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◆北朝鮮の軍事優先領導体制
 ここで、北朝鮮の基本的な立場について、少し検討してみたいのですが、「軍事優先政治」ということが盛んに言われております。この間、北朝鮮に幾つかの危機がありました。例えば経済破綻が国内の政治混乱やクーデターというようなものを招来するのではないか、食糧が底を尽いているような状態で政権が安定的に維持されるはずがないという議論があり、一九九五、九六、九七年と、最も厳しかった時期には体制崩壊論が随分と流布しました。
 それから、それ以前の九三、九四年には、先ほど申し上げました核開発問題をめぐって北朝鮮にとっての対外的な危機が発生したわけです。九八年には金倉里の地下施設がクローズアップされました。こういったことで、冷戦の終結以後、十年以上の間、危機の連続でありました。ですから、今の北朝鮮の政権にとって最も重要なことは、どうやって体制を維持して生き残るかということです。体制の変革というようなことは、ほとんど考えていないと思っております。最大の目標が生き残りであり、その生き残りというのは、現体制の生き残りですから、どうやって今の体制を保持するかということに最大の眼目があるわけです。
 そして、実際に北朝鮮が出している答えが「先軍(軍事優先)領導体制」、すなわち軍事を優先したリーダーシップです。これは、この間の経験から彼ら自身が導き出したものです。九三、九四年の危機、あるいは九八年の地下核施設をめぐる危機もそうですが、それ以前から、彼らが参考にしてきたのがルーマニアの内戦とか、ソ連の崩壊とか、ソマリアの事態であり、今回のアフガニスタンの事態もそれに加えられるでしょう。それらを総括しながら出した結論が軍事優先領導体制なのです。
 もちろん、対外的な危機に備えるということが重要だから、そのために軍事優先なのだということでありますが、しかし、それ以上に彼らが重視しているのは、実は軍隊を中心とする対内的な団結、つまり、金正日国防委員長の領導体制を堅持する、軍優先の指導体制というものを堅持するということであります。なぜそうなのだろうかということですが、それはこの間の危機を総括した結果、出された結論でありまして、北朝鮮にとって最も危険なのは、国内に組織的な抵抗というものが生まれることであり、それさえなければアメリカとも韓国とも十分に対抗できるのだということです。実際に、それでやってきて成功したではないかということなのです。
 北朝鮮の文献を見ているとおもしろい表現が幾つもあります。例えば、アメリカはソマリアで数十人の兵隊が死んだだけで撤退してしまったとか、ミサイル開発問題の本質は、要するに北朝鮮のミサイルがアメリカ本土に到達するということなのだとか。先ほど申し上げた通常戦力の脅威という点で言えば、非武装地帯の北側に存在する数千門の長距離砲によってソウルを一瞬のうちにして火の海にすることができるとかであります。これが北朝鮮の自信であります。つまり、アメリカが幾ら軍事的に北朝鮮を脅迫しても犠牲の多い戦争はできないはずだ。あるいは、韓国政府がソウルを犠牲にして北と対決することを考えるはずがない。だから、自分たちさえしっかりと団結していれば危機を乗り越えることは可能なのだ、ということなのです。なまじ中途半端な政策をとると、かえって危険だという、こういう結論が北朝鮮の文献の中にははっきりと出ております。
 しかし、もちろん北朝鮮は危機を望んでいるわけではありません。ですから、当面は対米交渉、対日・対南宥和ということでありまして、レトリックは非常に厳しいわけですが、しかし依然として対話を放棄したわけではありません。何とか自分たちに有利な条件で米朝対話を復活させたい、と考えていると思います。他方、イラクの事態が新しい段階に入ってブッシュ政権が北朝鮮に軍事的な圧力を行使するということになれば、彼らの政策が再び瀬戸際政策に転じることも十分ありえます。また、盧候補が当選すれば、それを利用して、米韓間を分断することが可能になるかもしれません。
 
 
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