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我が国の海洋教育の現状と課題
―義務教育における教科書の分析を中心に―
海洋教育ワーキンググループ
東京大学 鈴木英之 (社)海洋産業研究会 中原裕幸 日本大学 横内憲久
 
序:義務教育における海洋教育の重要性
 海洋は地球表面の7割を占めるとともに、膨大な熱容量によって、地球上の気候や自然環境の形成を通じて、人類の生存基盤の成り立ちに大きく関わっている。また、人類と海洋の関わりは、古代から近世においては食糧の提供、交易の場として人類の産業活動、文化、歴史の形成に大きく関わってきた。現代においては物流・交通の場、石油・天然ガスなど天然資源の供給源、さらには環境負荷の少ない自然エネルギーやDNA資源の宝庫として最後のフロンティアとして注目されるとともに、今日人類が抱える地球環境問題解決の場としても重要な位置を占めてきている。
 目をわが国に転じても海洋の重要性はますます大きくなってくる。すなわち、わが国は四周を海に囲まれており、大陸との文物の交流も海上交通を通じて行われ、歴史も文化も海洋との関連で発達してきた。将来においても、物流、資源・エネルギーなどわが国の生存基盤として海は存在し続け、その重要性は高い。
 このように過去においても未来においても、わが国にとって海洋との関わりは深く、海洋に関して未来を担う世代が十分な教育を受け、必要な認識を持つことは、今後のわが国の針路を正しく導く上で非常に重要な課題である。したがって、この海洋教育に関する調査は、極めて重要な意義を有していると言える。
 ところで、昨年度の「21世紀における我が国の海洋ビジョンに関する調査研究」(以下、ビジョン調査I)では、初年度として、『海洋教育』に関しては、8つのテーマの一つとして、まとめがなされている1)
 そこでは、科学技術・学術審議会海洋開発分科会の答申2)、日本学術会議海洋科学研究連絡委員会の報告3)、日本沿岸域学会の2000年アピール4)、第5回世界閉鎖性海域環境保全会議(EMECS2001)、などでの海洋教育の重要性の指摘を紹介して論述が始められており、その上で、大学、研究機関の全国での立地状況を洗い出してマップに示したほか、小中学校での教育についても若干触れて、環境教育に焦点を当てた事例の紹介やNPO活動について論じられている。5)
 さらに、本年度に入ってからは、日本財団による「21世紀におけるわが国の海洋政策に関する提言」(平成14年5月)があるが、そのなかでも海洋教育の重要性が指摘されている。すなわち、6つの提言のうちで、「提言6:海洋に関する青少年教育および学際的教育・研究の充実」が柱の一つとして提示されている。6)
 このように、世の中での海洋教育に関する論議はあちこちでなされているほか、各種の提言、報告書等には必ず、人材養成や教育の重要性が謳われる。
 にもかかわらず、そもそも教科書に“海洋”がどれだけ取り上げられているか、詳細に分析、検討した例は実はほとんどないといってよい。つまり、観念的、定性的に海洋教育、人材養成の重要性のみが謳い上げられているというのに、本格的に教科書の分析を試みた例は皆無であるという奇異な実情にある。そうした基礎データの不在自体が、一層の討議の深化ならびに海洋教育の改善方向および望ましい姿の提示という一歩前進の議論創出を阻害していると言ってよい。
 ひるがえって、四囲の状況を見ると、わが国の海洋教育に関する文献としては、わずかに「海洋教育史」(成山堂書店)が見られる程度である7)。これも年表や水産、商船関係等の教育の経緯という点では大いに参考になる文献であるが、現在の義務教育における教科書等の分析などは含まれていない。
 本調査は、それゆえに、わが国で初めて義務教育における海洋の取り上げられ方の現状とそのデータの提供を目指して、意欲的に取り組むこととした。まだ残された課題も多々あるが、わが国初の調査報告になると言っても過言ではないであろう。以下に、その内容を述べていくこととする。
 
1. 本年度調査の枠組み
 昨年度調査の実績を踏まえながら、「序」でも述べたように、今年度は、より一層包括的に海洋教育の現状把握についての分析を押し進め、本格的な海洋教育に関する調査を立ち上げることとした。
 まずは、最初に、必要な調査の全体像を明らかにすることに取り組んだ。一口に海洋教育といっても、小中高校におけるものから大学以上の専門レベルのもの、さらには、そうした教育機関のみならず、水族館や博物館、研究機関が市民に公開しての講座やフィールド活動、あるいはNPO団体などによる活動など多岐にわたる。さらに、海外諸国の実情の把握やそれとの比較というのも視野に入れておく必要がある。
 したがって、第一には、必要な調査の体系を整理し、今年度はそのうちのどの部分を対象とするのかをしっかり位置付けて取り組むこととした。その体系の整理自身も重要な意義を持つものである。第二に、本格的に、小中高校の教科書での海洋の取り上げられ方を分析することに取り組んだ。もちろん、その前段に、教科書の前提となる『指導要領』についても専門家の協力を得て、検討を加えることとした。
 下記に示す体系図(図1)が、その整理をまとめた結果を示したもので、本格的調査として実施すべき内容を模式図として表現した。これらのうち、太字で示した部分の第一次検討を今年度の作業対象範囲として取り上げる。したがって、アミカケ部は今後に残された検討課題である。
 なお、今年度は、小中学校における教科書を分析対象として、海洋の取り上げられ方の把握を中心に作業を行った。
 
 
図1 海洋教育に関する調査体系(平成14年度は太字部分を実施)
(拡大画面:43KB)







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