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監督の仕事とは
―アニメ監督からのメッセージ―
西尾大介(アニメーション監督)
「ドラゴンボールZ」「蒼き伝説 シュート!」「金田一少年の事件簿」「ジャンゴのダンスカーニバル」他多数。
 
 西尾―アニメーションと一口に言っても、いろいろあります。かつて、プライベート・アニメーションという分野がありました。プライベートといっても、私的なアニメーションという意味よりも、大きい資本、大きい工場で作らない類のアニメーションという意味です。1人あるいは数名の作家が、長い時間をかけて、自分たちの技術をフルに発揮して芸術性を前面に出していく作品です。プライベート・アニメーションは、技術的に最もアニメーションらしいアニメーションだと思います。
 プライベート・アニメーションに対比されるのが、商業アニメーションです。テレビで放送されている30分の連続ものや、映画館で上映されるようなアニメーションのことで、短期間で、大きいお金を動かして、大人数で一気に作り上げます。僕が携わっているのも商業アニメーションですし、皆さんの目に触れる機会も最も多いと思います。
 一見すると、プライベート・アニメーションと商業アニメーションとは全く違うように思えますが、商業的アニメーションも、1人1人のアニメーターの特異な技能の上に成り立っていることを知っておいてください。大人数の人たちが集まって、限られた時間で作り上げていますが、あくまでも個々のアニメーターの絵を描く技術、絵を動かす技術が前提となっているのです。
 商業アニメーションのように、紙に絵を描き、それを薄いセルロイド板(セル)に写して色をつけ、1枚1枚撮影して作るアニメーションを、日本では一般的にセルアニメーションと呼んでいます。しかし、アニメーションを動かす技術は、セルを使うものだけに限りません。例えば、砂場の上に下向きにカメラを据え付け、砂の上に手で絵を描きます。砂の絵を少しずつ変えながら1コマ1コマ撮影すると、映写したときにその絵が動いているように見えます。砂ではなく粘土を使う場合(クレイアニメーション)もあります。これらのアニメーションは、まさしくその作家の技術の上に成り立つ作品です。
 セルアニメーションも同様に、絵を描くアニメーター1人1人の技術の上に立脚しています。ですから、技術の1つ1つを大切にしなければ商業アニメーションは成り立ちませんが、とかく携わる人間が多くなり、使うお金が大きくなればなるほど、実はその人たちに対する保障や技能を発展させるための支援、援助は薄くなりがちです。
 商業アニメーションを関わっている者にとって一番大切なのは、そうした支援、援助から外れそうになる人たちも巻き込みながら、全員が1つの作品に参加していることを認識することだと思います。1人のアニメーターが1人のアーティストとして作品を世に出せば、その作品は間違いなくその1人の作品です。特殊な技能を持って参加する人数が多くなると、誰の作品かという意味合いも希薄になりがちです。しかし、1人1人の描いた絵の1枚1枚が、作品にとって大切なものです。
 使われている動画の枚数が少ないと言われる日本のアニメーションでも、30分番組(正味の内容は20分から22分程度)で3000枚から4000枚使います。3000枚のうちの10枚に意味がないわけではないことを、仕事の中で証明しなければなりません。また、100枚の動画を描く人と10枚の動画を描く人を単純に比べれば、枚数は明らかに違いますが、100枚の中の1枚と10枚の中の1枚の価値は同じだということを認識する必要があります。その1枚1枚が3000枚集まって番組ができているのですから。
 僕たちは、1週間に1本、あれだけのボリュームのあるアニメーションを送り出しています。しかし、技術を持っている人は道具ではありません。だから、1人の描いた1枚が大切だという認識が、アニメーションを作る側になければだめだと思います。くどくどと述べてきましたが、アニメーションのテレビシリーズが1週間に60本から70本、あるいは80本に届くような勢いで制作されている、日本の現実の中では、そういう思いが流されてしまいそうな気がするのです。
 そして、アニメーションの世界では確かにアニメーターは花形ですが、背景を描く人も、撮影する人も同等に仕事をしており、その人たちを束ねて作品を作り上げていくのが監督の仕事だと思います。ただし、人を束ねる仕事は監督だけに限らず、いろいろなセクションにそれぞれチーフがいます。
 商業アニメーションでは、たった20分ほどの作品でもものすごい数の人間が参加しています。監督に必要な資質は、その人たちの仕事を、作品の意図する方向、また自分たちが言おうとしていることも含めて、一定の方向に向かわせながら、みんなが参加しているという実感を分かち合うところに自ら積極的に飛び込んでいくことではないでしょうか。
 今後どうなるかわかりませんが、アニメーション制作はこれまで、労働力集約型の産業でした。多くの人間が一堂に会して、自分たちが手描きしたものを集めて、一気に作ってしまう仕事だからです。したがって、監督は、人から人への作業をいかにスムーズにつなぐか、次のセクションに作品の意図をいかに明確に伝えるかという側面と、作品に命を吹き込むため、あるいは自分自身の作品にするためにスタッフに無理強いをする側面の、二面性を持っていると思います。相反することを言い続けなければならないので、自分自身でも矛盾を感じることがあります。
 しかし、監督は何よりもまず、視聴者あるいは観客に作品の意図を伝えるために精一杯の努力をするでしょう。そのために、各スタッフがあらゆる努力をして、1つの場に結集するのがアニメーションの制作現場だと思います。僕自身は、自分がそんなに偉いとは思わないし、みんなと仕事を分担している1人に過ぎないと思っていますが、作品の方向性、主張をどう表すかを握っているのが監督であることに変わりはありません。
 
 アニメーションの監督と実写の監督の違いについて、皆さんは漠然とはわかっていても、はっきりとは知らないと思います。僕自身も、実写の監督の細かいことまでは知りません。アニメーション制作の過程を追いながら、具体的なアニメーション監督の仕事を見てみましょう。
 商業アニメーション制作の流れを簡単に説明します。まず、企画の段階で、アニメーションにする作品を決定します。原作を見つけてくることもあるし、オリジナル作品を作ることもあります。監督は、企画の段階から参加する事もあります。作品が決まったら、脚本作りになります。脚本が出来上がり、OKされると、その脚本で作品を作ることになります。
 ちなみに、アニメーションの企画には、原作のないオリジナル作品、ミュージックビデオ、プロモーションビデオなどもあります。フランスのダフト・パンクというグループの「ディスカバリー」というビデオをやろうというのも、その1つです。僕も、監督としてではありませんが、14曲中の2曲を担当しています。
 監督は、企画にも脚本作りにも参加しますが、これらはディスカッションの場です。ここですでに、アニメーションの監督と実写の監督の役割は違っています。そして、確実に実写の監督と違っていて、アニメーションの監督が必ずやるのは、脚本から絵コンテを起こすことです。近年は、実写でも絵コンテの作業をするケースが増えていますが、今後はたぶん、実写もアニメーションも作り方が似てくるのではないかと思います。
 絵コンテ(イメージボード)には、絵コンテ用紙というものを使います。B4を縦に使い、左側から、シーンナンバー、カットナンバーを書く欄、次に絵を描くコマが6つ縦に並び、その右側に内容(ト書き、セリフなど)を書く欄、時間、音楽、効果などを指示する欄があります。
 監督は、脚本をもとにして、絵コンテ用紙に絵を描きます。イメージボードというと、映画の世界では、あるシーンはこういう雰囲気、こういうイメージにする、と指示するものと思われるでしょう。よく知られている例では、黒沢明監督が描いた油絵のようなカラーの絵がありますが、それと本になって出版されている宮崎駿さんの絵コンテを見比べてみると、違いははっきりします。
 アニメーションの絵コンテは、フィルムに映る状態をそのまま絵として表していくものです。ですから、カメラのアングル、カメラワーク、芝居などをすべて、絵で指定します。絵の横には、ト書きやセリフも書き込みます。30分のテレビシリーズの1回分、つまり正味22分程度のアニメーションのために、僕は60枚から80枚ぐらいの絵コンテを描きます。多いときには100枚ぐらいになります。
 絵コンテは、22分のアニメーションをマンガにすると考ればよいでしょう。ただし、絵コンテにはマンガにはない情報も書き込みます。つまり、実写で役者に芝居づけするのと同じような指示を、絵コンテでするのです。
 また、マンガでは、人物が怒っている顔(シーン1)のすぐ次のコマに、悲しそうに去っていく後姿(シーン2)を描くといった演出で、その場の感情をうまく表現することができますが、アニメーションでは、映画と同じように、シーン1から2に移る間の状態を説明しなければなりません。例えば、シーン1の次に、彼を取り巻いている人々がタジタジになっているシーンが入ります。取り巻いている人たちは、ちょっとひどいことを言いすぎたと悔やんでいます。次に、男の足のアップが何かを蹴飛ばす。そして、カメラがどこかの道を写すと、後姿で悲しそうに去っていく後姿がある。彼は怒鳴ったことを悔いている。
 ここでの監督の仕事は、脚本に書かれたシーンとシーンを映画的につながりやすくすることです。だから、絵コンテでは、脚本に書いてあることを描くだけではなく、書いてないことも描きます。絵コンテはとても大事な作業で、監督はここに一番エネルギーを費やします。僕は、1本仕上げると半年ぐらい会社に行かず寝ていたい気分になります。もちろん、たたき起こされて、仕事しろと言われるんですが。(笑)
 
 さて、絵コンテが完成すると初めて、動画を描くアニメーターと打ち合わせが始まります。実際には、絵コンテが全部完成していなくても、できたところから2回ないし3回に分けて打ち合わせをすることもあります。アニメーターには、絵コンテの1コマ1コマについて説明します。
 例えば、あるシーンで、絵コンテの1コマ目に男が描いてあって「IN」と指示されていれば、男はその方向からフレームインしてくることを意味します。同時にそのときのカメラアングルもわかります。次のコマでは、男は立ち止まって振り向き、その次のコマでは、再び走りながらフレームアウトすることが「OUT」の指示で示されています。男が走ってきてから走り去るまでのシーがここではワンカットです。このようなカットが300から400集まって、22分の作品ができます。また、絵コンテを見れば、必要な動画の枚数も大雑把に把握できます。
 
 アニメーターは、絵コンテの指示に従って、動画用紙に1枚1枚の絵を描きます。動画用紙は、上端に3つの穴(タップ穴)が開いており、この穴をタップという突起に固定して動画を重ねていけるようになっています。重ねた動画をぱらぱらとめくれば、アニメーションの動きがわかります。ちなみに、日本は用紙の上にタップ穴があって手前をめくりますが、アメリカは用紙の下にタップ穴があり向こう側をめくるようになっています。
 まず最初に、キーアニメーターによって、動画の動き初めと動き終わりを示す、原画が描かれます。上の例でいえば、男が走ってきたところ、振り向いたところ、走り去ろうとするところ、の3枚です。そして、原画と原画の間を4枚の絵で割るとすれば、ビトウィーナーが4枚の動画を描きます。これを続けてみれば、滑らかに動いているように見えるわけです。
 さらに上の例では、男は画面の外から走ってきて、反対側に走り去りますから、実際の動き始めと動き終わりは画面の外にあります。それを表現するために、キーアニメーターは男がフレームインした瞬間とフレームアウトする瞬間の原画も描きます。したがって、このワンカットでは、3コマの絵コンテに対して、5枚の原画を描くことになります。そして、それぞれの原画の間を動画でつなぎます。
 ここで要求されるのは、よりスムーズな動きと、おかしくない演技です。例えば、男が誰かに追われていて、立ち止まって振り返り、また走り出すというカットだった場合、それがわかるように表情をより緻密に、キャラクター通りに描かなければなりません。当然、原画を描く作業は、絵コンテよりも中身が濃くて密なものになります。
 
 以上がアニメーションの絵を描く作業です。そして、再び実写とアニメーションの違いがあって、アニメーションはすべての絵が出来上がらない限り編集作業に入れません。絵がなければ映画の形態にすることができません。
 僕が「金田一少年の事件簿」の長編1作目を監督したとき、声のゲストを俳優の夏八木勲さんにお願いしました。このときは声優さんたちに絵コンテを渡し、90分の作品なので絵コンテもかなり厚くなりますが、それを事前に見てもらって声を入れてもらいました。夏八木さんはアニメーションの声を入れるのは初めてでしたが、録音が終わった後僕に、「アニメーションは大変だね。カットつなぎも、カメラワークも君がやるんだね」と言われました。絵コンテに最初から最後まですべてが指示してあって、基本的にその順番通りにつなぐことになっているからです。
 実写では、まずそれぞれのシーンを、監督の指示に従って俳優さんたちがお芝居をして、撮影します。カメラが1台では足りなければ、2台、3台が同時に撮影することもあります。そして、それらのカットを編集して初めて、1本の映画の体裁になります。ところが、アニメーションは、絵コンテですでに、実写の編集済みの段階に極めて近いものを描いてしまっているのです。これはアニメーションと実写の一番大きな違いだと思います。
 こうして絵ができたら、声を入れ、音を入れ、1本の作品が完成します。アニメーターの段階から完成まで、急いでも約4ヶ月かかるでしょう。アニメーションは、実写の映画と比べると特殊な作り方をしていて、しかもかなり短時間で作っていることがおわかりになったと思います。
 僕は、ストーリー重視、キャラクター偏重の日本のアニメーションは、世界でも特殊だと思います。しかし、世界にはいろいろなアニメーションがありますが、絵を描くことが好きだったり、自分の描いた絵が動くことに驚く気持ちには普遍性があると思います。だから、地域の特性などを活かしつつ、みんなが共通して楽しめる、おもしろく思える作品で、そしてその技術や技能を楽しむことで、アニメーションを通した交流ができるのではないかと思います。今、アニメーションが国境を越えていると言われますが、そういう方向で交流が深まれば、様々な人々がアニメーションやその技術に立脚した産業に就くことで輪が広がっていくのではないか、と思う今日この頃です。
 
■質疑応答
 学生―絵コンテと原画の担当は必ず別の人ですか。
 
 西尾―基本的に絵コンテは監督が1人で作ります。原画のアニメーターのほうが絵が上手なので、中にはこの人たちに頼むケースもあります。
 
 学生―30分番組のテレビアニメと長編アニメの制作は、同じ作業をするのですか。
 
 西尾―作業の流れは同じです。ただ、作品のボリュームが大きくなれば、どこかで分業しなければならないときもあります。演出とは別に絵コンテを描く人がいる場合もあります。
 
 学生―アニメーションの監督になるのは、どういう人たちですか。元アニメーターがなるのですか。
 
 西尾―いろいろな場合があります。特に日本ではその傾向が強いです。本来アニメーションの監督はアニメーター出身だったのですが、演出する力量さえあれば、打ち合わせで指示することによって作品ができるので、ケースバイケースになっています。僕は絵とは全然関係のないところから、この仕事を始めました。監督になる一般的なケースは、アニメーションのプロダクションでキャリアを積んで、演出としての力量を認められて、やってみるかと声を掛けられるというものです。当然、アニメーターに声を掛けることもあります。
 
 学生―30分番組を制作する場合のキーアニメーターとビトウィーナーの数はどのくらいですか。
 
 西尾―1話につきキーアニメーターは5人ぐらいです。2人の場合もあります。ビトウィーナーは、明確な数字は出せませんが、10人のスタッフで1ヶ月かからないかもしれません。もし、20日で終われば、延べ200人が関わったと言うわけです。原画の枚数はまちまちですが、動画は22分で3000枚から4000枚です。
 
 学生―たくさんの人たちが制作に参加していますが、絵の均一性はどうやって保っているのですか。
 
 西尾―それは原画にかかっています。日本では、作画監督(チーフアニメーター)という人がいて、基本的に作画監督がアニメーターの描く絵の質を均一にしたり、動きに問題があれば直させる役目を果たします。また、絵が、演出の求めている表情でない場合、演出と原画の間でもやりとりはありますが、必ず作画監督が直しの指示を出します。
 
 学生―30分番組の絵コンテを作るのは、どのくらいの時間がかかりますか。
 
 西尾―30分番組は途中のCMを挟んで前半をAパート、後半をBパートと分けますが、Aパートの絵コンテから先に仕上げなければなりません。シナリオを読み終わってから、演出イメージを考えて絵コンテを描くまで、普通は3週間です。その後、Bパートに1週間から2週間かけます。全体で4週から5週です。しかし、現実的には期限に間に合わせるため、みんなが全体を3週間でやるように努力しています。僕が若いときはよく、「あさって打ち合わせだから」と言われたものでした。若いうちはできましたが、今は「ディスカバリー」の4分の絵コンテを描くのに2ヶ月もかかります。(笑)







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