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10:00〜14:00 WPRO focuses and policies
Dr. Shigeru Omi
Regional Director
 
 尾身先生が私たちのために割いてくださった時間は実に3時間。最初に学生が1人ずつ自己紹介をした後、「今日は君たちが聞きたいと思うトピックを扱うようにするから、質問がある人は手を挙げるように。」と学生からの質問を受け付けてくださった。そして、それらの質問の一つ一つに答えとなるように話を進めてくださった。
 以下は、尾身先生の話の中で印象に残った部分を中心に、私の視点から記録したものである。この他、先生のこれまでの経歴や退職後の夢など様々なお話を伺った。
 
学生からの質問
先生のご経歴について知りたい
国際保健に関わる上で教養が大切だというが、どのようにして身につければよいか
NGOの視点から国際保健に関わるときと比べて、WHOに入って国際保健に関わるときにはどの様な制約があるか
国際保健を志す医師が、医学以外に身につけなければならないことは何か
医師が国際保健をやる場合、医師以外の職種の人がやる場合との違いは何か
WHOに就職することのメリットとデメリットは何か
国際医療と(国内の)公衆衛生の接点について
尾身先生が国際保健に関わる理由は何か
これからの国際社会では、西欧の価値観に対してアジアの価値観が重要になってくると思うが、先生のお考えは?
先生の夢を知りたい
 
尾身先生の話
〜自分との対話〜
 今、君たちは各々自己紹介をしてくれたけれど、自分のことを犠牲にして・・・という考えで国際保健に関わろうと考えているとしたら、それはきっと続かないだろう。「好きなことを」やることが大切で、自分が幸せでないのに人を幸せにすることはできない。つまりは、「本当にやりたいことを」やるということで、そのためには自分との対話を繰り返し、自分に正直になることから始めなければならない。それには、建前を抜きにして自分の適正を公正に判断するということも含まれている。これは簡単そうに思えるかもしれないが実はとても難しく、ときに苦しみをも伴うプロセスだと思う。しかし、今こそ君たちはやらなければならない。
 
〜T字型の人間〜
 「教養のための教養」というのはほとんど意味がない。確かにこれから必要とされるのは「T字型の人間」つまり、自分のspecialtyとsomething elseの両方を兼ね備えた人間だけれども、自分が楽しい、好きだと思ってやったことが結果として教養となり身についていくのであって、「身につけ『なければならない』」と思って教養を身につけるなんていうのはナンセンスだと思う。
 
〜国際機関で働くためには〜
 アジア人、特に日本人に多い弱点として、物事を論理的に、大きな枠組みの中で考えることが苦手だということが言えると思う。しかし、国際機関で物事を動かしていこうと思ったらこの能力は必要で、相手を論理的に説得できなければ何事も動かない。こういったpublic healthのセンス、議論ができるレベルの英語力、多様な視点で物事をとらえ相手のことを思いやれるmaturityが国際機関では求められるだろう。
 
〜日本を大切に思えばこそ、世界に出て行かなければならない〜
 また、日本という国の抱える大きな問題点に、世界との間のバリアーが非常に高いということが言える。日本の公衆衛生は、世界がそこから大いに学ぶことができるような業績を数多く残しているにも関わらず、それらはあまり知られていない。英語の論文にまとめて世界に発信してこなかったからである。日本のよさを大切にしたければこそ、technicalな部分においてはglobal standardに合わせて、世界に向けて発信していかねばならないだろう。「アジアの価値観」ということについても、同じことが言えるだろう。「多様な価値観の共生」が必要になってくるこれからの時代に、アジア的な価値観は重要な役割を果たしうると思う。しかし、国際社会でそれを主張していくことができなければ役に立てないのではないか。
 
〜WHOの強み、弱み〜
 WHOのような国際機関の弱みをひとことで言うと、法律を持たないことである。これが、強制力のある法律を持つ、国の行政機関で公衆衛生をやるときとの大きな違いである。しかし、物事を進めるときに個人に与えられた自由度はかなり高く、これがWHOで働く醍醐味でもある。また、NGOはコミュニティに近いところで活動できるという強みがあるが、人々から選ばれた存在ではないということが弱みだと言えるだろう。
 
〜freedomとresponsibility〜
 生まれたときからずっと、人間は全てのものを「与えられて」生かされている。与えられたものは変えることができない。しかし、それに対する応え(response)方は無限にあり、選択の自由(freedom)は各人に委ねられている。自分の頭で考え、状況を的確に判断して応えていくこと、それがすなわち人間に与えられた責任(responsibility)であると言える。
 
 自分との対話を怠らず、自分が本当にやりたいことを自分の頭で考えるようにということを終始強調されていた。尾身先生もおっしゃっていたように、それはとても苦しい過程であると思う。けれども、「与えられ生かされる者」として常にそこから逃げずに向き合い、応え続けたいと思う。
(担当:江崎 歩)
 
14:30〜15:00 Roll Back Malaria
Dr. Kevin Palmer
Regional Advisor, Disease Vector Control and Control of Parasitic Diseases
 
 尾身先生のお話が予定を大幅に超過し3時間に亘ったため、予定されていた講義のうち3つが省略された。学生の間に疲労感が漂うなか、休憩時間も5分そこそこで次の講義となった。
 Dr. Palmerは初めに、講義のタイトルであるRoll Back Malariaの意味を説明された。マラリアは1990年代に入り大幅に減少したが、WPROが管轄している9カ国だけでも2万人が亡くなっているという。マラリアは過去の病気ではなく、今なお真剣に取り組まなくてはいけない問題として認識すべきだとのことであった。
 フィリピンではどのような地域でマラリアの罹患率が高いかを、地図で説明して下さった。北部ルソン島、ミンダナオ島、ルソン島の南西に位置するパラワン島といった比較的貧しい地域で罹患率、死亡率が高い。またフィリピン全体の統計をみると、90年代に入って患者数、罹患率は減ってきているが死亡者数が変わっていない。この背景には、耐性菌が増えていることや薬の供給が十分でないことの他に、地域によってはマラリアに感染しても医療機関にかからず自分で診断し独自の判断で薬を飲んだり、伝統的な薬に頼ったりする現状がある。
 対策として、何よりもまずcommunityの貧困を改善しなくてはいけない。その上で健康教育を促進し、殺虫剤処理蚊帳(insecticide-treated nets)を普及させ、迅速な診断(dipstick examination or microscopy)と適切な治療をできるように人材を育て、薬の供給を確実にし、重症例は高次医療機関に紹介できるようなシステムを作るといったことが必要である。そのためにNGOや教育省、農業省、保健省、軍・警察、女性団体、さらにUNICEFやUNDPなどとも協力しているとのことであった。
 マラリア対策と一言で言ってもその内容は多岐に亘る。あまりに膨大すぎて気が遠くなるようだが、WHOの役割は全体を見通して計画を進めていく指揮者のようなものだと感じた。







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