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5.今後の課題と発展
 ここで提言した衛星システムを実用化する上における課題について纏めてみたい。
 技術的観点からいうと、衛星及び搭載センサ技術については開発済みですでに軌道上で運用されており、また既に述べたように2003年ごろからは機能向上型合成開口レーダ衛星が商用ベース打ち上げられる趨勢にある。地上設備においても昨今は標準化が進み、Commercial Off The Shelf(COTS)と称するパッケージ品がハードウェア、ソフトウェア両面で進んできており、従ってツールとしては極めて短期に設備構築が可能となっている。課題はむしろ船舶識別のためのデータベース構築・維持改定といった、日々の業務と並行しながら、しかし着実に蓄積していくべき作業にある。データベース蓄積は他国船舶を含めた全世界的なものが必要となることから、関係諸国との協業を通じ適切にデータベースを生成・蓄積していく必要がある。
 
 一方プロジェクト推進の観点からは、その推進役、運営機関の設立など、人的及び財政的リソース等、今後詳しく検討していくとともに、関係する地域国家間での合意形成、また役割分担等を取り決めていく必要がある。本システムは海上交通の安全に関わる公的なものであり、かつ衛星打ち上げという多額の資金を必要とすることから、むしろ国家的な事業に昇華していくことがより重要といえる。本システムが公的な性格を有するということは、この宇宙システムが今回の課題である船舶運行監視のみならず、海難事故における救援や海洋環境汚染監視、また商用極軌道周回の合成開口レーダ衛星を活用した北方航路開拓といった我が国経済活動のさらなる発展に資することからも理解される。特に赤道近辺が高頻度で観測できるというこのシステムの特長を生かし、ここで紹介した海洋監視のみならず台風水害、地震、森林火災等における状況把握と迅速な救援活動における意思決定支援、さらには国土計画、森林・土壌資源管理、作物の育成管理など、発展途上国における経済発展に大きく貢献することが可能となる。参考までに図20は洪水災害時の利用の一例であり、水害を蒙った地域の冠水被害程度を時々刻々色分け表示することにより、救難活動の優先地域選定など意思決定に利用されている。このような災害被害地図、いわゆるハザードマップは土地利用台帳、住民台帳など行政データベースとリンクさせ、地理情報システムGIS(Geographical Information System)としてすでに北米では災害復旧での意志決定ツールとして利用されているものである。

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図20 合成開口レーダ衛星画像による洪水被害監視例:着色個所が冠水域、
色が暗いほど被害が大
 これまで述べてきた衛星画像利用はほんの一例であり、世界各国ではすでにさまざまな実利用に供されている。提言した船舶探知・追跡に関して言うと、米国、カナダ、ノルウェーなどではすでに実用、あるいは試運用されている。これら宇宙技術はわが国においてもすでに実利用可能な状態にあり、特に海賊や海上武装強盗を含む海上犯罪を宇宙からの監視と追跡により追い詰めることは、海賊抑止には極めて有効であると考えられる。これら技術がここで紹介したような他分野へも発展的に貢献できるようになれば、アジア諸国にとっても国家機関のみならず多くの民間組織にとって大変魅力的なものとなる。
 
 最後に本論文を纏めるにあたっては多くの方から極めて有益なご助言をいただいた。岡崎研究所小川彰主任研究員には、筆者が海賊問題に取り組む最初のきっかけを作っていただいただけでなく、バンコクにおける最初のNGO海賊対策会議での発表と各国オピニオンリーダーの方々との貴重なデイスカッションの機会を与えていただいた。英国IMBのアビアンカー博士、マレーシア元海事研究所所長のハマザ博士には会議を通じて示唆に富む議論を戴いた。また三菱総合研究所特別研究員 金田秀昭・元護衛艦隊司令官には船舶監視・追跡に関する基本的な考え方を教わるとともに、親身な数多くのご助言をいただいた。ここに紙面を借りて厚く御礼申し上げる次第である。








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