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私はこう考える【北朝鮮について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


◆「世界最高の福祉国家」?
 「個人がみんな車をもったら大変だ。電気自動車はいいがガソリン車は肺がんにかかって駄目だ。日本の友人から聞いたが、東京では三階以上に住む人はほとんど肺に穴があいているという。遠い距離はガソリンを利用して、市内は電気自動車を利用するのがいい」
 さる二月二十日、第六回南北首相会談のため平壌に赴いた韓国の鄭之植首相を前にしての、金日成語録のひとつである。どうやら金日成主席に情報を入れた日本の友人とは、四十七人の一人、美濃部都知事が図星であったようだ。同知事は七一年十月訪朝し、三十、三十一の両日接見している。
 接見記録は『世界』(七二年二月号)に掲載された。接見記集成はその転載である。「資本主義と社会主義の競争は、平壌の現状を見るだけで、その結論は明らかである」と、氏特有のネコなで声が今にも聞こえてきそうなくだりがある。それはさながら「中国にはハエがいない」という帰国報告をもたらした今は亡き大内兵衛教授らマルクス学者たちの革命中国訪問記を連想させる口上である。
 美濃部接見記には先の「日本の友人」が美濃部知事その人であることを彷彿させるくだりがでてくる。「いま東京は、空気もよごれており、水もにごっておりますが、みんな平壌の清潔さと美しさに驚嘆しております」「東京都内では、毎日一万三千トンのゴミが出るのですが、これをどう処理するかというのが大問題です。わたしは“ゴミとの戦争”を宣言しなければならない時期にきたといったのですが、ゴミの問題をはじめ、大都市問題解決の基本は土地問題にあるといえます。かねてからわたしは、東京が社会主義国でのように土地が国有化されていれば、このような問題は起らないのではないかと考えました。わたしはこちらへきて、このことをいっそう痛切に感じました」
 マル経学者美濃部亮吉氏の浅薄な国有化理論のレベルと内容をそのままさらけ出しているくだりでもある。
 美濃部接見記はつづく。「自分の国である日本の東京にいて、わたしひとりを護衛するため、朝から夜おそくまで何人ものガードがついています。そのため、わたしには自由に行動するゆとりがありません」と訴える美濃部知事に対し、したり顔の金日成主席は「わが人民は食べるに困らず、被服にこと欠かず、住む家があり、また学ぶ自由があり、治療を受ける自由があります」と応じ「またわが人民は、夜は戸締まりしないで寝るのがふつうであり、鍵をかけて寝る人はいません。商店にもちょっと掛けガネをかけるだけで守衛はいません。わが国には泥棒はいません」とつづけている。
 たがいにウソを知ったうえでの、ウソのかけ合い漫才である。社会主義が七〇年にしてとどのつまり崩壊していくのは、権力によるウソの堆積が行きつくところで起した自壊作用にほかならない。
 接見記集成の中で、金日成主席との会見記を、なんと「謁見記」といい表わしているのは未来社の西谷能雄社長である。出版人である西谷社長にとって、会見記をわざわざ謁見記と表記しなければならなかった必然性が「奈辺にあったか」、ここでは勝手な推測はひかえる。しかし、文中「日本帝国主義との三十数年間にわたる抗日武装闘争、独立後まもなく起きた祖国解放戦争=朝鮮戦争、その中にあって、たえず人民と軍隊を叱咤激励してきた。その戦いの歴史」とするくだりが、近年発掘され始めたソ連、中国の公文書や、四十五年前金日成政権樹立の秘密にふかくかかわったソ連占領軍の高官の回顧談を通じて、ほとんど百八十度の修正が加えられようとしている現実を、出版人としてどのように見ているのだろうか。
 さらに又、「南北統一のための自由で民主主義的な選挙は、アメリカ軍が南に駐屯する限り不可能だ」とする金日成発言をそのまま紹介しているが、今日北朝鮮の南北統一政策である「高麗民主連邦共和国」樹立案によれば、南北両体制をそのまま残して、連邦政府を樹立することをもって統一は完了する――とした“一国家二体制”論であり、南北統一のための「自由で民主主義的な総選挙の」手続と過程は、入り込む余地のないものとなっているのである。自由な選挙による南北体制の統一は非現実的であるとの理由から、故意に否定しているのが北朝鮮の統一政策である。
 西谷社長は接見記の冒頭「今読み返してもそれ以上のことを執筆することは不可能と知った」と断り、一九七〇年の「金日成首相との謁見記を圧縮し、若干補筆した」としているが、補筆にあたり以上二点についてだけでも想到するところがあったなら、当然ながら『主席、金日成』への執筆依頼には応じられなかった筈である。
 七九年いらい、訪朝六回を記録する鎌倉孝夫教授は「一九二五一二八年のころ、コミンテルンの指導で朝鮮共産党が創設され活動しているとき、ソ連から見学に出かけるよう通知があったが、主席は十分熟慮したうえで断った」という同主席の話を紹介、人民大衆中心の朝鮮式社会主義は、このときから始まったように記述している。
 しかし一九一二年生まれの少年金日成にコミンテルンからの招待が事実としてありえたことか。鎌倉教授は金日成主席の語を鵜呑みにして、学者として疑ってみる態度は皆無なのである。
 それにつけても誌面の都合で、首領・金日成様への祝辞の数々を全て紹介できないのは残念である。せめてあと数人、抜粋しておこう。
 「医療は無料であり、また教育も無料であり、そのうえ一切の税金もありません。一人の浮浪者も存在しない『世界最高の福祉国家』です」井上周八氏(立教大学名誉教授)。
 「金日成主席にたいする世界数億人民の敬慕の念は年々、深まっている」安宅常彦氏(元社会党代議士)。
 「がっちりした体格、どこからともなくにじみでる威厳、かといっていかめしさはなく、いつもやさしい笑みをたたえて語る主席」「私はこの日、一国の首相がエレベーターの前まできさくに出迎え、心から歓迎してくれる姿に、ただただ恐縮するばかりであった」畑中知加子氏(日朝協会元理事長)。
 「強い主体性をもった意思と、柔軟に情勢に対処しようとする円熟した老大政治家の姿をそこに見た」「主席の万年長寿を祈ってやまない」嶋崎譲氏(社会党衆院議員)。
 「金日成主席が指導し、全国民が一致してつくった、まぎれもない手づくりの国である」江上波夫(考古学者、文化勲章受章)。
 
 
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