はじめに
米国で貨物輸送、といえば「コンボイ・トラック」に代表されるような道路輸送が主であると思われている。事実、高速道路を自動車で走ってみれば、我が国では見られないような大型トラックが数多く走行しており、貨物車2台を牽引しているトレーラーも多い。また、鉄道貨物輸送も盛んであり、米国で鉄道といえば貨物列車である。米国の主要鉄道は私鉄として生まれ、成長した。旅客を自動車や航空機に奪われた後、米国の鉄道会社は旅客輸送を鉄道公社Amtrakに譲渡し、貨物輸送に特化して存続しており、我が国とは正反対である。このように米国内の輸送量の相当部分はパイプラインを含む陸上輸送が占めており、また近年は航空輸送が飛躍的な伸びを記録しているが、依然として内航海運も一定の地位を保っている。
米国の内航海運の特徴は、バージ輸送が極めて大きい部分を占めていることにある。米国の東西両岸は大西洋と太平洋に面しているが、我が国のように沿岸のほとんどが直接海洋に開けている訳ではなく、その海岸線は非常に入り組んでいる。この結果、外洋から保護された海面が、かなりの大きさで存在している。さらに特徴的なのは、ミシシッピ川をはじめに大型船舶やバージの航行が可能な多数の河川や五大湖があり、内陸航路が非常に盛んであることである。加えて天然の航路である河川、湖や外洋から保護された海面を相互に繋げる運河も発達しており、一例を挙げれば五大湖の一つであるミシガン湖湖畔にあるシカゴから、メキシコ湾岸最大の商業港ニューオーリンズまでは水路で繋がっている。(その距離1,000マイル(約1,600km)以上である。)
米国では、外洋から保護された海面と内陸航路を総称して「内水面(Internal Water)」と呼ぶが、この内水面がバージ輸送を可能にさせ、発達させてきたことはいうまでもない。しかし、米国でのバージ輸送は内水面にとどまらず、東西両岸における長距離沿岸航路や、米本土とハワイやカリブ海の米領諸島との間といった外洋航路、さらにはアラスカ沿岸といった気象条件の厳しい航路ですら、バージは広く使われている。このように、米国でバージ輸送が盛んであるには内水面といった自然条件に加え、米国独特の事情が存在するためである。
一方、バージの安全環境基準には、一部の例外を除き、国際的な統一基準は存在しない。これは米国以外の国ではバージ輸送がそれほど盛んではなく、また国際航海に従事する事例も差程多くはなかったため、と思われる。(欧州にはドナウ川、ライン川等の内陸航路があるが、五大湖やミシシッピ川に比べれば規模は小さい。)。米国でもバージに対する安全環境基準については、包括的なものは存在せず、議会でも機会ある毎にバージに対する包括的な安全環境基準の策定を求める立法措置が提案されてきたが、現在に至るも成立していない。これに替わって、バージ運航業者で構成される業界団体とUSCGが協力しながらバージの安全環境分野における充実を図ってきた。現在、米国のタグやバージには、船舶に対する法令や規則の内でタグやバージにも適用のある法令や規則による法的安全環境基準と、業界団体が主導する自主的安全環境基準が存在している。
この報告書は、米国における内航バージの実態を報告することを目的にとりまとめたが、2部構成とした。まず第I部において、米国で盛んなバージ輸送の実態や技術等の現状を調べ、米国でバージが好んで作られ使用されている理由を推測している。第II部では、米国におけるバージに対する安全環境基準の実態を報告しているが、これは「米国でバージが好まれる理由」の大きな部分が安全環境基準にあるからである。
我が国の内航海運も変革期を迎えているところである。自然環境や国土の成り立ちが大きく異なることから、我が国で米国型のバージ輸送がそのまま広まるとは思えないが、海運、特に内航海運の一形態として、米国の内航バージ輸送の実態は、我が国造船業界や関係者の参考になるものと思われる。中でも、長距離沿岸輸送や外洋輸送に従事しているバージの事例は大いに参考になると思われる。また、米国におけるバージに対する安全環境基準についても、今後の我が国における海上安全行政等の分野で参考になれば幸いである。
なお、米国ではバージも測度を受け、総トン数が付与される。また、この報告書では英米系単位は努めてメートル法(SI単位系)に換算した(ただし、馬力はHPを使用)。この報告書で使用している単位を記載すれば以下の通りである。最後に、この報告書作成時点における為替レートはUS$1=約\132であった。報告書を読まれる際の参考になれば幸いである。
長さ: 1フィート=0.3048m、1マイル=1.609km
重さ: 1ポンド重=0.4536kg重(力の単位としても使用)
容積: 1ガロン=3.785リットル、1バレル=0.1590キロリットル、
1立法フィート=0.02832立方メートル
平成14年1月
ジェトロ・ニューヨーク・センター
((社)日本中小型造船工業会共同事務所)
船舶部 ディレクター 市川 吉郎
アシスタント・リサーチャー 氏家 純子