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交通系ICカードに夢を乗せて
近畿運輸局交通環境部長
馬場崎 靖
 
 我々のような霞ヶ関の役人の中には、「俺が世の中を変えるんだ」と本気で信じている人がいて、そういう人の言動が霞ヶ関批判を招き、国の行政への不審を増加させている部分は結構あると思う。でも、世の中を変えていく仕事に携わることができれば、やはりうれしいものである。今、この関西で動き出そうとしている交通系ICカードシステムは、世の中を変えていくものになるのではないか、と期待している。ちなみに、昨年7月の運輸局の組織再編に伴い、ICカード導入を含め運輸分野の情報化推進は交通環境部の担当となっている。
 交通系ICカードについてご紹介する前に、ICカードについて触れてみたい。ICカードは、IC(CPUなどの集積回路)を埋め込んだカードで、従来の磁気カードに比べ記憶容量が大きく、様々な演算処理が瞬時に可能、しかもセキュリティが極めて高い(すなわち偽造が困難ということ)、いわば超小型のパソコンのようなものであり、キャッシュカードやクレジットカード、テレホンカードなどへ用途が拡大中である。ID機能も搭載できることから、社員証や入退出の鍵など様々な分野での利用が考えられ、これらを組みあわせると、これまでのカード社会を大きく変える可能性がある、そんな技術である。
 交通系ICカードは、このICカードを主に鉄道・バスの定期券・乗車券用に開発されたものであり、関東では既にJR東日本の「Suica」としておなじみである。その特徴は、パスケースから出さずにタッチするだけで自動改札機を通過することが可能、すなわち非接触式であること、これにより鉄道の改札やバスの乗降の際の混雑が大幅に緩和され、お年寄りや体のご不自由な方にもやさしいこと、長期利用割引や時間帯別運賃などこれまでにない運賃割引設定が可能となることなどがあげられる。鉄道用ICカードについては業界のご努力により規格が統一されているため、この規格に則って鉄道・バスに導入すれば、複数の鉄道・バス間で利用可能となり、乗り継ぎの円滑化、シームレス化を実現できるばかりでなく、他の地域との共通利用ということも可能である。また、交通系ICカードは、もともと鉄道・バスの運賃決済用、すなわち少額決済用の決済システムであることから、駅売店やコンビニ、さらには日常よく利用する商店での支払いにもサインレスで利用することができるほか、観光施設などで利用もできる、そしてこのようなお店や施設での行列の解消にも役に立つ。交通系ICカードのID機能を使えば、決済だけでなく、例えば、国際コンベンションでの入出場管理にも利用ができる。
 さらに、そしてこれが重要なポイントの一つであると思うが、交通系ICカードでは多数のカードユーザーが見込まれるということである。既に導入されているJR東日本の「Suica」は600万枚使われているということである。現在、関西では来年度にJR西日本が「ICOCA」という愛称で導入し、鉄道・バス43社局が加盟するスルッとKANSAI協議会は「PiTaPa」というブランドで、来年度から阪急電鉄、京阪電鉄を皮切りに順次交通系ICカードを導入する予定であるが、これまでの定期券・回数券がICカードに移行していくだけでも、カードユーザーは相当な数に上ることが予想される。ICカードは交通系を中心に拡大していくことになるだろう。交通系ICカードの多機能化が進めば、鉄道・バスなどの交通事業が、今後のカード社会をリードしていくことになる可能性があるのである。このことは、鉄道・バス事業の経営環境を好転させていく可能性があることも示している。
 また、運輸政策の観点から見れば、カード1枚で鉄道・バスにも乗れ、観光施設も利用でき、買い物・飲食もできるのだから、観光客、特に外国人観光客の受け入れの大きな武器となるのではないか、これが関西の観光振興にもつながるのではないか、と考えている。もちろん、交通系ICカードそのものの使い勝手もすばらしいものであり、サービスの質に対する評価が格段に厳しいこの関西でさらに鍛えられれば、全国はおろか海外でも通用するサービスとなっていくだろうと考えている。ちなみに、国土交通省では既に交通系ICカードを導入している香港、シンガポールなどアジア各地との相互利用が可能となるような取り組みを始めている。
 このような交通系ICカードの展開は、関西だからこそ可能であるという点も重要である。既に磁気カードにおいてスルッとKANSAI協議会が38社局(平成15年3月14日現在)に上る鉄道・バスの共通カード化を実現しているが、このスルッとKANSAI協議会がJR西日本とともに交通系ICカードの導入を推進しており、物販・飲食、観光施設などへの導入も具体的に検討しているからである。
 本年3月1日から14日までの2週間、近畿運輸局では、スルッとKANSAI協議会のご協力を得て、交通系ICカードの多機能化の実験事業を実施した。これは、来年度導入予定の交通系ICカードシステムを用いて、大阪市内の天神橋筋商店街や道頓堀商店街などの物販・飲食店、阪急電鉄及び京阪電鉄の駅周辺などの売店・コンビニ、神戸北野の異人館、大阪水上バス、空中庭園展望台、新神戸ロープウェーなどの観光施設など200を超える店舗・施設に専用端末を設置した上で、約850人のモニターに実際に交通系ICカードを用いた決済を行ってもらう、我が国初の実験を行った。実験は極めて好評で、大阪、神戸のほとんどのテレビ局から取材いただき、実際の決済の模様がニュースとして報じられた。国の地方支分部局の実施する実験事業がこのように大きく報じられるのは、非常に珍しいのではないか。また、実際に決済にご利用いただいた店舗等の方やモニター、中には興味をもたれた一般の方にもご利用いただいたが、いずれも決済が極めてスムーズで、便利との感想をいただいた。もちろん、実際の導入までには、さらに解決しなければならない課題もあるが、この実験を通して、交通系ICカードの可能性が明らかになったのではと考えている。
 世の中の少額決済が交通系ICカードによって大きくかわる、そしてそれが観光振興を通じて関西経済の再生に大きく寄与する、そしてその普及にかかわる。行政に携わるものとしてこれほどの喜びはない。
 ところで、ご存じだろうか。バス関係者が一致結束すれば、これまでのような事業者が整備してきたバスロケーションステム(以下「バスロケ」という。)や路上ビーコンによる運行管理システムを活用したバスロケ、さらにはバスに載せた車載器で道路の運行情報を収集して活用するバスロケでなくても、バスの運行情報を提供できるシステム(おわかりかと思うが、これはバスロケではない)の構築が可能であることを。このシステムのいいところは、バス事業者の費用負担が少ない、いや費用負担がない、いやいやバス事業者がもうけを得ることができることである。具体的には・・・、あ、お約束の字数を超えてしまいそう。残念ながら今回はこの程度としておく。ただ、交通系ICカードと同様、世の中が変わるような、わくわくする話である、と私は思っている。
 
 







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