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第2章 自治体財政の現状と課題
1 地方交付税をめぐる論点整理
(1)地方交付税の危機
 現在、特別会計で巨額の借入金を抱える地方交付税であるが、その危機の原因はいうまでもなく、予期しないほど続いている経済不況による。バブルが崩壊し、10年以上も続く経済不況に追い込まれると、小泉内閣以前は、景気対策に巨額の資金をつぎ込んだこともあって、地方交付税は特別会計で40兆円を超えるような巨額の借入金を積み上げてしまった。地方交付税は、もともと景気変動に大変弱いという宿命をもっている。
 現在、地方交付税が危機であるのは、それに加えてさらに政治的な理由がある。近年の我が国の政策運営を見ると、かつてある種の社会的コンセンサスとしてあった都市と農村とのバランスが、急激に都市ヘウエイトを移行させている感がある。そのなかで、地方交付税への批判が高まっている。ただし、批判には2種類有り、地方交付税が本来果たしてきた機能に対する理解を踏まえたものとそうでないものがある。理解されないままの批判であれば、それに沿って制度改革をすれば、制度改革は意図せぬ混乱を招くことになる。現状では、そうした懸念はまったくないとはいえない。
 いま、地方交付税に対するもっとも強い批判は、地方交付税は、地方公共団体が無駄な支出を生み出す原因となっている、というものである。確かに、この意見は傾聴に値する。一般的には、その背後には、
○地方交付税の金額が大きすぎる(俗に言う3割自治である、交付税依存度が大きいなど、あるいは国税と地方税の配分が、財政調整後は実質的に逆転するほど大きな財源移転が行われている)
○小規模自治体ほど一人あたりの財源保障額が多い(正確に言えば、一人あたりの基準財政需要額としての財源保障額が人口20万人前後でU字形となり、特に小規模町村では規模の経済性を反映して一人あたりの金額が大きい)
○地方交付税が補助金化している(本来、一般財源であるべき地方交付税が、いわゆる地域総合整備事業債など、公共事業を選択したところに起債を認め、その元利償還金の大きな割合を交付税の基準財政需要額に算入することで、事実上の補助金として機能する)
などに対する大きな批判がある。しかし、地方交付税批判のうち一定の理解ができるのは、むしろ上記のような指摘に対してではない。地方団体が地方交付税の仕組みに対する理解に基づいて、今後の制度運営のあり方について、地方団体としてどのようにするのがもっとも望ましいかについて、十分な意見集約がないことである。そうした状況の下で、交付税改革が進むと、地方団体にとって結果的に不利になりかねない。それは地方自治を阻害することにつながる。
 懸念されることは、地方交付税を地方税に振り替えるべきだという意見が、他ならぬ地方団体から強く支持されていることである。地方交付税のモラルハザードを回避する上で、地方税への振り替えが有効であるという考え方は、いまや多数派を占めている。財界などからも盛んにそのような意見が提言されている。それに対して、地方団体も、財源の自由度が増すという意味もあるであろうが、自主財源が増額するという意味で、地方交付税を地方税に振り替えるという意見を歓迎する雰囲気は強い。いわゆる三位一体の改革も、地方は自主財源の増加という意味で期待が大きいように思われる。
 しかし、国税と地方税の組み替えをしたところで、その合計額が不変である(国民負担という意味では同じである)という制約の下で、制度変更をすると地方団体の財源が実質的に増えることにはなりそうにない。最大でもゼロサムゲーム(得をするものと損をするものが相殺される)である。地方税の増税は、一般的には地方交付税の不交付団体が一方的に得をすることになるので、特段の工夫(たとえば逆交付税)をしなければ、交付団体から見れば、ゼロサムゲームにもならない。結果だけを見れば、過疎団体のなけなしの財源を削減し、それを裕福な不交付団体に付与することにもなりかねない。
 地方交付税から地方税への振り替えは、本来、地方団体(とりわけ交付団体)からは警戒をもってみられてしかるべしであるのに、実際はその逆である。
地方団体から見れば、自分たちに交付される財源を通じて地方交付税を理解し、全体としての仕組みをどのようにするかについて、平均的には関心が薄いように思えてならない。いま、地方交付税をめぐる状況が、それを守るには相当厳しくなっているなかで、最も危倶されることは、地方団体の地方交付税の制度運営についての関心度の低さ(むろん、平均的にはという意味であって、すべてという意味ではけっしてない)である。地方交付税が危機であると思われるのは、地方団体が今後、地方交付税をどうすべきかについてはっきりとした意見集約がないことである。それをしておかないと、地方税との振り替えや三位一体の改革についても、改革が進んだ後に、地方団体からこんなはずではなかったという声がでる懸念がある。
 そうした状況を招いたのは、制度運営を担当してきた政府の制度説明が、結果的に不十分であったという指摘も可能である。いまからでもそれを進めていくべきであろう。
 
(2)地方財政制度の実態と運用についての理解
 地方財政制度について全体としてどのように理解すべきかは、地方交付税の課題の論点整理をする際の出発点となる
 
(1)地方交付税が主であり、地方税も地方債も従である(大部分を占める交付団体にとっては)
 地方財政制度は、地方財政計画との関係を頭に思い浮かべる限り、大部分を占める交付団体にとっては、地方交付税が主役であって、地方税も地方債も脇役であることがわかる。地方交付税は一種の差額補助金として、必要額を完全に補填するように財源措置される。
 地方税が従であるのは本来の姿とはいえないが、財源不足額が大きい以上、地方交付税による財源保障はどうしても必要である。現在の制度運営では、基準財政収入額に算入される地方税の割合が市町村の場合では75%と、留保財源があることから、一部で地方税が主役であるという形を残している。
 地方交付税には、国税5税の一定割合を地方固有の財源として確保されているという側面と(マクロでの財源保障)、個々の自治体にとって必要な財源が確保される側面(ミクロでの財源保障)の2つがある。ところが、両者が何もしなくて常に一致するとは限らない。そこで、総務省(旧自治省)がさまざまな制度運営の工夫を重ねることで、トータルとして整合的に制度運用してきた経緯がある。本来、かつての地方財政平衡交付金がミクロの財源保障を主として考えてきた制度に対して、地方交付税に切り替わったことでマクロの財源保障の面が加味されることとなった。マクロの財源保障の面だけを強調すると、基本的に国税5税の財源の範囲で財源措置をするという運用になる。
 現在の経済状況のなかで、国税収入は大きく落ち込み、地方の財源不足額が拡大したことで、国税5税収入の交付税率をかけたもの(いわゆる入り口ベースの交付税)と、地方交付税交付金(いわゆる出口ベースでの交付税)が大きく乖離し、その差額を特別会計の借入金や臨時財政対策債で埋めるという措置でしのいできた。こうした制度運営は、ミクロの財源保障を優先させたやり方といえ、その意味で地方財政平衡交付金に回帰したところがある。とはいえ、特別会計の赤字が宙に浮いたものとなっている以上、問題山積であることには違いはない。
 
(2)地方交付税はつかみ金ではない
 地方財政計画は、国が都道府県と市町村に法令に基づいて義務付けている事務、国が建てた計画に基づいて地方が行うとされる事業、国が地方に対して一定の枠として認めている事業などを、総務省のなかで細かく算定し積み上げたものである。したがって、少なくとも地方財政計画は国会または閣議で決定した政策のうち、地方が担う部分を事業費として認定したものであり、けっして曖昧な根拠によるものではない。地方財政需要額は、地方財政計画に基づいて、一般財源ベースで個々の団体ごとに財政需要を算定したものである。
地方交付税は基準財政需要額と、これまた制度の結果として算定される基準財政収入額との差額であるから、地方交付税は一連の政策パッケージに対して総額で保障される財源付与である。
 その反面で一般財源として付与され、個々の自治体内である程度は(相当程度といってもよいが)組み替えが自由である。その両者の性格を持っていることから、財政力格差の是正に機能を持ったブロック補助金として運営されていることになる。
 ところが一般的には、地方団体は地方交付税を、一定の枠として財源付与されている一種のつかみ金と見ている。つかみ金として意識されながら、地方財政計画が一種の誘導効果を持って、地方団体の決算額との連動をもっているのは、市町村から見た場合には、国や都道府県が様々な形で政策誘導をしているからであり、市町村は地方財政計画を見ながら予算編成をしているわけではない。各省庁ルートで断片的に入ってくる情報をもとに予算編成をすることで、結果的に地方財政計画との連動関係が出てくると見ることもできる。補助金に誘導される部分が大きければ、その点では確実に地方財政計画と自治体の予算は関連性を持つ。
 市町村の予算編成では地方財政計画との関係はそれほど直接的ではないが、都道府県の場合には関係は相当密である。それだけ各省庁と都道府県の距離が近いということと、都道府県は市町村に対して補助金を出したり、国の政策を説明する必要上、地方財政計画の変動に対して関心を持つ必要があることがある。
 いずれにしても地方交付税はつかみ金ではない。現在の制度運営では、平衡交付金のように国が建てた制度や政策の結果として算定される財政需要を満たすことを目的に運用されていると見るべきである。かつては、地方交付税はひも付きでない一般財源であるから望ましいもの、国庫支出金等(補助金)は使途が限定されているので、国の地方へのコントロールが強く望ましくないという見方が一般的であった。しかし、地方交付税は一般財源であるという性格は間違いはないが、一種の枠として渡されている額ではないという側面を強調すると、必ずしも地方交付税と補助金の違いは際だたない。







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