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◆「悪の枢軸」演説と北朝鮮の反応
 しかし、北朝鮮側の対応は、何とかアメリカを対話の場に引き出したいというものでありました。金正日総書記がモスクワを訪問したり、江沢民主席を平壌に招待したり、いろいろな外交活動をやりました。そういう形で対米外交の環境を整えつつ、ブッシュ大統領によって表明された政策がどこまで厳格に実行されるのかを見極めようということだったと思われます。しかし、そういう段階で九月十一日のテロ事件が起きまして、これがアメリカの政策をさらに強硬な方向に引っ張っていきました。それ以降、テロリズムとの戦いを中心に据えて、世界政策が再編成されております。そして、一月二十九日の一般教書演説では「悪の枢軸」という言葉で北朝鮮の体制を厳しく批判するところまでエスカレートしていったわけです。
 「悪の枢軸」演説の後、ブッシュ大統領が日本、韓国、中国を訪問しました。私は、東アジア三国歴訪を見ていて、レーガン政権が誕生したときの新冷戦外交を思い出しました。あのときには、アメリカにレーガン政権、韓国に全斗煥政権が、そして日本には鈴木善幸政権がありました。レーガン大統領は、カーター時代の対ソ政策との差別化に腐心し、新たに軍拡競争に挑んだわけですが、このときにはソ連に対して「悪の帝国」という言葉が使われました。またSDI(戦略防衛構想)を含む軍拡競争を挑みながら、他方では「新冷戦連合」を世界の各地で構築することに努力しました。中曽根政権が誕生してレーガン・中曽根・全斗煥という「新冷戦連合」が東アジアでも形成されました。新保守主義を標榜するこの連合が、ソ連が崩壊するまでほぼ維持されたわけであります。
 ブッシュ政権が今回、東アジアで試みたのは、ソ連ではなく、テロリズム、あるいはならず者国家と対決するための新しい連合の構築ではないかと思います。レーガン時代とは違って、九月十一日のテロの後、日本は迅速にそれに協力しておりますから、ブッシュ・小泉まではできているのですが、三番目の金大中大統領が、依然として北朝鮮との対話路線を維持している――こういう構図であります。しかし、その韓国で本年末に大統領選挙があると、こういうことなのです。ですから、この新しい反テロ連合はまだ未完成ですが、しかしそういったものを目指して、ブッシュ外交が東アジアで展開されているという印象が非常に強いのであります。
 もう一点、繰り返しになりますが、ブッシュ政権の北朝鮮に対する批判を見ておりますと、北朝鮮に存在する体制、すなわち金正日体制に対する嫌悪感のようなものが非常に強く出ております。確かに今の段階では軍事制裁は言われておりませんが、しかし国民を飢えさせたままミサイルや核兵器などの大量殺傷兵器の開発に狂奔する政権、こういう体制に対する嫌悪感というようなものが非常に強く出ております。したがって、イラクに対処した後、「次は北朝鮮」というシナリオも排除できない、そういうことではないかと思います。
 北朝鮮がどのように対応しているかといえば、当初は、自分たちもテロリズムに反対であると主張して、二つの反テロ条約に署名するというようなことまで行いました。しかし、アフガニスタンでの戦争が始まりますと、アメリカの軍事行動に対する批判がはっきりとした形であらわれております。「悪の枢軸」演説以後は、ブッシュ大統領に対する個人攻撃にも踏み切りました。ただし、激しいレトリックにもかかわらず、まだアメリカとの対話を否定したわけではないということではなかろうかと思います。
 それから、第二に、最近にあらわれているのが、冒頭で指摘した対南、対日宥和とでも言ったらいいようなもの、すなわち林東源特使の受け入れですとか、日朝赤十字会談の動きであります。この動きをどのくらいに評価するべきなのかは、後ほどまたお話ししたいと思いますが、これを過大評価することはできないだろうと思います。なぜそうなのかというと、この時期の宥和の動きは、北朝鮮の食糧事情と大きく関係があるからです。秋に収穫されたものが大体今ごろになりますとみんな消費されてしまいまして、韓国でも昔は「ポリコゲ」(「春の端境期」の意)という言葉がありましたが、麦が出てくるまでの間が食糧事情の一番厳しい時期です。それから、秋の収穫を考えると、この時期の韓国からの肥料支援が絶対に必要なのです。
 しかし、一般教書演説以後の情勢を見ておりますと、予想外のものが幾つか出ております。これにも注意を払うべきでしょう。例えば、パレスチナ情勢が混沌としておりますから、イラクに対する対応も相当に停滞せざるを得ないだろうと思います。こういうような状態のもとでイラクに対する軍事的行動がとられるということになりますと、イスラム世界全体を敵に回すことになりかねませんし、その辺はなかなか難しい状況が出てきているのではないかという気がいたします。また、韓国においては与党民主党の大統領候補として盧武鉉氏が急速にクローズアップされております。予備選挙の過程で党内の対立候補であった李仁済候補を破って間もなく大統領候補に確定するという意味ですが、これも予想されていたものではありません。ちょうど、アメリカの予備選挙の過程でカーターとかクリントンとかというような候補者が急速にクローズアップされたのと同じような形で、釜山出身の五十代の、相当に急進的なと言ってもいいのでしょうが、進歩色の強い候補者がクローズアップされています。
 盧武鉉候補は北朝鮮政策について、「金大中大統領の太陽政策をそのまま継続する」と言っております。ですから、北朝鮮にとっては相当に望ましい候補であり、何とかこれを後押ししたいところでしょう。しかし、野党候補の李会昌氏も、予備選挙の過程で圧倒的優位に立っていますから、十二月の大統領選挙の行方は予想しにくいところであります。恐らく最後に、ほんの数パーセント差でどちらかが勝つという、双方にとって大変厳しい選挙になるのではないかと思います。いずれにせよ、韓国の大統領選挙の過程と、その結果が北朝鮮の対外政策に大きな影響を及ぼします。
 そういった不確定要素がありますので、実際、今年の夏以降、米朝関係がどうなるかに関してはなかなか予測しにくい。しかし、全体的な流れというのは今申し上げたようなものではないかと思います。
 
 
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