても、武力紛争法の観点から(16)、我が国が国際的武力紛争の当事国となった場合に海上保安庁の活動が敵対行為その他に該当しないかを検討する必要がある。また、敵対行為に従事しなくとも、海上保安庁の職員、装備や施設が軍事目標になりうるかを確認しなければならない。
我が国が国際的武力紛争の当事国であるときに、海上保安庁が敵対行為に該当する行為を行った場合、相手方武力紛争当事国から海上保安官は人的な目標として扱われる。もっとも、このとき、国内法に加えて国際法からも海上保安官の戦闘員資格が否定されるならば、原則的には捕虜資格も自動的に否定されることになると考えられる(17)。ただ、ジュネーヴ第三条約第4条A(5)による捕虜資格付与の可能性は完全に排除されないかもしれないが、同項は明示に「商船乗組員(船長、水先人及び見習員を含む。)及び民間航空機の乗組員(members of crews, including masters, pilots and apprentices, of the merchant marine and the crews of civil aircraft)」としているからこれによる捕虜資格付与は困難であるといわざるをえない。
戦闘員資格や捕虜資格が否定されれば、敵対行為を実施した後捕らえられた海上保安官は違法な戦闘員とされ、行為の性格によっては相手方に戦争犯罪人として処罰される可能性がある。また、戦闘員資格のない国家機関の行為で相手方紛争当事国に損害を与えた場合、我が国の国家責任も生じる。
なお、海上保安官が直接の人的目標となるか否かは、上記のようにそれが従事する任務の性格次第であるが、自衛隊法第80条で防衛庁長官の指揮下に彼らが入る場合には、相手方当事国により強い意味で海上保安官の目標たる性格を肯定させる根拠を与えるかもしれない。
4.2 武力紛争法上の海上保安庁の装備及び施設の地位
海上保安官が行う任務に敵対行為に該当するものが含まれるならば、当該任務に直接従事する海上保安官のみならず、海上保安庁に所属する部隊、装備や施設の全てが攻撃の目標となると解するのが自然であろう。但し、相手方紛争当事国が国際法上いかなる根拠で我が国に対し武力を行使しているかによって攻撃の範囲が変わることはある。例えば、自衛権を根拠として武力を行使している場合には、自衛権行使における必要性と比例性の原則が認める範囲内のものが攻撃対象となる。
海上保安庁の任務に敵対行為に該当するものが含まれないとしても、海上保安庁の装備や施設が攻撃目標となることはありうる。その陸上施設等については、慣習法化したと考えられる第一追加議定書第52条第2項の軍事目標の定義に該当するものは破壊の対象である。同項は、「軍事目標は、物については、その性質、位置、用途又は使用が軍事活動に効果的に貢献する物で、その全面的又は部分的な破壊、奪取又は無効化がその時点における状況の下において明確な軍事的利益をもたらすものに限る」とする。これは、文民が運用又は管理する物であっても全面的に軍事目標の範囲から排除するものではない。従って、仮に海上保安庁が国際法上も文民機関であって、海上保安官が敵対行為に直接参加していなくとも、その陸上にある装備や施設で同項の定義に合致するものは軍事目標とされよう。同様のことは、海上にある装備や施設にもいいうる。
4.3 敵対行為等に該当する可能性のある任務及び軍事目標となる可能性のある装備・施設
敵対行為とされる可能性のある海上保安庁法第5条規定の任務としては、次のようなものが考えられよう。
第一に挙げられるのは、沿岸水域の巡視警戒である。我が国が国際的武力紛争の当事国であれば、この任務に従事する海上保安庁の巡視船艇や航空機が紛争相手国軍艦あるいは軍用航空機等の所在を確認したとき、これを我が国関係機関に通報しないことは考えられない。こうした敵部隊位置視認等の通報は、明らかな敵対行為である。1923年の戦時無線通信取締規則案では、第6条第1項で「敵国ノ又ハ中立国ノ船舶又ハ航空機カ公海又ハ其ノ上空ニ於テ交戦者ノ即時使用ノ為軍事情報ヲ無線通信ニ依リ伝送スルコトハ敵対行為トミナスヘク右船舶又ハ航空機ハ射撃セラルヘキモノトス」と定める(18)。同規則案は、発効しなかったが、第6条は慣習法の表現とみてよいと思われる。また、同条は、公海とその上空という地理的限定が付されているが、公海及びその上空以外の海域や空域でも敵部隊位置通報は同様の扱いを受けるであろう。
沿岸水域巡視監視は、武力紛争時でも法秩序維持という警察目的で継続される必要があるが、海上保安庁の巡視船艇や航空機で無線装備のないものはないから、それは同時に軍事的な哨戒線を自動的に構成してしまう。従って、無線送信能力のあるこれら巡視船艇が遊弋していれば、無警告の攻撃対象となる可能性が極めて高く、また、そうした情報は送信していない旨の抗弁はおそらく受け入れられないものと考えられる。陸上施設で監視をなす場合も同様である。
漂流物等処理や船舶交通障害除去は、通常は、敵対行為ではないであろう。しかし、現在海上保安庁にその能力はないとはいえ、相手方武力紛争当事国が作戦目的で敷設した機雷を除去するのであれば、敵対行為を構成する(19)。さらに、今日ではほとんど考えられないが、港湾閉塞のための相手方当事国が設置した沈船の武力紛争中の除去もそれに当たる。なお、これらの行為は、その行われる場所によって武力紛争法上の性格を変えない。
国際的武力紛争時に海上捕獲が現在もなお充分な国際法的根拠をもってなしうるかにつき疑念がない訳ではないが、海上捕獲は、相手方紛争当事国船舶になされれば敵対行為となる。諸国にあっては、武力紛争時の臨検等海上捕獲の一連の手続を一軍種たる沿岸警備隊に行わせることがある。これは、法執行のための立入検査等でこうした任務に沿岸警備隊が慣熟しているためである。海上保安庁が海上捕獲のための行為をなせば、無論敵対行為となる。また、国連安保理事会決議に基づくいわゆる海上阻止活動(maritime interception/interdiction operations;MIO)への海上保安庁の参加もMIO対象船舶旗国や制裁対象国との関係で敵対行為となるかを巡り問題となる可能性がある(20)。
また、あまり想定されない行為ながら、海上保安庁巡視船艇が、自衛隊艦艇や航空機に洋上で補給をなせば、おそらく敵対行為となるであろう。現在のところ、自衛隊艦艇に対する巡視船艇の洋上補給能力は皆無であるが、巡視船搭載又は陸上基地配備のヘリコプターによる緊急時等の医薬品のような物資の補給はあるかもしれない。
こうした敵対行為に該当する任務に従事しない場合であっても、軍事目標の定義に該当する装備や施設は攻撃目標となる。水路測量や海象観測、水路図誌と航空図誌作成のための活動や施設等もその軍事的有効性から軍隊の用に供される場合には、攻撃の対象となるであろう。従って、例えば、海上保安庁測量船もその行動の目的次第では目標となる可能性は否定できない。また、海上交通安全センターのような管制施設や、軍事転用可能な知見を提供する海上保安大学校も同様である。
4.4 海上保安庁の行為のみで武力紛争のトリガーを引くことがあるか
上記にあるような敵対行為に該当する行為に従事すれば、それのみで武力紛争となる可能性が高い。それでは、敵対行為にそもそも該当しない行為であるが、任務遂行中の実力の行使の程度が高くなれば、それによって武力紛争のトリガーが引かれることがあるかにつき付言しておきたい。
基本的には、法秩序維持の任務であって、それに伴う強制力の行使が警察比例の原則に合致すれば、行為の対象たる外国船舶の旗国等に対する敵対行為にはならないと考えられる。例えば、先般の不審船事案では、武器使用の根拠法令の一として漁業法を挙げたことが適当であったかの論点はあるものの(21)、警察比例原則に合致し、国際法上の武力行使に該当しないとする見方が一般的である。この原則等に則る限り、使用武器の口径も重要な意味を持たないであろう。但し、こうした原則に基づく実質的な意味での警察としての行為をこえた場合には、武力紛争となることは理論上否定できない(22)。
(16)外国同士で武力紛争が行われている場合に、当該紛争の当事国となっていない我が国武装部隊の法的地位の問題には本論では触れない。
(17)ジュネーヴ第三条約第4条が示すように、戦闘員資格が与えられる者は、捕虜資格を有する者に含まれる(下図参照)。従って、戦闘員資格が認められる者は、捕虜資格があるといってよい。しかし、逆に、捕虜資格がある者は戦闘員資格も有するとは直ちにはいえない。
(18)同規則案邦訳は、足立純夫編、『武力紛争関係条約集』(増補版)、1980年、101-103頁を参照せよ。
(19)但し、武力紛争時の海上保安庁による機雷掃海は現在でも全く考えられない訳ではない。機雷探知の音響兵器はないにしても、海上で視認できる機雷であれば、機関砲等による処理がありうるからである。
(20)真山全、「日米防衛協力のための指針と船舶の検査」、『防衛法研究』、第22号、1998年、109-137頁。
(21)兼原敦子、「沿岸国としての日本の措置」、『ジュリスト』、第1232号(2002年10月15日号)、2002年、61-70頁。
(22)スペイン対カナダ漁業事件ではカナダによるスペイン漁船に対する武器使用を、スペインが国連憲章第2条第4項のいう武力行使に当たると非難した。ICJ
Reports, 1998, paras. 24, 78. 兼原、前掲論文、66頁。
海上警察という陸上警察とは性格を異にする部分を有する海上保安庁の武力紛争法上の性格については、従来からあまり議論はみられなかった。国内法上軍隊を構成しない海上警察部隊を有する諸国においても、同様の状況であった。
しかしながら、武力紛争における海上警察の地位を明確化する実務的及び学問的の必要性は小さくない。我が国にあっては、従来型の国家間武力紛争を主要な対象としてのいわゆる有事法制の検討作業が行われているが、その際海上保安庁の地位の検討は不可欠である。さらに、不審船対処問題でも、海上保安庁の強制的措置の性格を法的に整理する必要が生じた。加えて、2001年の対米大規模テロのような事案を契機に、私的集団による行為が武力紛争を構成するか、または、その引き金を引くことがありうるかの議論が生じた。このように性格につきなお議論のある大規模テロヘの警察機関の対応の法的性格も検討する必要が生じている。
海上保安庁の行為、装備及び施設の武力紛争法上の性格決定にあたっては、まずもって、それらの実質的な機能を検討しなければならない。そのような武力紛争法上の観点からして、行為が敵対行為に該当したり、装備や施設が軍事目標となりうることになるのであれば、国内法の分野における調整が必要となってくるであろう。こうした武力紛争法と国内法の調整は、戦闘その他の暴力行為の外におかれなければならない文民の安全のために重要であるが、同時に、そうした調整は海上保安官の安全の確保にも資するであろう。
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