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沿岸域の総合管理の現状分析と将来方向の検討
横浜国立大学 来生 新
 
はじめに
 地理的な制約からわが国においては多くの人口が沿岸域に集中している。国土面積の約3割を占める沿岸域市町村に、総人口の約5割が居住しているのみならず、東京湾、伊勢湾、大阪湾の3大湾における人口密度は全国平均の約10倍となっている。このような人口集中と密接にかかわって、沿岸域には多くの産業施設が立地し、全国工業製品出荷額の5割、商業年間販売額の6割が沿岸市町村での経済活動によって占められている。
 このようなわが国の沿岸域の状況は、海洋水質汚染、伝統的産業である漁業と他の利用の調整問題、レジャー空間としての沿岸域と他の利用の調整問題、海岸におけるごみ処理問題、公共施設整備に伴う環境変化、生活環境の変化による自然環境の変化、経済環境の変化による沿岸域土地利用の非効率化等のさまざまな問題を引き起こしている。
 わが国の従来の沿岸域管理は、個別問題の発生に対応して個別法制度が整えられ、それぞれの法制度の所管官庁が縦割り的にその処理を行うものであった。海が陸域における人間のさまざまな活動の最終の物理的到達点・集約場所であることもあり、このような縦割りの個別管理行政に対する批判が寄せられて久しい。その批判に対応して、これまでも沿岸域の公物管理に主として携わる建設、運輸、農水、水産の4行政主体による施策実施の連携はさまざまに試みられており、その成果も上がってきた。また、近時、中央省庁の統廃合により、建設と運輸という従来の海の管理にかかわってきた2大官庁が統合され、その連携はいっそう強化される傾向にあるといってよい。
 しかし、わが国の沿岸域管理を法制度の面から見ると、依然として、個別実定法による個別問題ごとの管理の制度であることに変わりはない。
 海洋管理に関する世界的な動きと比較して見る場合、1992年のリオ地球サミットにおいて、既に、「持続可能な発展」の理念とともに、各国が自らの管理下にある沿岸域および海洋環境の「統合的」管理(integrated coastal zone management)を求め、2002年ヨハネスブルグで開催されたいわゆるリオ・プラステンのWSSD(持続可能な開発のための世界サミット)でも「統合的な沿岸・海洋の管理を国家レベルで推進すること」が確認されている(実施計画para29)。
 わが国の個別管理中心の体系は、このような世界的な沿岸域の統合管理の要求に十分に対応しているものとはいえない。
 しかし、近時このような従来の個別管理の限界の認識から、わが国の行政サイドにおいても、沿岸域の総合的管理にむけての取り組みを強化すべきとの見解が出始めている。2002年3月の科学技術学術審議会海洋開発分科会「海洋保全委員会報告書」が、海洋環境の保全および持続可能な開発・利用・沿岸防災等に向けた基本方針の中で「海洋環境の維持・回復に向けた総合的取り組み」を上げ、2003年2月に国土交通省「沿岸域総合管理研究会」が取りまとめた提言において、「国においては、沿岸域の総合的な管理に向けて、必要な体制の検討を行うべきである」との意見が示されているのは、その代表的な現れである。
 
 本稿は、このような動きの中で、従来の個別管理の法制度について、現在わが国の沿岸域で発生しているさまざまな個別問題ごとに、その基本的な仕組みと機能の限界を探り、その作業を通じて新たな総合管理のあるべき方法を検討することを意図するものである。筆者はたまたま2002年の海洋保全委員会に専門委員として参加し、2003年度に取りまとめられた前記沿岸域総合管理研究会において座長を務めた。本稿は、これらの研究会で議論の対象とされた個別問題を前提に、研究会とは独立に、筆者がその解決に向けられた現行法制度の機能を検討するものである。研究会で提供されたさまざまな資料を筆者なりに消化して活用しているが、作業そのものやここにおいて示す見解は研究会とは一切関係のない筆者の個人的な見解であることをあらかじめお断りしておきたい。
 筆者は昨年度の本研究に関する報告書において、わが国における沿岸域管理の法制度を概観する作業を行った。本稿は昨年度の全体像の概観を前提にして、個別の問題ごとに、これらの法制度がどのように機能しているかを分析し、個別管理の限界を明らかにしようとするものである。
 
 本年度の作業として取り上げる個別の沿岸域管理問題は、(1)海洋の水質汚染問題、(2)漁業と他の利用の調整、(3)レジャーと他の利用、(4)海岸ごみの清掃・処理、(5)海岸侵食の防止、海岸防災施設の設置と環境、(6)ウミガメ、カブトガニの生息地の減少、(7)臨海部の遊休地の発生である。本年度の作業として、これらの個別問題ごとに関連する法制度とその相互関係を明らかにする図を7枚作成した(図1〜図7)。これらの図には関連する法制度をできるだけ網羅的に示すことを試みたが、それぞれが完全に網羅的になっているという完成度には至っていない。また、(1)と他の図の間には密度においてかなりの差があるという意味においても完成には程遠い。しかし、これらの図の関連法制度を一覧できるような先行研究はあまりなく、未完成でもそれなりに沿岸域管理の研究にとっては便利なものであると考え、今後の作業での補完を前提にとりあえず本年度報告書に掲載する。
 
 当初、報告書の構想として考えたのは、第I章における各節において、これらの図を文章化して、海洋管理の個別問題ごとに(1)現状分析、(2)関連法制度、(3)問題の処理主体と処理の法的権限、(4)問題処理に関連する各種主体、(5)処理主体と関連主体との関係、(6)現在考えられている解決の方策とその問題点の分析を行い、第II章では、第I章の分析を前提にして、長尾義三・横内憲久監修『ミチゲーションと第3の国土空間づくり』(共立出版1997)7頁の「沿岸域利用の相互影響イメージ」等を考慮にいれ、個別アプローチによる解決の限界を分析し、総合的管理の必要性を明らかにすることであった。第I章の各節における叙述は、それぞれの問題に関する法制度のデータベースとして使用可能なように記述することを意図した。第II章は第1章の7つの個別問題の総合(より具体的に第I章の作業との関係で言えば、個別の図を統合して一枚にまとめ、その関連を全体像として把握すること、それによって個別的アプローチの限界を明らかにし、総合管理のあるべき姿、課題を検討すること)を意図したのである。
 しかし、データベースの作成の段階で、各種法制度の網羅的調査が当初の計画以上に時間を食うことが明らかになり、本年度の作業として、結果的には、文章表現部分は海洋の水質汚染問題のデータベース作成以上には進むことができなかった。7つの個別問題に関連する基本的な法制度の相互関係を把握する図は一応作成したが、その細かな部分に立ち入った文章によるデータベース化は、水質の問題以外はできなかったのである。
 水質汚染の問題はある意味で最も裾野の広い問題であり、これを見るだけでも、沿岸域の総合管理の課題の大きさがある程度は推測しうる。しかし、本年度の作業は先に述べたような全体作業の一部に過ぎず、残りの部分についての文章表現によるデータベース化と、第II章の完成の作業を今後の課題としたいと考える。
 
*「21世紀における我が国の海洋ビジョンに関する調査研究報告書」、シップ・アンド・オーシャン財団、PP.189−214、平成14年3月







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