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毎日新聞朝刊 1999年10月17日
社説 ペリー報告書 初めての戦略的な対応策
 
 朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の行方については「早期に崩壊する」「戦争を起こす」といった分析や解説をする日米の専門家が少なくなかった。米国では「崩壊するか、しないかではなく、いつ、どのように崩壊するかだ」との声まで聞かれた。
 ところが金日成(キムイルソン)主席死亡から5年が過ぎて、崩壊も戦争も起こらなかった。
 最近のワシントンでは北朝鮮は当面崩壊しないことを前提に付き合うべきだ、との主張が広がっている。なぜ判断を間違えたかについても論議が起きている。
 米政府の北朝鮮政策の見直しを行ってきたウィリアム・ペリー政策調整官(前国防長官)は12日と13日、米議会の公聴会で証言し、北朝鮮政策の見直しについての報告書を提出した。報告書では、次のような点が注目される。
 ▼北朝鮮に当面崩壊の兆しはない。崩壊させようとする政策は取るべきではない。
 ▼朝鮮半島での戦争抑止は効果をあげている。戦争が起きた場合の犠牲などを考えれば、現在の状況で北朝鮮が戦争を選ぶとは思えない。
 ▼米国の北朝鮮政策の目的は、核兵器と長距離ミサイルの開発、配備などの阻止である。
 ▼このためには、日本、韓国との協力が不可欠である。
 ▼日本にとっては、拉致(らち)日本人の救出とミサイル問題が大きな関心事である。米国も拉致問題解決を強く求めるべきだ。
 ペリー報告書は、北朝鮮が核とミサイル開発を中止する方向に向かうなら、外交関係正常化を準備すべきであるとの政策を提示し、米朝国交正常化にも明確に言及した。
 しかし、この報告書をめぐるワシントンの政治状況は複雑だ。米議会の共和党議員などが、弱腰外交であり融和政策である、と批判しているからだ。共和党は、来年の大統領選挙のために、クリントン大統領の北朝鮮外交を批判する報告書を期待していた。
 民主党系のペリー調整官としては、クリントン外交を失敗というわけにはいかない。これまでの外交の成果を評価したうえで、新たな政策を提示しようとした努力が報告書からは読み取れる。
 報告書は、米議会への戦略的外交の提案であると同時に、北朝鮮へのメッセージでもある。報告書は、北朝鮮を崩壊させる政策を取らず、現在の指導部を相手にする方針を明確にしている。
 さらに、ペリー調整官は軍事的な対応を排除し、あくまでも外交による解決を強調している。これは、北朝鮮の核やミサイル施設への米軍によるピンポイント爆撃を否定する立場である。
 ペリー調整官の報告書は、米国としては初めての戦略的な北朝鮮政策の提示として評価できる。これまでの米国の北朝鮮政策と交渉は、戦略的な対応を欠いていたからだ。目前の問題の処理に追われ、米朝正常化などへの道筋を示すことができなかった。また、日本人拉致問題への関心もかなり低かった。
 ペリー報告書が日本の関心事項に言及し、米国の強い支持と協力を明確にしたことも評価できる。北朝鮮の核とミサイル問題の解決、さらに拉致問題解決のためにも報告書が生かされ、日米韓3国の協力が推進されることを期待したい。
 
 
 
 
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