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◆日韓両国に欠ける当事者意識
 この米朝合意の最大の問題点は、特別査察を軽水炉支援の条件からはずし、軽水炉の中心部分が北朝鮮に搬入されるまえに特別査察を受け入れるとし、特別査察を先送りしたことである。
 これには、重大な意味が二つある。(1)軽水炉の重要部分が搬入されない限り、何年でも北は特別査察を受け入れる必要はなく、その間悠々と核ミサイルの開発ができる(2)米ガルーチ大使がいうように、合意内容がスムーズに履行され、五年後に、軽水炉の中心部分が搬入されるようになったとしても、北朝鮮は、特別査察など受け入れない。の二つである。
 なぜなら、北は、IAEAが特別査察を要求している二つの未申告施設は、「軍事施設で核施設ではない」と主張している。この主張は、金日成父子独裁体制が続く限り、現在も未来も変わることがない。この主張をかえて、特別査察を認めるようなことをすれば、核兵器を放棄することになるからである。
 国民に二度の食事すらも与えることができない。原料、燃料不足で民需関係の工場はほとんど操業停止に陥っている。そのうえ道路も鉄道も荒廃し、使用できる状況にない。兵器は、若干のミグ29を除き、戦車など数は多いが、米国製などに比較したら、これまた比較にもならない旧式なものばかりだ。こういう中で北が、最後の威信をかけて来たのが核開発である。その放棄は、対外的には白旗を掲げることであり、対内的には、政権の崩壊以外にない。
 どんな政権でも、自分が崩壊する政策を進んで選択するものはいない。北朝鮮も例外であろうはずがない。従って、特別査察を受け入れるなどありえないことである。米朝合意で、軽水炉支援の条件から特別査察を外したことは、明白な誤りであった。
 しかし、ひるがえってみるに、既述のように、米国や国連は、北朝鮮のNPTに対する違反行為に対し断固たる態度をとろうとしないどころか、譲歩につぐ譲歩を繰り返してきた。冷戦時代には考えられないこのような「弱者の恫喝」が国際社会で幅をきかすようになったのは、冷戦が終焉した現在、極東最果ての人口二千万の独裁国家が、若干の核兵器を手にしても、自分たちには関係ないと思う国が大多数だからである。
 いま一つは、共産主義が全世界から見放され破滅した今、その共産主義よりも更に観念的で硬直した「主体思想」などといっている政権は、ほって置けば遅かれ早かれ崩壊すると各国が考えているから、“適当に”対応しているだけのことなのである。
 北朝鮮の核ミサイルが届かない諸国が右にみたような態度をとるのは理解できる。しかし韓国と日本は、北朝鮮の核兵器に対応する核ミサイルという抑止力をまったく持ち合わせていない。自国の安全が北朝鮮の核ミサイルの脅威にさらされているのに、その交渉を米国にまかせ、しかも全権を委任するというのは信じ難い政策ではないだろうか。
 一九九四年二月、北朝鮮は、IAEAと査察に合意した。IAEA査察官が査察に入ったら、北朝鮮は、合意事項を無視し、三項目の査察を拒否した。これを見た米国は、北朝鮮に圧力を加える必要を感じ、日本政府に、日本からカネやモノが北朝鮮に流れているのを規制するよう要請してきた。
 しかし、日本政府は言を左右し、カネもモノも止めようとしなかったのだ。一方韓国政府のやったことは、国連安保理で、北朝鮮への制裁が論議され出すと、必ず外務大臣などを米国や国連に派遣し、制裁をしないよう要請して回っていたのだ。
 このような日韓両政府の態度は、東アジア以外の国の目には、自分の国を自分で守ろうとする意思を持ち合わせていない国家と映ったに違いない。こんな国家が国際社会でまともに相手にされるはずがない。
 国際法を勝手に踏みにじり、いいたい放題、やりたい放題のことをやっている北朝鮮への特別査察が先送りされ、数十億ドルの軽水炉援助と年間五〇万トンの原油を十年間援助するなどという馬鹿馬鹿しい米朝合意がなぜでき上がったのか。米朝交渉に対し、「米国はなにをしているのだ」という非難の声がわが国の一部にあるが、それは正しくない。
 このような合意ができたのは、クリントン政権、なかんずく米国務省の北朝鮮についての無知ももちろんあるが、それ以上に自分の国を自分で守ろうとしない、日韓両政府に責任があるのだ。もっとも脅威を受ける筈の日韓が、自衛の気がないのに、脅威などまったく心配する必要のない米国が、どうして自国の青年の血を流してまで、北朝鮮の核開発を阻止しなければならないのか。そんなことをする筈がない。
 北朝鮮は、韓国型軽水炉の受け入れを理由にならない理由をあげて拒否している。これは十分に予測されたことである。なぜなら、労働党幹部らがもっとも恐れているのは、韓国が、北朝鮮にくらべ、自由で豊かであり、北朝鮮がいかに貧しくみじめな環境にあるかを自国民が知ってしまうことである。
 韓国型軽水炉を北朝鮮に設置することになれば、韓国の技術・技能者などが、常時、数百名から千名常駐することになる。そして、北朝鮮の労働者と通訳なしで会話をし、ともに作業をすることになる。いわば、大規模な南北交流が開始されることになるのだ。そうなれば、韓国社会の実情が口コミで北朝鮮社会に伝播されていく。北朝鮮の権力者にとっては、ある意味では、経済制裁などよりは、こちらの方がはるかに恐ろしいことなのである。
 一時的には、韓国型軽水炉を受け入れるようなポーズを取り、米朝事務所の設置が実現すれば、なんらかの口実を設けて、韓国型軽水炉設置を拒否することは確実である。再び言うが、自分が権力を失うような政策を選択する権力者はいないのである。
 
 
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