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1997年8月号 『中央公論』
北朝鮮崩壊論、軟着陸論の見当違い
重村智計(しげむら としみつ)
三年間崩壊せず
 今年後半のアジアの歴史は、香港返還で幕を開けた。朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)では、七月八日に故金日成主席の「三年の喪」が明けた。また、韓国では七月末までに与党の大統領候補が選出され、年末には新しい大統領が生まれる。一方、北朝鮮でも金正日書記が公式に登場することになる。
 南北朝鮮では、二十一世紀を担う新たな指導者が年末までに公式に登場するわけだ。これからの半年は、北東アジアの二十一世紀を創り出す重要な節目の時期になる。そして、南北朝鮮の外交駆け引きがダイナミックに展開されるだろう。
 三年前に金日成主席が死亡した直後には、「金正日体制は六ヵ月以内に崩壊」「三年はもたない」などの専門家の判断が、新聞や雑誌に掲載された。また「年内に戦争が起きる」「二年以内に戦争」との判断を堂々と語った専門家もいた。
 そうした記録が、私の手元にはある。その判断の間違いを分析すれば、どんな要素を見落としていたのかがわかるだろう。多くは、朝鮮半島における儒教の伝統と「孝行」「喪」の意味や、物の考え方を計算しなかった結果であった、との私なりの見方を本誌七月号で示した。
 人の国を理解し論じるには、歴史や文化への知識と人間への理解が不可欠である。また、相手の国の言葉を使っての一次情報の収集が大切だ。言葉がわかると、言葉では表現できない感情や心が読める。また、実像以上に相手を巨大化する危険も避けられる。
 なぜ、こうしたアプローチが必要なのか。政策を決め軍事的対応を行なうのは、血の通った人間であるからだ。この人間への理解と国際政治・戦略の視点を忘れると、運動論や感情論になってしまう。そして「崩壊論」と「戦争論」に陥ってしまう。
 ともかく、北朝鮮では厳しい食糧難にもかかわらず崩壊も戦争も起きずに、三年の喪が明けた。大規模な人事異動が行なわれようとしている。金正日書記の公式登場も、時間の問題となった。
 北朝鮮への食糧支援をすべきかどうかについて、日本での論議はなお分かれている。テレビ朝日の「朝まで生テレビ」は、五月末に北朝鮮問題を取り上げたが、その際の視聴者およそー八〇〇人からの電話やファックスなどでの集計では、北朝鮮への食糧支援を「行なうべき」との意見が四五・一パーセントで、「行なうべきではない」が四六・五パーセントであった。
 この数字が、世論をそのまま反映していると見るわけにはいかないにしても、意見がまっぷたつに分かれている様子はうかがえる。
 こうした意見の対立は、結果として日本政府の北朝鮮への食糧支援にブレーキをかけている。そんな折、日本のマスコミではあまり大きく扱われなかったが、注目すべき出来事があった。
 日本を訪問した中国外務省のスポークスマンが、北朝鮮の食糧事情はそれほど悪くはない、と発言したのだった。すでに今年を乗り切るだけの食糧は確保している、というのである。この発言は、食糧支援はもう必要ないのではないか、との空気を広げた。
 中国外務省スポークスマンの見解は、国際的な支援を求める国連機関の呼びかけとは、相当に異なるものであった。外務省スポークスマンといえば、中国政府の公式な立場を明らかにする役割を担っている。その発言が、大きな波紋を生むことは、十分に知っているはずである。なぜ、彼はこうした発言をしたのか。
 中国政府当局者は後に、この発言の真意について「北朝鮮の食糧事情は、北朝鮮を崩壊させるような状況にはない事実を強調したものだ」と説明した。さらに彼は「中国は、北朝鮮が短期的に崩壊するような状況にあるとは見ていない」と強調した。また「食糧難から、南進し戦争を行なう可能性もまったくないと中国は見ている」と強調した。
 この中国の判断は、日本や韓国、米国で見られる論議とはまったく異なるものである。北朝鮮内部の情報を入手している中国の判断として、注目される。それでも、外務省スポークスマンの発言の真意は、なお疑問である。これについては、後で触れたい。
山崎政調会長への誹謗中傷
 もう一つの事件は、北朝鮮の労働党機関紙『労働新聞』が、六月十日の論評で自民党の山崎拓政務調査会長を激しい口調で次のように非難したことであった。
 
 「彼(山崎政調会長を指す)は、主人に忠実な犬のように米国と南朝鮮かいらいに忠実で、米国と南朝鮮かいらいの奴僕のように彼らの使いをするのに熱心である。
 諸報道によると、彼は口を開きさえすれば『四者会談』『日本人拉致疑惑事件』などとわめきたてている。(中略)彼が『四者会談』についてあれこれいうのはおこがましい行為である。・・・それをあたかも朝日間の『懸案問題』解決のための前提条件であるかのように力説しているのは、朝日関係改善に反対する南朝鮮かいらいの意思をそのまま受け入れているからである。
 わが方は、彼が『日本人拉致疑惑』事件に関して熱を上げていることも同じように見ている。
 『日本人少女拉致疑惑』事件は、わが方との対決意識を鼓舞するために南朝鮮かいらいがデッチあげた醜悪な政治謀略劇である。・・・幼稚な謀略劇を事実であるかのように表現し、やたらに騒ぎ立てる彼こそ政治家としての初歩的な資質も備えていない者だといわざるを得ない。・・・もう一つは、反共和国敵対観念が彼の骨髄にまで染みているということである。
 米国と南朝鮮かいらいの忠犬、侍女のように振る舞えば振る舞うほど、彼にもたらされるものは恥、嘲笑だけである。こうした者らは政界から去るべきである」
 
 山崎政調会長非難の背後で、何があったのだろうか。実は、問題の発端は、与党三党の訪朝団派遺問題とその条件にあった。
 北朝鮮の外務省は、北京での日本の外務省当局者との課長級会談を通じ、日本人妻の一時帰国を認める代わりにコメ一〇〇万トンの食糧支援を求めた。しかし、一時帰国できる日本人妻の数はわずかに三〇人程度にすぎなかった。日本政府が求めた一八〇〇人とは、あまりにもかけ離れていた。
 その一方で、北朝鮮の労働党幹部は自民党や社民党の幹部に「日本人妻は、三〇〇人ほど返してもいい。六月二十日に与党訪朝団を送ってほしい」と、連絡してきたという。北朝鮮側は再三「訪朝すれば、メンツは潰さない」と申し入れた。しかし、政府レベルの交渉が行なわれる一方で、党の代表団を送るのは二重外交になりかねない。
 この結果、与党は日本人妻問題も食糧支援も、あくまでも政府レベルの交渉で進める方針を確認したのだった。これは、一九九〇年の故金丸信氏の訪朝と一九九五年のコメ支援交渉の問題を教訓に、国益と外交を考えた判断といっていいだろう。
 このため、与党三党の幹部は連名で与党訪朝団派遣の条件として(1)四者会談受け入れ(2)少女拉致事件解明(3)覚醒剤密輸事件解明――への前向きの対応を求めた。この条件に、北朝鮮側は山崎政調会長非難で答えたのだった。
平壌の事情
 日本では、たかだかこれぐらいの条件に驚くことはないではないか、と思うかもしれない。しかし、労働党の担当者にしてみると、困る内容なのだ。こうした条件は、この担当者の管轄外の問題になる。四者会談受け入れは、外務省が主管する問題であり、後の二つは公安か工作機関の問題である。
 北朝鮮は縦割りの組織の上、問題が生じると責任を避ける体制である。だから、党の中堅幹部が外務省の管轄問題や公安・工作機関の問題に口を出せない。もし問題にし、政策を変えさせれば担当者は責任を問われるわけで、そんなことができるはずもない。
 つまり、与党三党の条件は労働党の幹部にとっては「絶縁状」とも受けとめられかねない、衝撃的なものであったことになる。
 だから、この条件がついている限りは、与党訪朝団を実現できないことになるわけだ。実は、この時期に平壌から伝えられた情報によると「日本の与党訪朝団を六月二十日までに呼び、コメ一〇〇万トン支援を約束させる」との話を持ち回る人たちが、活発に動いていたという。
 日本の連立与党への当初の訪朝団派遣要請は、なぜ六月二十日だったのか。これは、七月八日以降に行なわれる大人事異動と関連していたといわれる。金日成主席の喪が明ける七月八日直後に、大人事異動が予定されていたからだ。そして、その人事の内示が六月二十日頃に行なわれる、といわれていた。とすれば、人事への影響を考えれば六月二十日までにコメ支援の約束を成果にする必要があったことになる。
 訪朝団の実現が難しくなると「六月末まで」「コメ一五万トンでいい」とまで伝えてきたという。それにもかかわらず、与党訪朝団は実現しなかった。与党の訪米調査団のほうが優先されたからだ。訪朝団が不可能になったことから、山崎政調会長非難が始まったのである。
 その背景にあったのは、何か。山崎政調会長が、何らかの確約をしていたとの観測から山崎政調会長が最後まで反対したため怨みを買ったとの見方までいろいろである。そうした理由もあるだろうが、もう一つは北朝鮮当局の責任逃れのためでもあるという。北朝鮮では、責任を取ることは自己批判から降格、追放につながりかねない。これを避けるためには、責任を転嫁するしかない。
 この結果すべての責任を山崎政調会長に押しつけることで、与党訪朝団招請とコメ支援約束取り付け失敗の責任を回避したのではないか、とも観測される。
 北朝鮮が本当にコメ支援を必要とするなら、日本政府に公式に要請すべきであろう。金永南外相か外務省声明で、公式にコメ支援を要請しそのための会談を呼びかけるのが筋である。それを、自民党や与党の政治家を使う「裏口外交」をしようとするから、問題が起きるのである。これは、北朝鮮が党と外務省の二重外交を行なっているために生まれる混乱である。
 日本の常識からすれば、たとえ労働党であれ民間機関としか受けとめられない。民間機関が、民間機関の自民党政治家を使って外交に影響を及ぼそうとするから、問題が起きるのである。日本では「議員外交」という言葉が、まことしやかに強調される。しかし、アメリカでも欧州でも「議員外交」は存在しない。政党の政治家の資格で、外交当局に指示したり交渉の内容に介入することはあり得ないのである。
 「議員外交」とは、政治家同士の国際交流と人間的な関係を深め、いざという時に役立てるものである。「議員交流」以外のなにものでもない。外交交渉は、あくまでも政府と外交当局が行なわなければ、国益を危うくされるばかりである。
 冷戦終了後、北朝鮮では外交における党の役割が低下した。それも当然で、社会主義国の崩壊で党による交流や交渉がなくなってしまったからだ。こうして、対米外交をはじめとする交渉の権限を北朝鮮外務省が握ってしまった。ところが、対日外交だけはそう簡単にはいかなかった。これまで、党の幹部が対日外交(というよりも工作といったほうが正確かもしれない)に当たってきたからだ。
 北朝鮮での対日外交の認識は、「実力者さえつかまえれば、日本は動かせる」というものであった。かつては必ずしも間違った判断ではなかった。ところが、冷戦の終了と社会党の消滅で、政治家をつかまえればすべてを動かせる時代が終わったことに、気がついていないのである。
 日本では、北朝鮮と日本の政治家による交渉は国益を損なうのではないかとの反省が生まれ、北朝鮮の代弁者的役割をしてきた社会党が消え去ったことから、保守系の勢力が発言権を増し、また外務省を通じた正面からの外交を求める声が日本では強まっている。ところが、こうした事情が平壌の指導層には正確に伝えられない。これまで権限を握ってきた部署が、その権限の喪失を恐れるからだ。
 日本で、北朝鮮への食糧支援をめぐる意見が分かれ、少女拉致事件疑惑が問題になった頃に、アメリカでは北朝鮮の早期崩壊か軟着陸かの外交戦略をめぐる二つの論文が、関係者の話題を呼んだ。
アメリカでの論争
 米国の外交専門誌『フォーリン・アフェアーズ』は、今年三/四月号に三つの注目される論文を掲載した。このうち二つは中国の脅威をめぐるもので、もう一つが北朝鮮の早期崩壊こそが、朝鮮半島の統一を実現し北東アジアの安定に寄与するという論文であった。
 朝鮮問題の専門家の間で話題を呼んだのは、ワシントンのシンクタンク、アメリカン・エンタープライズのニコラス・エバースタット研究員の「朝鮮半島の統一を急げ」という論文(本誌五月号掲載)であった。エバースタット研究員は、私がワシントン特派員をしていた頃に会ったことがある。当時は国際政治としての朝鮮問題の専門家ではなく、人口問題の視点から北朝鮮の研究を行なっていた。それだけに、この論文にもやや強引な面がある。
 これに対抗するように、軟着陸を主張する論文が『フォーリン・ポリシー』誌に掲載された。ウッドロー・ウィルソン国際研究所のセリグ・ハリソン客員研究員が「朝鮮半島の軟着陸を促進する」との論文を寄稿したのだった。ハリソン研究員は、何度も北朝鮮を訪問し、ワシントンでは北朝鮮の主張に理解を示す数少ない朝鮮問題の専門家である。
 エバースタット研究員は、まず北朝鮮は内側から崩壊する可能性が高いと指摘している。だから、段階的な(処理)という楽観的なビジョンは幻想であり、北朝鮮は軍事的により危険な存在になっていくと展望している。
 いずれにしろ、そうした北朝鮮崩壊が避けられないのなら早期に統一するほうが望ましく、時間をかけた軟着陸論は負担を増やすだけだとする。つまり、統一が遅れれば遅れるほど、韓国と北朝鮮の経済格差は開き、コストが一層かさむというのだ。
 彼は統一をどのように実現できるのかについては、具体的なプロセスを提示できていない。強制的に崩壊させるのか、国際フォーラムを通じた統一を図るのかは明確でない。とにかく、早期統一はコストがかからないとの分析である。
 ハリソン研究員は、北朝鮮が予見しうる将来に崩壊する可能性はないと予見している。そのうえで、当面は食糧支援を行ない長期的には軟着陸政策を進めるべきだ、と主張している。また、米国は米朝基本合意を守っていないと指摘する。
 この二つの論争を、どう理解すべきであろうか。エバースタット研究員の分析は、朝鮮半島の人的、伝統的要素をまったく無視している。ただ経済コスト論は、参考になる視点である。
 彼は、早い統一のほうがコストがかからないとしている。韓国の一人当たりの国内総生産(GDP)は約一万ドル、北朝鮮はおよそ一〇〇〇ドルといわれる。この格差が、時間がたてばたつほど拡大するのは事実であろう。だが、現在の韓国の経済力(GDP六〇兆円、国家予算八兆円)では、北に補助金をつぎ込む余裕はない。
 むしろ、時間がたち経済的な余裕が生まれれば、北を吸収統一しても補助金を捻出する余裕が生まれるのだ。いくらコストが低くても、現在はその余裕がないのである。
 もう一つは、早期統一に伴う混乱である。何よりも、北朝鮮の人民軍の平穏な解体が最大の問題になる。反乱軍が生まれると、国内の安全が脅かされる。また、人民軍兵士に新たな職を与えなければならない。さらに、南の企業や経済人が北の人々を労働者としてだけ扱えば、差別と地域対立の問題が発生する。朝鮮半島内には、地域感情による対立が根強い。統一は、新たな地域対立を生み出す可能性が高い。
 なによりも、社会主義的な考え方に馴れた北朝鮮の国民を資本主義化するのは、簡単ではない。早期統一は、社会混乱と政治混乱につながりかねない。むしろ、時間をかけ北朝鮮の人々がみずから市場経済を理解したうえでの統一のほうが、コストはかからないことになる。
 ハリソン研究員は、軟着陸を説きながらも、どうすればそれが可能になるのかは、明らかにしていない。
 北朝鮮の軟着陸とは何を意味するのか。まず、市場経済を導入し経済を立て直すことである。いまのような中央集権統制経済での経済回復は、まず不可能である。さらに、周辺諸国にとっても歓迎されないだろう。南に対する武力統一策も公式に放棄し、武装工作活動をやめなければならない。そうでなければ、たとえ軟着陸できても意味はない。
 だが、これは北朝鮮にとってはきわめて困難な選択であろう。
 実は、いわゆる軟着陸論と米国や中国が目指す軟着陸論は違うのである。ハリソン研究員は、その問題を避けている。米国も中国も、北朝鮮がいまの体制で軟着陸しうるとは考えていないし、期待もしていない。
 中国はあくまでも、社会主義の名前は残しながら中国と同じような改革・開放体制を導入した形での軟着陸を期待し、米国は市場経済の導入による軟着陸が本音である。そうなれば、南北の話し合いによる統一にもやがて道が開けるかもしれないからだ。
当事者の意向を尊重せよ
 米国での早期崩壊・統一論と軟着陸論の問題は、当事者の意向を無視していること。朝鮮半島の統一問題は、あくまでも当事者が決める問題である。たとえ、統一のコストがかかろうとも、混乱に直面しようとも、どんな民族にも自らの運命を決める権利がある。
 それを、早期に統一すべきだとか軟着陸すべきだと押しつけてはならない。軍事的な衝突など最悪の事態がない限りは、当事者の選択が最大限尊重されなければならない。米国での二つの論争には、当事者尊重の視点がまず欠けている。
 ドイツ統一の際も、大国は当初「4+2(フォー・プラス・ツー)」方式を提唱した。これは、米英仏露の四大国がまず統一を保障し、その後で東西ドイツが話し合うというやり方だ。これに対し、ドイツは「2+4(ツー・プラス・フォー)」を譲らなかった。まず当事者である東西ドイツが話し合い、統一に合意してから四大国が保障するというやり方である。
 結局は、当事者の意向が尊重され「2+4」方式での統一が実現したのだった。
 北朝鮮に対する軽水炉支援や食糧支援を、日本の安全保障のコストとして考える主張がある。これは、北朝鮮が核武装し、また食糧難で自暴自棄になり戦争に打って出る際に払うコストに比べれば安いという理論を根拠にしている。しかし、この論理は周辺諸国には、理解しにくい内容である。
 北朝鮮が、たとえ核開発しても日本に運べるミサイルなどの運搬手段がなければ、脅威にはならない。核開発は、米国と日本との関係を悪化させ、北朝鮮の孤立化を招くだけである。核拡散防止を進める米国の戦略への挑戦になるから、事実上不可能である。
 それを、安全保障上のコストを理由に軽水炉建設の資金を負担すべきだと主張すれば、日本はやはり自分のことしか考えない国との印象を与える。そうではなく、核拡散防止とアジアの平和への貢献と責任を負う戦略をたてるべきであろう。自分のためよりも、アジアの隣人のために行動するという印象を与える必要がある。
 食糧支援でも、日本の安全保障のために北朝鮮の暴発を防止するという理屈は、同じように周辺諸国から警戒されがちだ。北朝鮮が暴発しても、日本には直接の影響はないからだ。また、中国も韓国も北朝鮮が軍事行動に出るとは考えていないのである。
 日本にとって重要なのは、新しい世紀に日本はどうしたら朝鮮半島との友好的な関係を築けるかである。また、アジアから仲間外れにされずに信頼され尊敬される存在になりうるための戦略は何か、という課題である。朝鮮半島への対応が、この問題の決定的な要素になる。
 そのためには、日本には要請があればいつでもアジアのめんどうを見るという基本姿勢が、不可欠だ。政治家や日本の企業がしゃしゃり出て、利権をあさるというような行動を徹底して排除しなければならない。
 食糧支援に関しては、女子中学生拉致疑惑を理由に、食糧支援をすべきではないとの主張がある。日本人の感情としては、当然であろう。しかし、これでは単なるいやがらせにしかならない。戦略にも外交駆け引きにもならない。本気で女子中学生の返還を求めるのなら、日朝の貿易をストップし在日朝鮮人の往来を禁止するくらいの覚悟を決めた政策を取らないと、意味はない。しかし、日本政府にはこうした措置を取る気配はない。
 日本が食糧支援をしなくても、北朝鮮は崩壊するわけではない。中国や他の国が支援するだけである。最初に紹介した中国外務省スポークスマンの発言は、中国の食糧支援を効果的にするために、日本や韓国からの支援を抑えようとする計算が働いていたのではないだろうか。
 そうなると、国際的に日本は隣の国民のめんどうを見ない国としての印象を残してしまう。
 北朝鮮への食糧支援問題では、北朝鮮政府は日本政府に公式に食糧支援を要請していない事実が忘れられている。外務省の課長級会談で、口頭で意向が伝えられただけで、北朝鮮政府の責任者が公式に文書や声明で要請したわけではない。もう、在日の組織や政治家などの民間ルートで、食糧支援要請を受けるべきではない。
 あくまでも、政府間の公式ルートで処理すべきである。この公式の場で、食糧支援を話し合うと同時に、拉致疑惑などの解決を図るべきである。外交交渉のテーブルにのせなければ、拉致疑惑の解明も始まらない。そして、それがポスト冷戦時代の外交であり、日朝関係改善の早道になることを北朝鮮に伝えるべきだ。
著者プロフィール
重村 智計(しげむら としみつ)
1945年生まれ。
早稲田大学卒業。
毎日新聞社ソウル特派員、ワシントン特派員、論説委員を経て拓殖大学教授。現在、早稲田大学教授。
 
 
 
 
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