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5. まとめ
 以上内陸水運に携わるバージ・曳船の安全環境問題について述べてきたが、最後にバージ・曳船も含め違った角度からバージ・曳船の安全環境問題をみてみよう。オフショアや沿岸バージが内陸のそれとは異なることは容易に理解できるが、五大湖やアラスカ沿岸内水路のように、内陸とも沿岸ともとれる水路も多く存在する。
 西岸でバージ・曳船産業の中心となっているのはシアトルであるが、その主航路はシアトルと南東アラスカを結ぶ800マイル(1,290km)の沿岸内水路で、この距離はローワー・ミシシッピ川の距離に匹敵する。しかし冬期海象は厳しく、カナダ海域を通過することもあって、使用されるバージ・曳船はオフショア・クラスの船である。このことは五大湖で使用されるバージ・曳船についても当てはまる。
 USCGの規則では、46CFRの各項目で使用海面ごとに別々の基準を与えているし、ABS規則でも2-4節で述べた河川・沿岸内水路鋼船規則とは別に、バージ規則や小型鋼船規則でより高度の安全性を確保している。
 米国のオフショア曳航が急速に拡大され近代化されたのは、1940年、陸軍輸送司令部がハワイ、アリューシャン、ヨーロッパに軍需物資を輸送するために1,500PSの「Miki」クラス曳船61隻を発注した時点からである。「Miki」クラスは当時としては珍しいディーゼル推進であったが、このような小出力の曳船でアリューシャンやヨーロッパまで軍需物資を輸送したことは驚きである。
 戦後「Miki」クラスは民間会社に売却されたが、現在オフショア曳船業者として西岸で活躍しているCrowley社やFoss社は、「Miki」クラスを破格の安値で払い下げてもらって発足した会社である。Foss社は「Miki」クラスを8隻買収して、西岸及びアラスカ水路でのオフショア曳航を開始した。Crowley社も8隻買収したが、サンフランシスコ湾におけるハーバータグとして使用した。いずれにせよ1950年代までは戦時中のオフショア曳船が安く市場に出回っていた時代であり、新造はほとんど行われていない。
 1960年代はタンカーを中心に商船の巨大化が進んだ時代で、ハーバータグもそれら巨大船に対応するために大型化、高出力化が要求された時代である。いつのまにか曳船の2軸推進が普通になり、出力もどんどん大きくなった。1970年Crowley社は7,200PSの2軸船を建造している。
 米海軍はトラクタータグとして、以前からフォイトシュナイダーを使ったタグを使用していたが、1966年そのうちの2隻を民間に払い下げている。1980年代に入るとトラクタータグはZ-プロペラが一般的となり、出力も2,500〜4,000PSとなったが、タグボートの大型化、高馬力化にさらに拍車をかけたのは、1989年のアラスカにおけるエクソン・バルディーズ号の油流出事故以降のエスコートタグの大型、高出力要求である。
 Crowley社が1999年にダコタ・クリーク造船所で完成させた3隻のトラクタータグはいずれも10,000PSの高出力船である。前述したように、バージ・曳船のオペレーターは、なるべく多くの顧客を獲得するために多目的曳船を発注する傾向にあり、安全環境の面からみて、社内の船団はますますレベルの異なった船の集合となっている。オペレーターの多くはバージ・曳船以外にもクルーボートや補助船を多く持っているので、それらの船も含め安全環境基準の社内方針樹立が重要となる。特に曳船の設計を見てみると、会社の方針で安全環境のレベル差が大きい。繰り返し述べるように、この業界は基準に先行して自分達のやり方で安全と環境を守ってきたという自負心があり、この業界の安全環境問題の理解には、具体的に個々の設計を検証することが重要である。
 オフショアサービス船の大手であるタイドウォーター社は、オフショアタグ37隻による国内沿岸輸送も行なっている。タイドウォーター社の船団の活躍区域は広く、特に環境の分野では公的な基準よりも、社内方針を明確にして遵守させなければならないというのが実状である。
 例えば、ビルジ油水の排出で15ppmの国際基準を守らなければいけない船から、それより規制の緩いレベルの船が混在している。このような状況に鑑み、タイドウォーター社は社内環境基準を作成し、全船を差別せずに、より環境に優しい船団作りを目指している。ビルジ油水の例では、将来15ppm以上に厳しい国際基準の適用を見込んで、Coffin Water Separators社製の高性能油水分離機を発注し、社内の全船に装備することに決定した。
 インディアナ州の砕石輸送バージ・オペレーターMulzer Crushed Stone社が2000年に完成した3,600PSの曳船「Arnold W. Mulzer」は安全と環境に充分配慮が施された曳船である。この会社は家族経営の会社であるが、125隻のバージと10隻の曳船を運航している。主機は電子燃料注入のクリーンなキャタピラー3500Bディーゼル・エンジンである。主機、操舵システム、その他の重要システムは、安全上の配慮から、移動式電話とモデムを介して陸上から常時モニターされている。異常があれば主機械室及び操舵室に装備された警報システムが作動する。
 オレゴン州ポートランドのShaver Transportation社が2000年に完成した曳船「Willamette」も内陸用曳船の本質を知る上で面白い設計である。Shaver社も創立100年を超す家族経営会社であるが「Willamette」は450マイル(約724km)に及ぶコロンビア川でのバージ曳航と、ポートランド及び近隣河川港でのタンカー及びコンテナ船のアシストの両用に使用される。この船の設計で面白いのは、主機が上甲板上にあることである。USCG規則、ABS規則共に内陸用船舶に対する復原性基準はオフショアに比べて緩いので、主機の上甲板上配置が可能となりメインテナンスが容易な設計となっている。
 安全と環境の面から曳船の設計をみた場合、ニューオリンズのE.N.Bisso & Sons社が2000年に完成した「Vera Bisso」の右に出るものはないと思われる。「Vera Bisso」はコルトノズル付き4,000PSの2軸船であるが、トラクタータグの統計には数えられていない。本船はローワー・ミシシッピ川における船舶アシストを主目的に設計されているが、設計の最初から安全と環境をテーマとしている。船体はダブルハルである。従って本船が油流出事故を起こす可能性は小さく、また、主機械室部分もダブルハルとなっていて、冷却水、生活汚水その他の汚染液体を流出しないように設計されている。本船の34,000ガロン(約129,000リットル)の燃料タンクには2,000ガロン(約8,000リットル)のオーバーフローが付いており、燃料漏れで水面が汚染されないように考慮されている。その他機関室ドアの水密戸化、ディーゼル補機室の独立、外部ブルワークのかさ上げ、甲板室からの脱出配慮、船首フェンダーの設計改良、主機メインテナンスを考慮した機械室設計、操舵しやすい操舵室配置等、いたるところに安全環境上の配慮がみられる。
 20年以上前はバージの速力は8ktが普通であったが、現在は冷凍貨物や定期貨物の時代になっているので10ktが普通となっている。平均甲板荷重も1980年代には2,000ポンド/平方フィート(約9,765kg/m2)が普通であったが、現在では3,000ポンド/平方フィート(約14,648kg/m2)のものもあり、加熱バージやガスバージ等、高度な内容のバージが増加している。冷凍貨物や定期貨物の出現、甲板荷重の増加といった現象はコンテナのフィーダーバージに強く現れている。
 フィーダーバージは米国では必ずしも一般的ではないが、東海岸では社会環境がそれを必要とするようになっている。ニュージャージー州に本拠を置くCCT社は、16隻のフィーダーバージを大西洋岸各港及びバハマのフリーポートに定期配船している。東海岸ではコンテナのインターモーダル輸送機能が混雑し、最終目的地に到達するのが遅れており、また、大手コンテナ海運会社が寄港する港を減らしているのでフィーダー輸送が重要になりつつある。例えば2000年11月、マースク・シーランド社はボストンへの寄港を中止し、従来ボストン港で降ろしていたコンテナを全てニューヨーク・ニュージャージー港で降ろして、CCT社にボストンへのフィーダーバージ輸送を委託するようになった。
 以上、米国のバージ・曳船産業は歴史もあり、産業構造の中に組み込まれた重要産業で、その安全環境問題は社会生活に密接に結びついている。








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