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おわりに
 以上、米国における内航バージ輸送の実態と、バージに対する安全環境基準についてとりまとめてみたが、主要な論点を改めて整理しておく。
 
なぜ、米国ではバージ輸送が盛んなのか
 報告書にも記載したが、米国でバージ輸送が非常に大きな部分を占め、また好んでバージが使われる理由として、簡単にまとめてみると以下のようになる。
 
[1]自然条件等
 米国には、バージ利用に適した広大な内水面がある。また、鉄道や道路が発達する以前に開発された運河が有効に利用でき、内陸航路周辺各地に産業や貨物の集積点がある。
[2]安全環境規制
 バージに対する安全環境規制は、自航船に比べ、総じて緩い。特に、米国人船員は高コストであるが、バージの配乗基準は自航船に比べて緩く、人件費コストが顕著に削減できる。
[3]米国造船業界の事情(ジョーンズ・アクト)
 米国では自航の内航商船を建造しようとすれば、建造可能な造船所が限定されてしまうため、発注時期等の面で制約が大きい上、建造コストが非常に高くなる。タグとバージに分割すれば、選択可能な造船所が広がり発注の自由度が増す上に、造船所間の競争により建造コストの低減も期待できる。
 
 このうち、「[1]自然条件等」については誰もが納得できるものであろう。ただし、内陸航路の維持については問題がない訳ではなく、コストのかかる運河施設、特に水門の改修等が問題となっている。道路輸送では、自家用車も含め全ての自動車所有者は燃料税を納めており、これが道路の建設や維持に使われている。一方、バージ運航者も燃料1ガロン(約3.8リットル)につき20セントの燃料税を納めており、これを内陸航路の改修費にあてることとなっているが、バージ運航者側は航路の改修は遅々として進んでいない、と憤っている。これは自動車燃料税と道路整備の関係を主張の背景にしていると思われるが、利用者のすそ野の広い自動車燃料税は財源として莫大であり、バージ運航者に対する燃料税と一概に比較できるものではない。
 [2]の「安全環境規制」についても、予想の通りであると思われる。米国で一般的な「一体型タグ・バージ」(ITB、中でもATB)を例に取ると、運航中は常時タグとバージが一体であることが前提のタグ・バージ(PMITB)の場合「一体とした場合に同等の大きさの自航船に対する規制と同様の規制」が前提であるが、それでも配乗標準は14名であり一般的な自航船に比べれば少ない。ITBであってもタグとバージの切り離しが可能なタグ・バージ(DMITB)の場合はさらに緩やかであり、PMITBと比べても一段と緩和された配乗標準になっている。ただし、これは米国内での比較であり、同等程度の大きさの我が国内航船と比べた場合、我が国内航船の配乗基準(あるいは配乗実態)は米国のDMITB程度であろうと推測される。この意味から言えば、我が国でバージ輸送を選択するメリットの一つは薄いことになる。
 [3]の「米国造船業界の事情」はまさしく米国特有の事情である。ジョーンズ・アクト体制により内航商船建造市場が完全に保護されているにもかかわらず、米国造船業界の商船建造能力は質的に貧弱であり、結果として内航船やバージの船主がしわ寄せを受けていることは明らかである。一方、タグやバージの建造事業者として見た場合、米国にも相当数の建造実績を有する中小造船事業者がある程度存在する。
 
米国の内航バージ輸送の今後
 報告書本文での結論では、米国内航バージ輸送は伸び率こそ低いものの持続的な成長が期待できる、とした。これは、長期的な傾向としては間違いないものと思われるが、短期的には問題もある。
 まずOPA90の問題である。調査の結果、米国の内航タンクバージは、想像以上にダブルハル化が進んでいることが判ったが、2005年から適用が開始されるOPA90の現存シングルハル船・タンクバージに対するフェーズアウト規制により、相当量の船腹量が失われるのは確実である。一方で、現在の内航タンカーやタンクバージの代替建造ペースはこれを補えるものとはなっておらず、USCGの調査でも2005年以降に船腹がショートする可能性が指摘されている。
 それにもかかわらず、代替建造が進まない理由として、米国の内航海運関係者は米国における内航船やバージの建造費用が著しく高いことを挙げている。この関係者によれば「米国内航船主は石油輸送の分野でパイプラインと競争しなければならないが、償却済みか償却がほとんど完了したタンカーやタンクバージでなければ競争力はないのが現状であり、現在の船価水準では内航タンカーやタンクバージの船主は代替建造に踏み切れないのが実態」と指摘している。船腹量がタイトになれば、一時的に運賃や用船料が高騰すると思われるが、一方で高コストで建造した米国建造タンカーやタンクバージの償却という課題が残る。また、顧客が他の輸送手段(パイプラインや鉄道輸送)にシフトし内航海運に回帰しない、というおそれもある。
 OPA90関連では、内航バージ運航会社が連邦政府を相手取り「OPA90は強制的にシングルハル・タンクバージをフェーズアウトさせるもので、私有財産の保護を規定した米国憲法に違反する」とした訴訟を起こしていたが、2002年1月、連邦地裁は会社の訴えをあっさりと棄却した。また、安全環境規制強化の面では、OPA90以外にも、ダウンストリーム時の事故防止、エンジンからの排気ガス規制や汚水の排出規制といった課題もある(下記も参照)。
 燃料税と公的サービスも今後の課題の一つである。米国の内陸水路には改修が必要な箇所が多数あるにもかかわらず、改修は遅れており内航輸送の隘路となっている、という。前述の通り、バージ運航者は内陸水路改修の財源として燃料税を納めているが、燃料税については再々引き上げが提案されており、燃料税が引き上げられればバージ運航者の負担も増大する。また、近年米国では、航行支援といった公的サービスについて、税制によるのではなく利用者からサービス利用料を徴収するべきだ、と認識されている。河川航路の航行支援、航路管制等の公的サービスについて、利用料が徴収されるようになればバージ運航者にとっては新たな負担となる。
 
バージの労働安全に関する連邦最高裁判決
 この報告書もほぼ完成する段階となった2002年1月、連邦最高裁で一つの判決が出された。注目すべき判決であるので、報告書を締めくくるに際して簡単に紹介することとしたい。
 Mallard Bay Drilling社は、1997年にルイジアナ州でバージの爆発事故を起こし4名を死亡させた。労働省の労働安全衛生局(Occupational Safety and Health Administration: OSHA)は、この死亡事故に関連してMallard社に罰金を課したが、同社は州領海内における非検査バージについてはUSCGが排他的規制権限を有しており、OSHAによる罰金の賦課は違法であるとして、連邦政府(労働長官)を訴えていた。第5巡回控訴裁判所(連邦高裁)は、Mallard社の主張を認めたが、連邦最高裁はこれを8対0で覆し、OSHAに規制権限があるとした(連邦最高裁の判事は9名)。連邦最高裁の裁判官の一人は「USCGの規則は、救命、消防、通信等を規制しているが、事故を起こしたバージは非検査船である。USCGが規制を実施している水面であるからといって、非検査船にOSHAの労働安全規則を適用しない理由にはならない。」と指摘した。
 この連邦最高裁判決の持つ意味は重大であり、今後バージに対し、OSHAの安全労働規則が課せられることとなる。概してOSHAの規則は陸上の施設や作業環境に対し作成されているものであり、USCGの安全基準とは異なった意味で厳しい面やバージ等にとって不合理な面がある、といわれている。USCGも海上安全については厳格な規制を有しているが、今回問題にされたバージは「非検査船」であり、規制の大半が適用されていなかった。このため判決では、非検査船(300総トン以下のタグ、大多数のバージ、漁船等)についてのみOSHAの権限が及ぶ、としている。
 バージについては、大多数が非検査船であることや、低水準ながらも死亡事故が絶えず、特にダウンストリーム時の事故等バージ特有の問題もあることから、今後OSHAの規則が課せられるとバージ業界は新たな、しかも大きな負担を強いられることになる可能性がある。
 
 以上、米国の内航バージについて実態、技術、安全環境基準等に関する調査結果をとりまとめた。米国では、2001年9月に発生した同時多発テロ以降、経済の減速傾向が一段と顕著となり、これに伴い米国の内航海運も苦しい経営環境にあるという。一方で、OPA90に代表される新たな安全環境規制の動きもあり、規制適合のためには多額の投資が必要となっている。1990年代、内航バージ業界もM&Aによる業界再編が進んだが、厳しい経営環境やOPA90の影響等を考えると、もう一段の業界再編の可能性もある。
 米国の内航バージ業界は、米国海事産業の中にあって、珍しく活況のあるセクターであると言えるが、現在、変革期に入っており、今後とも注意していく必要があると思われる。
 








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