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◆第二次朝鮮戦争の危険度
Q20 戦争と制裁はあるか
 戦争の可能性を探る最大の要素は、石油である。石油がなければ、戦争はできない。日本での論議では、いつもこの問題が忘れられがちだ。北朝鮮の石油は全量輸入に頼っている。ほとんどが、中国からだ。昨年は、中国から約九〇万トンの供給を受けた。ロシアからの供給は、二〇万トン程度しかない、といわれる。また、イランなどからおよそ三〇万トン程度とみられる。
 こうしたことから、北朝鮮の石油輸入能力は最高でも一五〇万トン程度しかない。外貨不足のため、多量の石油を輸入できないのだ。中国が供給しているのは、大慶原油で、軍事用のジーゼル油やジェット燃料を、多く取り出せない。
 また、中国はこうした油を軍事備蓄に回してはならない、との条件を付けている。さらに、もし北朝鮮の側から戦争に踏み切った場合には、絶対に支援しない方針を明言している。
 それでは、韓国の原油輸入量はどのくらいなのか。約七〇〇〇万トンである。また、日本は二億トン。こうした原油から、北朝鮮が精製可能な軍事用の石油は、最大限三〇万トン。韓国は、二〇〇〇万トン。ところで、日本の自衛隊が年間に使用する石油の量は、約一一〇万トン。戦争をしない自衛隊より、北朝鮮の軍事用の石油は、きわめて少ない。戦争の継続は、まず不可能な数字である。
 このため、もし経済制裁が発動された場合には、石油や食糧、軍需物資などの入手がきわめて困難になる。北朝鮮は戦争に踏み切れないばかりか、制裁も受けられない状況にある。
 制裁や戦争になった場合、世界各国が北朝鮮と敵対することになる。これは、政権の正統性と大義名分を最大の価値観とする北朝鮮とその指導者の体面を、大きく傷つけることになる。物理的にも、その価値観からも、戦争と制裁は北朝鮮の崩壊につながる。北朝鮮にとって、この二つの選択はないとみるべきだろう。
Q21 なぜ核兵器開発に着手したのか
 三つの理由から、北朝鮮の指導部は自らの体制の「生き残り」に不安を覚え、核開発に走った。第一に、ベルリンの壁の崩壊、東ドイツやルーマニアを含む東欧革命、ソ連の韓国承認、ソ連邦解体、南北朝鮮の国連同時加盟、中国の韓国承認などにみられるように、一九八九年後半から北朝鮮の国際的な孤立化が急速に展開した。第二に、ロシアをはじめとする旧社会主義諸国や中国、ベトナムが市場経済を導入したために、一九九〇年代に入って、北朝鮮経済の対外的基盤が失われ、経済的不振がさらに深刻化した。第三に、経済、技術分野をはじめとして、一九八〇年代を通じて南北朝鮮間に大きな格差が生じ、それが北朝鮮の最後の拠り所である軍事分野での優位を脅かした。
 もちろん、北朝鮮の核保有には、北朝鮮の将来の軍事的安全に大きな不安が生まれたことに根本的な原因が存在する。北朝鮮は核兵器開発によって、最小限の国防負担で最大限の安全を確保しようと考え始めたのである。一九九〇年代に「生き残り」問題が深刻化するにつれて、核保有の意義はますます高まった。
Q22 核兵器開発は外交カードか
 北朝鮮の指導部が核兵器開発の本格的な推進を決意したとき、将来、これを外交カードとして利用しようなどと考えたはずはない。その外交的な価値に着目したのは、おそらく日朝国交交渉が開始されてからのことだろう。
 とりわけ衝撃的だったのが、一九九二年八月の中韓国交樹立である。これを契機に、北朝鮮は日朝交渉も南北首相会談も中止し、米朝国交正常化に向けて動き出したのである。米朝関係が正常化されれば、日本も韓国もそれに追従し、日朝関係も南北関係も北朝鮮に有利な形で改善されると考えたのだろう。
Q23 なぜIAEAを脱退したのか
 IAEAの脱退は、セリーグ審判団の巨人びいきに怒ったヤクルト野村監督が、ある日突然「セリーグ審判団から脱退する」と、発表したようなもの。「しかし、セリーグには留まるので、試合は続行するし、セリーグ派遣の審判の判定に従う」と、表明した。
 相手を驚かすために取られた、双方にとってまったく実害のない措置である。IAEAを脱退しても、核拡散防止条約(NPT)からの脱退をなお保留し、IAEAの捜査官を受け入れる立場を明らかにしている。
 北朝鮮は、IAEAのブリックス事務局長に、強い不信感を抱いている。北朝鮮を訪問したさい、「北朝鮮との事前協議なしに、特別査察は求めない」と約束したにもかかわらず、その直後に北朝鮮との協議なしに特別査察を要求してきた、と批判している。
 このブリックス事務局長への不信から、「IAEAは公正でない」と主張しており、IAEAの謝罪を要求してきた。こうした経過から、IAEAが技術協力停止などの北朝鮮制裁措置を採択したのに対し、IAEA脱退を宣言した。きわめて頭のいい駆引きと選択といえる。
Q24 経済制裁は効き目があるのか
 経済制裁の効果は、すべて中国の協力にかかっている。中国が制裁に参加しなければ、決定的な効果は期待できない。ただ、中国が参加しなくても、相当の効果があるのは否定できない。
 しかし、アメリカは国連安保理での決議なしには、まず制裁に踏み切らないだろう。クリントン大統領は、日米韓三国だけでの制裁は、決断できない。失敗した時の責任と批判を、甘んじて受ける覚悟はない。
 一部には、北朝鮮は現在も制裁と同じ状態にあるから、制裁の効果はないとの主張がある。しかし、これは誤った判断であろう。軍需物資や食糧の自給が不可能な状況にあり、制裁はきわめて効果がある。北朝鮮はそれを知っているだけに制裁は受けられない。
Q25 南北首脳会談は実現するか
 韓国と北朝鮮は、金日成が死去する直前まで南北首脳会談の議題や共同声明などの詳細を詰める秘密会談を、中国で行なっていた。秘密会談は、七月三日から九日までの予定で、中国の瀋陽で行なわれた。会談がほぼ合意に達した段階で、金日成が死去したため、会談は八日に中断された。
 しかし、この秘密会談の成功で南北朝鮮は、いつでも首脳会談ができる状況にある。北朝鮮側が会談を再び呼びかければ、韓国としては応じざるをえないだろう。
 北朝鮮は、韓国側の意向を探るためにも、かなり早い時期に首脳会談実施を再提案するだろう。もし韓国が、平壌を最初に訪問するとの合意をいやがれば、交渉決裂の責任を韓国に押し付けることができる。また、金泳三大統領が約束通り平壌を訪問すれば、金日成の廟にまず詣でさせ、金日成の遺体に頭を下げさせれば、北朝鮮の体面は保たれる。
 早けれぱ、年内にも首脳会談は実現しよう。
 
 
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