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「一期一会」の中で……
 西山 淳
 「一期一会」という言葉があります。これは「一生に一度の出い」という意味です。私は今回、自らの体を医学教育のために役立てて欲しいという熱い御意志により献体された御遺体から実に多くのことを学び、たくさんの経験をしました。このまさに「一期一会」という短い時間のもつ価値は、いうまでもなく大変貴重なものであり、また素晴らしいものでした。
 私は、名前も身元もわからないご遺体を目の前にして、はじめのうちはただ戸惑うばかりでした。しかし、その戸惑いも解剖実習を重ねていくうちに、いつしか無限の興味へと変わり、たいへん充実した実習ができたと思っています。そこで体得したものは、医学的知識ばかりではなく、私達医学生に、「将来、良医になってもらいたい。そのために、ぜひ私の体を役立てていただきたい」という熱い御意志でした。だから私は精一杯、御遺体から学び取れることは吸収し、その御意志を決して無駄にしないように実習を終えることで、ご遺体に対する感謝の気持ちを伝えたいと思って一生懸命学びました。
 そして今日、全ての実習が終了し、納棺する時になって、感無量の気持ちになりました。なぜなら、生前に闘病生活を送られている時に、お孫さんからもらったと思われる手作りの貼り絵や手紙、ご遺族の写真などが御棺の上に置かれていたからです。そのほかにも折鶴や衣服もありました。そこには、確かにこの方の生活があり、この方が生きていたという証を肌で感じたのです。そして、そのような背景を背負った一人の女性に出い、私達は多くのことを学びました。これは今後、私達が医師として幾度となく様々な患者さんに出う「一期一会」と同じではないでしょうか。私にも今まで生きてきたという歴史があるように、患者さんにもそれぞれが背負ってきた歴史があります。一人の患者さんに接し、医療を行う上で一番大切なことは、患者さんを「診る」のではなく、「診させていただく」ということです。その中で、患者さんの人生の背景にこめられたものを感じ取り、そこから何かを学ぶ過程で、私達はまず相手の立場に共感し、理解しようとする。そして何よりも感謝する気持ちがいかに大切かということを学びました。それと同時に、献体という形で私達を支えてくださる方々がいるということも、決して忘れてはならないのではないでしょうか。
 解剖実習を終えて、私にはかけがえのない大切な財産ができました。それも、私の将来を切り開いてくださるご遺体との、まさしく「一期一会」があったからこそ得られたものでした。だから私は医者になってからも、幾度となくある「一期一会」を大切にして、献体という形で私を支えてくださる方々がいるということをしっかり心に刻んで、医学の道を邁進していきたいと思います。








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