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◆北が狙う韓国孤立化
 さて、そこで問題になるのは、北朝鮮がなぜこの時期に、突如、日朝交渉を提案してきたかである。米朝のパイプは常時つながっている。次に日朝のパイプをつなげば、韓国だけをカヤの外に置くことができる。韓国を政治的に孤立させることが北朝鮮の狙いである。
 北朝鮮が今回の与党三党の訪朝団から克ち取るべきものは、日朝交渉の再開である。この一点で目的は百%達成することができたのである。巷間、金丸・田辺訪朝団(一九九〇年九月)が労働党と発表した悪名高い三党共同宣言のなかの「戦後の謝罪と償い」を帳消しにするのが、渡辺訪朝団の目的であるかのようにいわれていたが、あれは、北朝鮮にとっては、外交という戦争で手にした重要な「戦利品」である。しかも、「現人神」であった金日成が勝ち取った「戦利品」を日朝交渉の再開程度のことで放棄することなどありえない。現に、金容淳は、四月五日の記者会見で、与党三党との合意書は、金丸・田辺訪朝団の「三党共同宣言」の延長だといっているではないか。
 自民党加藤政調会長は、前掲『現代コリア』のインタビューのなかで、北朝鮮の政権を「強い存在とみて対応するか」「経済建設に苦悩しながら頑張っている国とみるか」といったあと、「後者だ」と明言している。
 こんなにナイーブな認識でよいのだろうか。加藤氏は、北朝鮮が経済建設に苦悩し、頑張っているというが、それならなにが原因で経済が破綻したのだろう。一九六〇年以降今日まで、北朝鮮の軍事費は、GNPの二〇%を切ったことがない。最近、韓国に亡命してきた北朝鮮の軍人のなかには、軍事費がGNPの五〇%に達しているといっている人すらいる。
 北朝鮮が本格的に核兵器開発に踏み切ったのが一九八〇年頃からである。北朝鮮経済が破綻した最大の原因は、「南朝鮮を米帝の植民地から解放する」という間違った政策を遂行するため核兵器をはじめとする莫大な軍事費を使ってきたからである。次に、金正日が表に出てきた一九八〇年から、例の再生産に役立たない凱旋門や主体思想塔などの「記念碑的大建造物」に、これまた莫大なカネと資材、労働力を投入、経済を更に困難に陥れたことは衆知の事実である。更に、経済を破綻させたより根本的な原因は、金日成父子個人独裁からくる、テクノクラートの意見を一切無視した、政治優先の非合理的な政治体制にあるのだ。
 加藤氏は「私は北朝鮮問題は完全に素人ですので、従来の分析にはこだわりません」(前掲)といっているが、北朝鮮経済が破綻した理由の分析もないまま、「経済建設に苦悩して頑張っている国」だから応援するのだなどといわれては困る。加藤氏が主観的になんと考えようと、いま日本が、どんな名目にせよ北朝鮮を援助するということは、北朝鮮の現政治体制を補強し、核兵器やミサイル生産を支援することになることを是非とも知って欲しい。
 北朝鮮が、コメの援助を日本に求めてきていることは、報道されている通りである。自民党は、人道問題として何とか援助しようと裏で動いているようだが、彼らが日本にコメの支援を要請してきたのは次のような背景がある。一昨年は冷害で穀物に大きな被害がで、軍の備蓄米の一部を放出せざるをえなくなった。昨年の収穫時に、放出した備蓄米の補充をした。その結果、また食糧に不足が生じた。その穴埋めを日本に求めてきたのが真相である。軍の備蓄米とは戦争準備のためのものであって、それ以外に目的はない。
 戦争準備のためのコメをなぜ、いまわが国が提供しなければならないのか。北朝鮮の権力者が、自国民のため戦争用備蓄米を全部放出し、なお食糧不足で国民が餓死するという状況が起きたときにこそ考えるべきことではないのか。「従来の分析」にこだわらず、主観的には「人道」と思って援助しても、客観的には、戦争準備に手をかすということはありうるのだ。
 今回与党三党を招待したのは朝鮮労働党の金容淳中央委員・書記である。この人は別に、「アジア太平洋平和委員会」の責任者も兼任している。
 この「アジア太平洋平和委員会」なる団体の存在を筆者が知ったのは昨年六月である。どういう団体か正体は不明であったが、最近の取材で、ようやく朝鮮労働党中央委員会統一戦線部の別名であることを知った。統一戦線部の仕事は、北朝鮮内外の各階各層(思想信条を越えて)を要求別に組織し、韓国政府を国際的に孤立させ打倒することを任務としている部署である。金容淳書記が統一戦線部長に就任した可能性は彼の言動からみて高い。
 与党三党の招待窓口は、労働党国際部(部長玄峻極)ではなく、韓国政府孤立化を任務とする統一戦線部であったのだ。この一事をもってしても、労働党の意図がよくわかる。
 
 
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