日本財団 図書館


◆拉致解決への追い風が吹いている
 しかし、安氏訪日と前後して北朝鮮を訪問した自民党訪朝団の中山正暉団長(拉致議連会長)は一九九八年四月一日に帰国記者会見を開き、(1)北朝鮮への食糧支援は、世界食糧計画(WFP)などの国際機関の要請に応じて拉致問題とは切り離して前向きに検討する、(2)よど号ハイジャック犯の帰国を実現させたのちに平壌に日本政府の連絡事務所を開設する、(3)「拉致」という言葉を使いつづけることによる北朝鮮の反発を考慮して「拉致議連」の名称変更を考える、という方針を示した。(『産経新聞』四月二日付朝刊)
 また、野中広務・自民党幹事長代理は九八年四月六日党本部で行なった講演会で次のように語った。
 「拉致疑惑があるから食糧は送るなとの意見が強いが(北朝鮮とは)従軍慰安婦や植民地、強制連行があった。近くて近い国にしたい。日本はコメが余っているのに隣人を助けることができないのは恥ずかしい。壁を破ってでも食糧援助をすべきだと思って環境整備している」(『産経新聞』四月七日付朝刊)
 よど号ハイジャック犯らは日本国の法を破った凶悪犯罪人であるだけでなく、じつは八〇年代に彼らがその妻らを使ってヨーロッパで約十人の日本人を北朝鮮に拉致しているという事実が明らかにされている(詳しくは石高健次『これでもシラを切るのか北朝鮮』カッパブックス)。なぜその犯人の帰国が自民党訪朝団の「おみやげ」であるかのごとく扱われるのかまったく理解できない。
 野中氏の語る慰安婦、植民地、強制連行については、ごく控えめにいってもさまざまな歴史評価があることはよく知られているとおりである。何よりもそれらの被害の状況はすでに五十年以上前に終了している。一方、拉致問題は現在ただいままで被害者は帰ってきておらず被害の状況は続いているのだ。日本国の主権と日本人の人権がいまもなお侵されつづけているという緊急かつ最も重大な外交課題なのだ。端的にいってわれわれ日本国民が政府に税金を払うのは、国家の安全と国民の生命財産を守ってもらうためである。それが二十年前からいまに到るまで侵されつづけていることが判明しているのに、与党自民党の幹部らは北朝鮮への食糧支援を優先させようと公言している。
 これは安氏と筆者の共通の結論なのだが、めぐみさんらを救い出す方法はただ一つ、北朝鮮が拉致した日本人を帰すしかないという状況を国際社会からの圧力でつくりだすことだ。彼らは革命のためにウソをつくなど何とも思わない集団であり、話し合いで物事が解決するなどということは幻想なのだ。
 いま、北朝鮮は日本からの食糧支援をたいへん強くほしがっている。九二年秋、日朝会談が中断したのは、日本側が「李恩恵」拉致問題を出したのに対して、そのような「でっち上げ」に言及するだけでも許せないと北側が席を立ったからだ。ところが、今回は日本側が予備交渉で拉致に触れても席を立たず、反対に会談再開を求めている。九八年の二月十一日には、北朝鮮外交部が早く会談を再開せよとの言明を出している。
 信頼の置ける複数の情報によれば、すでに餓死者の数は人口の一〇%にあたる二百万人を超えたという。ところが金正日政権は軍隊だけを維持して、餓死者をなくす対策は何も行なっていない。そして注目すべきは、九七年ごろより、軍の兵士らの家族のあいだでも餓死者が広がり、軍内に動揺が走っていることだ。まさに、断末魔の状態である。それだけに日本の食糧支援が必要なのだ。
 これは拉致解決にとってかつてない追い風なのだ。拉致を解決しなければ日本からの支援がもらえないと北朝鮮指導部が判断すれば、何らかのごまかし的対応をしてくる。日本人の限定的里帰りや寺越武志氏への破格の厚遇もその兆しと考えられる。野中氏らの売国的、反人権的言説を容認してはならない。
(『Voice』一九九八年六月号)
 
 
※ この記事は、著者と発行元の許諾を得て転載したものです。著者と発行元に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど、著者と発行元の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。







日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION