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◆対外関係は改善できるか
Q34 北朝鮮の外交戦略は
 北朝鮮の外交戦略の最大の特徴は、西側諸国との外交交渉に闘争モデルを適用していることである。長い冷戦の期間、自らを社会主義陣営の「東方の哨所」として位置づけ、朝鮮戦争後も、アメリカ帝国主義や日本軍国主義と激しく対決してきたためだろう。したがって、外交交渉もゼロ・サム・ゲーム的に理解され、妥協よりも勝利が優先される。何よりも重要なのは、交渉のイニシアチブを確保し、相手側を常に受け身の立場に追いやることである。そのためには、奇襲、人質、恐喝、撹乱、懐柔など、あらゆる手段を駆使する。
 しかし、それ以外にも、第二に、北朝鮮自身が「偉大な首領」を有する国なので、重要な場面では、首脳外交によって局面の打開を試みる傾向がある。金丸・田辺両氏、カーター元大統領の平壌訪問、金泳三大統領の平壌訪問などがその好例である。これには、最高指導者の威信を高めるという国内的な必要性もあるのだろう。
 第三の特徴として、北朝鮮外交は「大物狙い」である。北朝鮮は日朝、米朝国交正常化など、大きな外交目標を設定し、中途半端な妥協をしない。貿易事務所よりは、大使館の設置を主張するのである。第四に、日米両国との交渉では常に「韓国の頭越し」を試みる。韓国との同盟・友好関係を攪乱することを重要な目標としているのだろう。
 しかし、第五に、朝鮮戦争休戦以後、北朝鮮はアメリカとの軍事衝突を慎重に回避してきた。
Q35 金正日は外交政策を決めているか
 外交政策の決定も、最終的には金正日が行なってきた。核拡散防止条約脱退から、その後の米朝交渉の戦略も、すべて金正日の許可のもとに行なわれてきたという。
 外交交渉の戦略決定は、対米交渉の場合は、姜錫柱・第一外務次官を中心に政策を決定すると、これを金正日に説明し、決定を仰いでいた。また金永南外相が、この方針を金日成に説明していたという。姜次官は、金正日の飲み仲間といわれ、外交政策決定の実力者。
 金正日はまた、統一が実現しても在韓米軍は直ちに撤退する必要はない、との方針を決め米国に伝えたこともあった。この方針は、「統一されても韓国が締結した条約は、すべて尊重する」との方針からすれば、当然のものだ。この「すべての条約」には、米韓相互援助条約も含まれることを決めたわけだ。
 また金正日は、日朝国交正常化交渉でも最終的な決断を下している、という。日本が、正常化交渉の条件に核問題と李恩恵問題を持ち出した際、金正日が会談の中止を決断したという。
Q36 なぜアメリカとつき合いたいのか
 アメリカとの正常化が実現しなけれぱ、北朝鮮は生き残れないと考えている。カーター米元大統領の訪朝は、アメリカとの関係正常化のために、金日成が残した最大の遺産である。
 北朝鮮は、半島国家としての優位と不利を十分に理解している。最も危険なのは、一つの大国に頼り切ることである。例えば、中国とは歴史的に特殊な関係を維持してきた。しかし、中国に頼ると中国の意向や政策を押しつけられる苦い経験をしてきた。
 北朝鮮は中国をうまく利用しながら、中国のいいなりにはならない政策を目標にしてきた。このためには、中国との関係が悪化した場合に、頼れる大国を必要とする。冷戦時代は、旧ソ連がこの役割を果たした。ポスト冷戦時代には、米国の影響力を導入し、中国を牽制しなければ生き残れないのだ。核開発は、米国と関係を結ぶための駆け引きの外交カードである。
 北朝鮮は、七五年以来アメリカとの直接交渉を呼びかけてきたが、アメリカはこれに応じなかった。中国の仲介もあって、九二年一月に一度だけ、ニューヨークで米朝高官会談を行なったが、継続できなかった。この会談で、アメリカは北朝鮮が核開発を放棄しない限り、米朝高官会談には応じないとの方針を伝えた。
 このアメリカのかたくなな態度を打ち破るために、北朝鮮は核拡散防止条約を脱退した。当時、アメリカの政権はブッシュ大統領からクリントン大統領に代わり、クリントン政権が発足したばかりだった。この政権交替の間隙を縫った北朝鮮の政策は成功し、アメリカは北朝鮮との高官会談を行なうことにした。
Q37 米朝核交渉はどうなるか
 結論的には、北朝鮮は特別査察を受け入れ、米国との正常化に踏み切る方針をすでに決めている。問題は、北朝鮮が核開発放棄の代わりに、米国から正常化の合意を引き出したいとしている点だ。一方、米国は核開発の放棄だけでは正常化できない、との方針だ。
 米国は、正常化のためには核開発の放棄に加え、ミサイルやその技術の海外輸出を禁止している、国際ミサイル技術輪出規制(MTCR)への加入と、人権問題の改善を条件にしている。
 米朝高官会談は、まず米国が、成果がなければ一日しかしないとの方針を九三年四月には立てたが、北朝鮮からの要求に譲歩し、数回行なうと方針変更した。
 第一ラウンドの会談は、九三年六月にニューヨークの米国連代表部で行なわれた。三回に及ぶ会談で、米国は北朝鮮の体制を尊重し核攻撃しない、などを確約した。これに対し、北朝鮮は核拡散防止条約脱退を留保する、と明らかにした。第一ラウンドは、NPT脱退をめぐる攻防に交渉を持ち込み、北朝鮮は攻撃されない約束を取りつけた。
 第二ラウンドは、九三年七月にジュネーブで行なわれた。北朝鮮は、軽水炉協力の約束を取りつけ、通常査察と南北高官会談実施を譲歩した。しかし、その後南北階段と通常査察はうまくいかず、実務会談を再開した。最終的には、北朝鮮が求めた同時一括解決の原則に合意し、第三ラウンドにこぎつけた。
Q38 米国と北朝鮮の外交カード何か
 米国の外交カードは次のような内容だ。
(1)駐韓米軍基地査察受け入れ
(2)北朝鮮へのドル送金停止の解除
(3)クレジット・カード使用許可
(4)米朝一般直通電話開設
(5)軽水炉支援に関する具体的協議
(6)ワシントン、平壌連絡事務所設置
(7)世銀などの融資解禁
(8)貿易制限解除
(9)外交正常化
 北朝鮮の外交カードは次のようになる。
(1)五メガワット実験炉の使用済み燃料棒の再処理中止
(2)同使用済み燃料の査察受け入れ
(3)五メガワット実験炉燃料棒再注入中止
(4)核拡散防止条約復帰
(5)特別査察受け入れ
(6)軽水炉転換
(7)使用済み核燃料再処理施設解体
(8)大型原子炉建設中止
(9)ミサイル輸出中止
(10)人権問題改善
 米朝両国は、こうしたカードをパッケージで、一括解決する方向を模索している。
Q39 北朝鮮は中国を信用しているか
 基本的には信用していない。北朝鮮は、中ソ対立時代に、中国と旧ソ連の間を行ったり来たりの外交を繰り返した。文化大革命の際には、北京に金日成批判が張り出されたりしたことがあった。また、中国の開放政策にはついていけなかった。
 中国は決して最後まで北朝鮮を守ってはくれない、自分の利益のためにしか動かない、というのが北朝鮮の理解である。最近では、九二年八月に中国は、韓国との外交正常化に踏み切った。これが、北朝鮮に中国は最後には頼りにならない、との感情を強く残した。
 その後、中朝関係は悪化し、中国と北朝鮮の高官交流が九三年末まで中断した。この期間に北京経由で、外交訪問に出かけた金永南外相は、北京空港に給油のため立ち寄った朝鮮民航から一歩も外にでなかったほどだった。普通は、中国外務省の高官が北京空港のVIPルームで接待するのが、慣例になっていた。
 九三年十二月の最高人民会議で、外交委員長に選出された黄長Y氏がその直後に中国を訪問し、中朝関係がようやく回復した。
Q40 北朝鮮はロシアが好きか
 いまやロシアは、北朝鮮にとって最も嫌いな国のひとつである。これまでの関係からロシア報道機関の駐在を認めているが、情報の入手はきわめて困難である。金日成の死去も、ロシアには事前に連絡されず、普通の関係になっている。
 特にエリツィン大統領からの花輪と弔電を受けながら、当初は公表しなかった。花輪は、中国の指導者のものを一番前に並べながら、ロシアの指導者のものはいっさい見えないようにしていた。また弔電も当初は受け取りを発表せず、ロシア大使館からの抗議を受け、ようやく発表したという。
 ロシアは、北朝鮮に対しきわめて冷たい対応をとっている。石油も、支払いが滞るような場合には、供給を中断するなど、ビジネスライクなつき合いに徹している。また、貿易代金の未払いにもかなり厳しい姿勢を貫いている。
 決定的だったのは、旧ソ連での九一年八月のクーデター未遂事件で、北朝鮮はクーデター派を支持したことだった。この結果、その後のエリツィン大統領との関係が最悪になった。
Q41 北朝鮮の外交スタイルは
 北朝鮮の典型的な外交・交渉スタイルは次の五つだ。いずれも、北朝鮮が半島という特殊な地勢上の立場から生み出した、歴史的な外交スタイルである。これを理解していれば、その時の北朝鮮の外交のやり方は手に取るようにわかる。
(1)大国分断外交
(2)大国の影響力導入と相互牽制
(3)ショック外交
(4)崖っぷち外交
(5)みなしの論理
 分断外交は、大国を対立させて自分を有利にしようとする外交。中ソ対立の中で、身につけた。大国が一致した朝鮮半島政策をとらないようにさせる。日本に対しても、米国と韓国との連携を強化させないために、よく使われる。
 日朝交渉を促進させようと計画した北朝鮮は、「米朝秘密交渉を行なっており、まもなく正常化する」などと日本の政治家にもしかけた。国勢情勢のわからない政治家は、驚いて外務省高官を呼び、「米朝が秘密交渉しているではないか。日朝も早くしろ」とせきたてた。
 外務省の高官も自信がないから、「どうも、何かやっているようだ」と心配になり、日朝交渉を推進しようとした。驚いた米国は、「核問題も片づいていないのに、どういうつもりだ」と、日本に問いただした。日本側は、「核問題は、米朝の問題だ」との理屈を展開しようとしたがだめだった。一時的にせよ日米間の対立を生み、北朝鮮の作戦は成功した。
 北朝鮮の外交の柱のひとつは、自主独立路線である。このため、中国と旧ソ連のいいなりにならない外交に力を注いだ。北朝鮮内で、旧ソ連と中国の両方の影響力を競わせ、どちらも決定的な影響力を行使できないようにする。
 しかし、これは中ソが対立している時はいいが、中ソの関係が改善すると、共同した対応を取られやすくなる。このため、中ソを牽制する必要がある。こうして、北朝鮮は非同盟に加入し、非同盟の力を借りようとした。しかし、いまや非同盟にも力はない。
 核拡散防止条約脱退や、国際原子力機関脱退のように、相手が予想もしない過激な行動を取り、相手が驚いている間に体勢を立て直す。NPT脱退直前までは、国連安保理などでの制裁決議が最大の問題になっていた。ところが、NPT脱退に驚いた米国は、制裁論議を棚上げし米朝高官会談に初めて応じてしまった。
 きわめて典型的な、ショック外交の成功である。
 崖っぷち外交とは大国や交渉相手を、決裂や制裁寸前といった状態まで持ち込み、このままではともに崖から落ちてしまう立場まで追い込み、譲歩を引き出す外交。米朝高官会談で、北朝鮮は常にこの手を使ってきた。
 しかし、相手が譲歩しない場合には、崖から落ちないようにしなければならない。そのために使われるのが、みなしの論理である。
 みなしの論理は、相手が譲歩していないにもかかわらず、自分が一方的に「相手が譲歩した」「北朝鮮の提案を受け入れた」と宣言し、自ら譲歩するやりかたである。この手法ほ、南北対話再開によく使われた。
 米国などとの交渉では、崖から落ちるのを避けるためのガードレールとして使われる。米国がわれわれの提案を受け入れた、と一方的にみなして会談再開や、妥結を模索する。
 
 
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