2 21世紀、海洋の安全保障戦略と防衛・警備
(1)アジア太平洋海域における各国の海軍力
a アメリカの海軍力
a−1 冷戦時、冷戦後アメリカの国防計画
第2次世界大戦が終結し冷戦が始ったトルーマン大統領の時代(1945〜53)、軍事戦略の中心は核抑止を実効するための戦略爆撃部隊の増強であった。「封じ込め」理論が確立した時代でもあった。所謂「封じ込め」“Containment”理論は、1947年にジョージ・ケナンがフォーリン・アファアーズ誌に投稿した「ソヴィエトの行動の源泉」に端を発している。文中、ケナンは、「ソ連は、資本主義崩壊が必然と認識し共産革命のイデオロギーに基づき行動するが、その政治性は柔軟である。ソ連は西側国家に比して弱小国家であり、社会の諸々の欠陥がやがて露呈する。アメリカの対ソ外交の基本要素は、ソ連邦の膨張に対する長期にわたる、辛抱強い確固とした注意深い“Containment”であるべきである」
注34、と記している。アメリカは独立以降も欧州におけるイギリスのイギリスの地位に依存し、イギリスは欧州の戦略的バランスを重んじてきた。アメリカにとっては欧亜大陸が一つの陸軍強国によって支配されることは到底許容できない。それが冷戦であった。
アイゼンハワー政権(1953〜61)は、築き上げられた核戦力をバックボーンとする大量報復戦略を打ち出し、核の恐怖による対ソ外交・軍事を推し進めていった。しかし、この間ソ連も核戦力の増強を続け、1960年代に入ると米ソの核戦力はほぼパリティーの状態を迎えるようになっていた。
ケネディーおよびジョンソン大統領の時代(1961〜69)は、米ソ核戦力のパリティーを受けて、通常兵器による低レベル紛争から核兵器による大規模世界戦争にまで柔軟に対応することを可能とする柔軟反応戦略による軍備がすすめられた時代であった。地球的規模での柔軟反応戦略を可能とする兵力の中心はあらゆる地域に展開し状況に柔軟に対応し得る空母機動部隊であった。空母機動部隊を中心とする対応部隊を地球規模で展開する態勢を整える上で立案されたものが2+1/2戦争戦力計画(2+1/2戦略)である。これは、ソ連および中国の2正面に加えて1つの地域紛争に同時に対応し得る戦力の構築を目指すものであった。
ニクソンとそれに続くフォード大統領(1969〜77)の時代はデタント(平和共存)の時代であった。1960年代を通じて競われた軍拡によって、米ソの戦力はオーバーキルの状態となっていた。現実的抑止戦略が謳われ、また、中ソの離反を受けて2+1/2戦略は1+1/2戦略に修正された。これは、対ソ戦争と1つの地域紛争に同時対処する戦力の整備を目標とするものであった。
平和をスローガンとするカーター政権(1977〜81)は、デタントの間も続けられたソ連の強大な軍事力とアフガン侵攻などにみられる拡張政策に直面し、その後半は政策を一変させることになった。大型空母の建造計画に着手し、展開可能兵力の増強をすすめた。
「力による平和」を標榜して登場したレーガン大統領(1981〜89)は、ソ連の軍事力について意図よりも能力を重視し、それまでの防勢を主体とした作戦から攻勢を主体とした作戦に移行させ、多正面同時作戦能力の構築を推し進めた。その代表的なものが、前述した「海洋戦略」であった。ソ連を「悪の帝国」として、圧倒的な海軍力によってソ連海軍を氷海の下にまで封じ込めていった。冷戦が終わりソ連が崩壊し、海洋にはアメリカ海軍だけが、そしてアメリカには「双子の赤字」が残った。
ブッシュ大統領(1989〜93)はレーガン政権を継承すると共に「双子の赤字」という負の遺産を受け継ぐことになった。1990年に新国防戦略を発表し、1995年までに25%の戦力を削減すると共に戦略核抑止、前方展開、米本土危機対処能力と戦力再構築能力による基盤戦力を整えることとした。しかし、湾岸戦争発生と地域紛争の激化、大量破壊兵器の拡散やテロの脅威などによって戦略は大きく揺り動かされていった。
クリントン政権(1993〜2001)の前期には、ボトムアップレビューがなされ、ほぼ同時に生起する二つの大規模な地域紛争(Major Regional Conflict: MRC。後に、Major Theater War: MTW)に対処し得る軍事力を維持していくことになった。クリントン政権後期になると、4年ごとに国防計画の見直し(“Quadrennial Defense Review”:QDR)が図られることになり、軍事における革命(“Revolution in Military Affairs”RMA)や戦略環境の変化に臨む変革戦略(“Transforming strategy”)も検討された。
2001年からのブッシュ政権は、大量破壊兵器が拡散する現状の中で、“ならず者国家”やテロ攻撃の危険から国家を防衛するといった,新しい形の戦争にも柔軟に対応し得る軍事力の構築を目指して、ミサイル防衛構想の実現などを目標に掲げ新防衛戦略の策定に取り掛かった。新戦略では、クリントン時代に策定された二つのMTWに対処する戦力構成についても見直しが図られることになっていた。しかし、軍内部の意見統一に手間取り、加えて、2001年9月にはイスラム過激派によるワシントンとニューヨークの政治・経済中枢への同時テロ攻撃が発生し、途中修正を余儀なくされ、テロ攻撃等からの防御など本土防衛が大きくクローズアップされることになった。
以上が、冷戦時と冷戦後におけるアメリカの軍事戦略の推移である。これを踏まえ、冷戦後のアメリカ海軍の兵力について概観してみよう。
a−2 アメリカ海軍の現状
冷戦後のアメリカの国防計画と海軍力
冷戦時、「悪の帝国」ソ連を洋上から封じ込めるために策定された「海洋戦略」を遂行するアメリカ海軍の規模は、15隻の展開可能空母を含む600隻艦隊であった。2001年、アメリカ海軍の保有艦艇は11隻空母を含む315隻(内主力艦艇235隻)となっている。冷戦後、アメリカ海軍の兵力はほぼ半減しているとみてよいだろう。主要戦闘艦艇についてその減少の推移を表1に示す。
表 1 アメリカ海軍主要戦闘艦艇の推移
年 |
1990-91 |
1992-93 |
1994-95 |
1996-97 |
1998-99 |
2000-01 |
空 母 |
14 |
12 |
11 |
12 |
11 |
11 |
CVN |
6 |
6 |
6 |
8 |
8 |
9 |
CV |
8 |
6 |
5 |
4 |
3 |
2 |
水上戦闘艦艇 |
179 |
145 |
112 |
118 |
108 |
108 |
BB |
4 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
CGN |
9 |
9 |
7 |
4 |
2 |
0 |
CG |
33 |
40 |
30 |
27 |
27 |
27 |
DDG |
28 |
9 |
9 |
20 |
26 |
30 |
DD |
31 |
31 |
31 |
31 |
24 |
24 |
FFG |
35 |
35 |
35 |
36 |
29 |
27 |
FF |
39 |
21 |
0 |
0 |
0 |
0 |
潜水艦 |
132 |
108 |
101 |
96 |
83 |
73 |
SSBN |
36 |
25 |
17 |
17 |
18 |
18 |
SSN |
96 |
83 |
84 |
79 |
65 |
55 |
両用戦艦艇 |
61 |
61 |
46 |
41 |
44 |
43 |
主力艦合計 |
386 |
326 |
270 |
267 |
246 |
235 |
(出典:「ジェーン海軍年鑑」各年版)
CVN:原子力空母 CV:空母 BB:戦艦 CGN:ミサイル巡洋艦 CG:巡洋艦 DDG:ミサイル駆逐艦 DD:駆逐艦 FFG:ミサイルフリゲート FFフリゲート SSBN:戦略核搭載原潜 SSN:攻撃型原潜
冷戦後、アメリカは国防費を大幅に削減したが、1997年頃から増額を始め、2001年には冷戦終結直後の1990年とほぼ同じ2910.8億ドル(約35兆円)にまで回復させている。但し、これは統合軍の強化等への増額であって、陸海空の各軍種は揃って減少しており、海軍については1990年に比して82.9億ドル(9,948億円)の軍縮となっている。平均すると、アメリカは1990年から毎年GDPの3%分、この10年間で1,800億ドルを軍縮してきた計算になる。日本の2001年度の防衛費が4兆9,388億円(約410億ドル)であるから、日本の防衛費4.5年分を削減し平和の配当として社会に還元したことになる。
アメリカの国防費の推移は表2の通りである。
表2 アメリカの国防費 (単位;億ドル)
年次 |
1990 |
1997 |
1999 |
2001 |
陸軍 |
784.7 |
644.1 |
683.6 |
705.6 |
海軍 |
999.7 |
795.3 |
838.3 |
916.8 |
空軍 |
928.9 |
732.1 |
812 |
852.9 |
国防総省・統参本部 |
186.6 |
224.4 |
244.5 |
252.9 |
その他 |
29.8 |
183.6 |
198.3 |
182.3 |
合計 |
2929.9 |
2579.7 |
2784 |
2910.8 |
(出典:アメリカの「国防報告」各年版)
さて、アメリカ海軍のうち、アジア太平洋をカバーする太平洋艦隊の兵力について詳しくみてみよう。
アメリカのパワー・プロジェクション能力の中核となる空母については、保有するニミッツ級原子力空母9隻(1隻は建造中)のうち3隻と通常動力のキティ・ホーク級空母2隻のうち1隻の計4隻が太平洋艦隊に配属されている。横須賀の1隻は唯一の海外展開空母である。水上戦闘艦艇については、27隻のミサイル(イージス)巡洋艦のうち13隻と、ミサイル(イージス)駆逐艦30隻のうち13隻、それに、駆逐艦24隻のうちの11隻と、フリゲート艦27隻のうち15隻が太平洋艦隊に配備されている。潜水艦については、戦略核搭載原潜18隻のうち8隻と、55隻の攻撃型原潜のうち27隻が太平洋艦隊所属である。なお、太平洋艦隊は西太平洋とインド洋・中東に展開する実戦部隊の第7艦隊と東太平洋にあって主としてアメリカ大陸防衛と教育にあたる第3艦隊に分かれており、第7艦隊の旗艦(指揮中枢艦)は揚陸艦を改造したブルーリッジである。第7艦隊はアジア・中東でのパワー・プロジェクションと揚陸が主作戦となることから、空母とそれを護衛する巡洋艦・駆逐艦で機動部隊を構成することが通常である。潜水艦には独立した作戦が与えられる。「From the Sea」で想定される沿岸海域での作戦では、トマホーク巡航ミサイル等による陸上攻撃のための巡洋艦とそれを護衛する駆逐艦・フリゲート艦それに潜水艦が任務部隊
注35を編成し行動する場面が増えると考えられている。日本の個別的自衛権が発動(防衛出動が発令)される事態では、海上自衛隊の部隊がアメリカ海軍部隊と共同して対応することになる。2001年9月11日のテロ攻撃までは、2000年にイエメンで駆逐艦「コール」爆破テロなどがあったにもかかわらず、アメリカ太平洋艦隊では海上テロや海賊などにはほとんど感心が払われてこなかった。敵対する海軍力を想定してのシーコントロール能力の維持が依然として重要な目標として掲げられていたからである。
b ロシアの海軍力
ソ連の崩壊後、ロシアの海軍兵力は表3に示すように大きく減少している。1992年に188隻あった主要戦闘艦艇は2000年には67隻に削減されている。内、空母については、1992年にキエフ級空母4隻とクズネツオフ級空母1隻、それにヘリ空母のモスクワ2隻を有していたが、2000年はクズネツオフの1隻だけで、これもいずれ売却される予定となっている。キーロフ級等の巡洋艦は27隻から7隻に、ソブレメンヌイ級等の駆逐艦が78隻から34隻に激減しており、潜水艦も、戦略核搭載原潜(SSBN)が59隻から18隻に、誘導ミサイル原潜(SSGN)
注36が36隻から8隻に、攻撃型原潜(SSN)が67隻から20隻、在来型潜水艦(SS)が77隻から18隻と、合計で251隻から64隻に減少している。
表 3 ロシア主要戦闘艦艇の推移
艦 種 |
艦 級 |
1992 |
1994 |
1996 |
1998 |
2000 |
空 母 |
クズネツオフ |
1 |
1 |
1 |
1 |
1 |
キエフ |
4 |
1 |
1 |
  |
  |
モスクワ |
2 |
1 |
  |
  |
  |
計 |
7 |
3 |
2 |
1 |
1 |
巡洋艦 |
キーロフ |
3 |
3 |
3 |
2 |
2 |
スラバ |
3 |
3 |
3 |
3 |
3 |
カラ |
7 |
5 |
4 |
2 |
1 |
クレスタ |
11 |
1 |
  |
  |
  |
キンダ |
3 |
1 |
1 |
1 |
1 |
計 |
27 |
13 |
10 |
8 |
7 |
駆逐艦 |
ソブレメンヌイ |
15 |
17 |
13 |
11 |
7 |
ウダロイ |
12 |
12 |
11 |
8 |
8 |
カシン改 |
2 |
1 |
1 |
1 |
1 |
カシン |
9 |
4 |
1 |
1 |
1 |
ネウストラシーミー |
1 |
1 |
1 |
1 |
1 |
クリバック |
39 |
39 |
18 |
19 |
16 |
計 |
78 |
74 |
45 |
41 |
34 |
揚陸艦 |
イワンロゴフ |
3 |
3 |
3 |
1 |
1 |
アリゲーター |
14 |
12 |
7 |
5 |
5 |
ロプチャ |
27 |
28 |
20 |
20 |
18 |
ポリノクヌイ |
32 |
29 |
22 |
1 |
1 |
計 |
76 |
72 |
52 |
27 |
25 |
主要戦闘艦艇合計 |
188 |
162 |
109 |
79 |
67 |
(出典:「ジェーン海軍年鑑」各年判)
これを極東ロシア海軍(ロシア太平洋艦隊)でみると、巡洋艦が8から1隻に、駆逐艦が58隻から23隻に、揚陸艦が20隻から5隻に、潜水艦については、戦略核搭載原潜が23から6隻、誘導ミサイル原潜が17隻から4隻、攻撃型原潜が14隻から5隻、在来型潜水艦が20隻から8隻に、合計して77隻から23隻にそれぞれ減少している。
ロシア太平洋艦隊は旧ソ連時代と同じウラジオストクに母港を置き、また、カムチャッカ半島のペトロパブロフスクに大きな軍港をもっている。冷戦の時代はこの二つの軍港とベトナムのカムラン湾を根拠地として太平洋、インド洋に戦闘艦艇を展開させアメリカの海軍部隊と対峙していた。冷戦後はカムラン湾から撤退し、太平洋やインド洋への外洋展開は大きく減少しており、訓練も限定されたものとなっている。
それでも、ロシア海軍は大国への回帰を標榜するプーチン大統領の指導のもと、老朽化した兵力の近代化に努めており、例えば、新型の戦略核搭載原潜の建造を進める一方、1999年には多目的戦略的潜水艦アクラ2(ロシア名「ゲパルド」、10400トン)を進水させており、2000年中には北海艦隊に配備されるとの情報がある
注37。
経済状態の逼迫の中で軍需を支えているものは武器輸出である。2000年における武器輸出総額は1999年に比べて34%ほど増加している。武器輸出先の大半はアジア太平洋諸国で74%にのぼる。うち52.6%が中国、18.2%がインドである。近年は、中国にキロ級潜水艦、ソブレメンヌイ級ミサイル駆逐艦、Su-27、Su-30戦闘機を、マレーシアにMig-29戦闘機、インドにキロ級潜水艦、Mig-29、Su-30戦闘機、ベトナムに,Su-27戦闘機を輸出している。
ロシア軍は、2000年1月に「ロシア連邦国家安全保障コンセプト」
注38を策定した。本コンセプトは、西側諸国のハイテク兵器の増大がロシア軍の危機的状況と相俟ってロシアの安全保障の弱体化につながっていると指摘し、あらゆる規模の侵略を未然に防止するため、抑止力を実現する措置を講じ、核戦力を保有するとしている。この新コンセプトのもと、2000年4月に「ロシア連邦軍事ドクトリン」が新たに策定された。新コンセプトでは、軍の主要任務を平素からの防衛・警備態勢の構築、ロシアと同盟国への侵略の撃退、テロ対策と治安の維持、平和維持・回復活動にあるとしている。ロシアは今後、経済の立て直しを図りつつ、現状の戦略環境に適合した軍事力の構築を目指し、戦略スタンスとしては、アジア太平洋経済協力会議(APEC)、ASEAN地域フォーラム(ARF)、上海5か国首脳会議(中国、ロシア、カザフスタン、キルギス、タジキスタン)などへの地域的枠組みへの参加を重視していくことになるだろう。
c 中国の海軍力
c−1 中国海軍の兵力と戦略
中国海軍は、PLA Navy
注39とも言われるように、人民解放軍海軍部隊の呼称が適当である。つまり、国家国民の軍隊(海軍)ではなく、共産革命のための解放部隊(海軍部)である。組織的には、海軍は中央軍事委員会の統制を受ける統合参謀本部の下に司令部を置いており、実戦部隊として北海艦隊、東海艦隊そして南海艦隊の3つの常備艦隊を有している。
その指揮系統組織は図1に示すとおりである。また、現有の海軍兵力は表4に示す通りである。
図1海軍組織
北方艦隊は、北朝鮮国境から江蘇省までを担任し、青島に艦隊司令部を置く他、旅順などの軍港から艦隊を運用している。北方艦隊に配属されている戦闘艦艇としては、シャー(夏)級SSBN1隻、ハン(漢)級SSN4隻、ミン(明)級SS7隻、ルフ級駆逐艦2隻、ルダ級駆逐艦6隻、他フリゲート9隻となっている。
東海艦隊は、台湾海峡、日本、太平洋を担当海域としており、寧波に艦隊司令部を置き、上海等の軍港を有している。東海艦隊所属戦闘艦艇には、ハン級SSN2隻、キロ(K)級SS4隻、ソン(宗)級SS2隻、ミン(明)級SS12隻、ソブレメンヌイ級駆逐艦1隻、ルダ級駆逐艦4隻、フリゲート18隻などがある。
南海艦隊は福建省からベトナム国境までと、西沙、南沙を所掌しており、湛江に艦隊司令部をもち、西沙などの港を管理している。兵力としては、ハン(漢)級SSN2隻、ソン(宗)SS1隻、ミン(明)SS6隻、最新鋭のルーハイ型駆逐艦1隻、ルダ級駆逐艦7隻、フリゲート13隻などがある。
表 4 中国海軍の兵力
艦 種 |
艦級/兵力量 |
潜 水 艦 |
シャー(夏)級弾道ミサイル原潜(SSBN)1隻 |
  |
ハン(漢)級攻撃型原潜(SSN)5隻 |
キロ級在来型潜水艦(SS)4隻、 |
ソン(宗)級SS 3隻、ミン(明)級SS4隻 |
ロメオ級SS 39隻、ゴルフ級弾道ミサイル潜水艦(SSG)1隻 |
「094型」国産弾道ミサイル原潜(2000年起工) |
駆 逐 艦 |
ルーハイ(旅海)級1隻、ルフ(旅滬)級2隻 |
ルダ(旅大)級16隻、ソブレメンヌイ級2隻 |
フリゲート |
ジャンウエイ(江衛)級、ジヤングー(江滬)級等36隻 |
揚 陸 艦 |
航洋力ある揚陸艦は15隻 |
(出典:「ジェーン海軍年鑑」(2000年版))
「094型」SSBNは射程8000キロの戦略核搭載ミサイルを装備。斜体文字はロシア製。
中国の国防費は13年連続で10%以上の伸びを示しており、国家予算のうち軍事費の占める割合は約8%である
注40。中国海軍は、国防費が伸びる中で積極的に近代化を進め、ロシアからキロ級潜水艦やソブレメンヌイ級駆逐艦などの導入を図っており、空軍兵力であるが同じくロシアから導入・ライセンス生産のスホイ27、30戦闘機と併せ、アジア太平洋地域の戦略バランスに大きな影響を及ぼしつつある。
中国の海軍戦略には二つの選択肢があるだろう。中国本土と近海の利権を守ることを第一義とする「近海防御」
注41に沿って、所謂「要塞艦隊」として南・東シナ海に篭もるか、あるいは、経済活動を重視し、シーレーン防衛を目的とした「外洋海軍」を目指すかである。中国が「近海防御」を強化していくことになれば、それはアジアの海に安全保障上極めて不安定な海域を生じさせることになる。張序三・海軍副司令員(当時)が1988年の「軍事史林」に掲載した論文「戦争形態の変化と我が国の海軍の発展の若干の見方」の中で、「海軍は、国家が自国の主権と海洋権益を守る手段である。国連海洋法条約により、中国の管理に属する海域は約300万平方キロに及び、そこには豊富な天然資源を蔵している。世界には、国家間の海洋権益を巡る支配と反支配、略奪と反略奪の闘争が存在する。中国海軍は国家利益と国際的闘争の情勢から、近海防御の発展戦略を確定した」と述べているように、「近海防御」には、戦略的国境を海上にまで伸ばし、そこを「中国の海」として可能な限りの主権を及ぼそうとの考えがある。公海上にそのような海域が生じれば、シーレーンは分断され海洋の自由は著しく制約を受けることになる。かなり勝手な解釈とはいえ、国連海洋法条約という実定法を根拠としているがゆえに厄介である。さらに国家管轄水域における主権的権利と海軍力を結び付けている。つまり、国連の条約として認められた権利を守るために海軍力を行使するとの意思表示である。
一方、中国海軍が「外洋海軍」を目指すならば、海洋協力の世界に中国を引き入れることのできる可能性が生まれる。現状の中国海軍には、外洋においてアメリカ海軍のシーコントロール能力に対抗し得る力はない。マラッカ海峡を越えようとすれば、その向こうのインド洋にはインド海軍がいる。中国海軍がインド洋で長期の作戦を実施するには更に多くの補給艦が必要だし、エアーカバーも要るだろう。長く伸びたシーレーンを守るためには当然中継基地が必要となる。現状、中国がインド洋に中継基地を持てるのはミャンマーあたりだろうが、ミャンマーにどれだけの支援能力が期待できるだろうか。外洋海軍を維持するにはシーパワーとシーパワーの協力の輪が不可欠なのである。1992年4月、海軍司令員(当時)張連忠中将は、海軍創設43周年記念のインタビューに答えて、「海軍は、海洋権益と海洋における良好な環境を守り、改革開放を擁護・維持・参加し、大きな熱意をもって「シーレーン防衛」の任務に身を投じ、4つの現代化のために功績をたてたい」と述べている
注42。中国海軍がその任務として初めてシーレーン防衛を取り上げたものとして注目された。中国海軍が「近海防御」を強化しかつその半径を漸次外洋に広げてくる前に、中国海軍を外洋に引き出し海洋協力の世界に導き入れることも必要ではなかろうか。
c−2 中台の海軍力(世界の艦船)
アジア太平洋海域で海上戦闘が生じるシナリオの一つとして中台紛争が上げられるだろう。台湾海軍は、国産在来型潜水艦2隻、米海軍から貸与されたガピーII級潜水艦2隻、駆逐艦7隻、フリゲート23隻などを保有しているが、量的に見た場合、中国海軍よりも小規模である。しかし、台湾海峡で運用性が高いと思われる小型哨戒艦艇や掃海艦艇などバランス良く保有しており、またミサイルなどの搭載兵器はアメリカ海軍の最新式のものを調達しており、質的には中国海軍を上回るものがあるとみてよいだろう。また、2001年4月24日に決定されたアメリカの武器売却計画では、注目のイージス艦は見送られたものの、キッド級ミサイル駆逐艦4隻、P-3対潜哨戒機12機、在来型潜水艦8隻、対機雷戦ヘリコプター12機等が売却されることになっており、中国海軍にとって脅威となるだろう。台湾海軍について、単独作戦としてその能力を分析することは決して適切でない。アメリカの空母機動部隊等の戦闘システムと連接した場合は、計り知れない能力を持つことになる。また、日米共同部隊、さらには韓国海軍との情報交換も物理的には可能である。
d 朝鮮半島の海軍
d−1 韓国海軍
朝鮮戦争以降、北朝鮮による海上からの侵略の阻止は韓国海軍の主要な任務である。1998年に頻発した北朝鮮工作員による海上からの韓国への侵入事案などもあって、この任務の重要性は今も変わっていない。また近年は韓国経済の発展と相俟ってシーレーン防衛の必要性の認識も高まっており、外洋海軍部隊の増強も進められている。そのため、潜水艦については沿岸用小型と外洋型の2種類を、水上艦についても哨戒艦艇や機雷戦艦艇など沿岸防備用艦艇と並行して航洋能力のある駆逐艦やフリゲートを整備している。また、韓国は、海運や遠洋漁業など海洋との関わりを深める中、海洋の安全保障に関心を払い、リムパック海軍演習への参加あるいは国際観艦式や国際海軍シンポジウムの開催など多国間の海軍協力、防衛交流にも積極的である。
韓国海軍には、第1艦隊(司令部 東海 ドンヘ)、第2艦隊(平澤 ピョンテ)、第3艦隊(釜山 プサン)の3艦隊の他、海軍作戦本部直轄の潜水艦部隊、掃海部隊がある。また、2万5,000人の海兵隊(2個師団、1個旅団)を擁している。主主要海軍兵力は表5に示すとおりである。
表5 韓国海軍の主要戦闘艦艇等
艦 種 |
艦型/艦種 |
潜水艦 |
小型潜水艇11隻、外洋型潜水艦(ドイツ製)8隻 |
水上艦艇 |
駆逐艦6隻(クワンゲトデワン(広開土王)級ミサイル駆逐艦3隻、クアンジュ(光州)級駆逐艦3隻)、ミサイルフリゲート9隻、コルベット24隻、哨戒艦艇84隻、機雷戦艦艇15隻、揚陸・輸送艦14隻 |
作戦航空機 |
P−3C等対潜水艦哨戒機23機等 |
(出典:「ジェーン海軍年鑑」(2001年版))
d−2 北朝鮮海軍
北朝鮮海軍は北朝鮮人民武力部の中の海軍部としてある。東海艦隊(退潮 タエジョ)、西海艦隊(南浦 ナムポ)の2つの艦隊があるが、外洋行動のできる艦艇としては、コルベット等水上艦艇9隻(内ミサイル装備のフリゲートは3隻)、旧ソ連製のロメオ級潜水艦22隻とウイスキー級潜水艦4隻だけである。いずれも旧式であり、補給艦もないことからその行動範囲は日本海のごく限られた海域となるだろう。艦隊の主力は300隻以上にのぼるミサイル艇や哨戒艦艇などであり、明らかに沿岸海域での韓国海軍との戦闘が想定されている。2つの艦隊とは別に指揮系統の異なる特殊作戦部隊があり、韓国への潜搬入用の小型潜水艦や潜水艇、偽装工作船を有している。度重なる韓国海岸からの北朝鮮兵士等の潜入や99年の日本海の不審船事案などで明るみに出ているものである。
e 海上交通網周辺の沿岸国の海軍力と海洋政策(東南アジア諸国)
マラッカ海峡や南シナ海、さらにはインドネシアやフィリピンの群島水域など海上交通の要衝を占める東南アジアの海域は、安全保障上あるいは治安・警備上様々な脆弱性を存している。南シナ海は海上交通網の集束部であるばかりでなく、石油など豊富な海底資源が期待されている一方で、南沙諸島など未解決の領有権問題があって、アジア太平洋で最も海上武力紛争生起の危険性の高い海域でもある。また、マラッカ海峡は海賊の横行のみならず、超過密な通航船舶から衝突とそれによる海洋汚染の危険性を常に抱えているし、インドネシアおよびフィリピンの群島水域では海賊、麻薬取引さらにはテロなど国境を越えてあらゆる国に影響を及ぼす犯罪が発生している。
そのような東南アジア各国の海軍はいずれも弱小であり、一国で海域を支配し得る能力はない。ASEAN10カ国の海軍力をみてみよう。最も大規模な海軍力を有しているのはタイで、空母1隻を含む180隻10万トンを保有し、続いてインドネシアが120隻17.3万トンであるが、両国とも国際的に海軍戦略といえるようなものを示してはいない。とくにインドネシア海軍は慢性的な燃料不足で自国領海の海賊パトロールもままならない状況にあるといわれる。シンガポールは150隻を保有しているが、いずれも小型で総トン数としては4.5万トンにすぎない。その他、フィリピンが80隻4.8万トン、ミャンマーが80隻2万トン、マレーシアは80隻3.8万トン、ベトナムが70隻2.1万トンでカンボジアとブルネイがともに10隻1000トンであり
注43、ラオスには海軍がない。
f 海上交通網周辺の沿岸国の海軍力と海洋政策(オーストラリアとニュージーランド)
オーストラリアとニュージーランドの海軍を合わせてthe ANZAC Naviesと呼ばれる。ANZACはAustralia New Zealand Army Corpsの略であり、元々は読んで字の如く両国の合同陸軍軍団の呼称であったが、今は海軍にも使われている。もっとも合同海軍はない。共に、イギリス海軍、Royal Navyの伝統を受け継いだ正統派の海軍であるが、その規模は小さい。それでもthe ANZAC Naviesは地域海洋の安全保障にそれなりの貢献をしている。オーストラリアとニュージーランドは、イギリス、マレーシアそしてシンガポールと5カ国防衛取極を結び地域海洋に多国間安全保障協力の枠組みを確立しているし、オーストラリアはANZUS協定を維持して
注44アメリカ海軍の地域海洋への展開を支援している。また、近年オーストラリアは、海軍や海上警察力を持たない南太平洋島嶼国に対し、その排他的経済水域内における資源管理のためのパトロール兵力の提供を提案するなど、地域の海洋管理の面における貢献を模索してもいる。
両海軍の現有兵力は表6の通りである。
表6 オーストラリア・ニュージーランド海軍兵力
  |
オーストラリア |
ニュージーランド |
潜 水 艦 |
在来型潜水艦7隻 |
なし |
駆 逐 艦 |
ミサイル駆逐艦1隻 |
なし |
フリゲート |
14隻(内ミサイル塔載型6隻) |
3隻 |
揚 陸 艦 |
2隻 |
なし |
(出典:「ジェーン海軍年鑑」(2001年版))
g 海上交通網周辺の沿岸国の海軍力と海洋政策(インド海軍)
インド海軍は、主としてロシア(ソ連)製の艦艇等を導入して増強近代化を図ってきた。最近はロシア以外の国からも武器を購入するようになっているが、アメリカをはじめとする西欧諸国の武器はロシア製と比較して高額であること、補給・修理など後方面の体制を変えなければならないことから、主力兵器は依然としてロシア製が占めている。2000年10月にロシアのプーチン大統領が訪印した際、印露防衛技術協力に関する合意文書が交わされ、海軍ではロシアの退役空母アドミラル・ゴルシコフを購入すること等を決定している。その一方で、空軍がフランスのミラージュ2000EH型戦闘機10機の購入を決定した他、イスラエルから早期警戒管制機の導入も検討しており、海軍についても今後は世界各国から兵器の調達を検討していくことが考えられる。
現在もカシミール地方で緊張が続いているように、インドにとっての最大の軍事的脅威はパキスタンである。また、隣接し核兵器を保有する軍事大国中国は潜在的脅威であり、インドは2正面戦争を避けるため中国を刺激する行動を慎んでいるようにみえる。インド海軍はベンガル湾とアラビヤ海に東部艦隊と西部艦隊の二つの常備艦隊を配しているが、アンダマン・ニコバル諸島東方ではほとんど活動していない。一方、東シナ海や南シナ海で活発に行動する中国海軍もマラッカ海峡を越えることはしていない。アンダマン・ニコバル諸島とマラッカ海峡の間のアンダマン海は今のところ力の真空地帯となっている。近年、中国海軍がミャンマー領ココ島に通信基地を置いたとの情報があり、これに対してインドがニコバル諸島に新たな艦隊あるいは統合部隊司令部を置く動きがみられている。
インド海軍の現有兵力は表7に示す通りである。インド海軍は、旧式ながら空母を保有している。1980年代にイギリスからヴィラート(1959年就役)とヴィグラント(1961年就役)を購入し空母2隻体制を維持していたが、1997年にヴィグラントが退役、ヴィラートも老朽化しており、アドミラル・ゴルシコフの導入はこの更新近代化のためである。インド海軍ではさらに2隻の国産空母建造計画が進められている。これは、東部艦隊と西部艦隊、それに新設が取り沙汰されているニコバルの併せて3艦隊にそれぞれ空母1隻を配備するための計画に基づくものだとの見方もある。しかし、完成には10年以上の長年月と莫大な予算を必要とするだろう。その他、インド海軍はロシア製のキロ級潜水艦10隻を含む16隻の潜水艦部隊を保有しており、インド洋のシーレーンを巡る安全保障環境に大きな影響を及ぼすものとなっている。水上艦艇については、旧ソ連製兵器を搭載した国産駆逐艦が主力である。
インド軍と対峙するパキスタン軍については、その海軍力は大きな脅威とはいえない。パキスタン軍は、戦車、火砲、戦闘機、ミサイル戦力においてインド軍に対抗し得る兵力を維持しているが、海軍ついては、兵員22,000人で、旧式の潜水艦7隻と沿岸警備用のフリゲート8隻を保有するだけである。インド海軍は、当面はアラビヤ海からのパキスタンへの圧力、将来的には中国の海洋進出を睨んでの兵力整備を目指していくであろう。
表 インド海軍現有兵力
空 母 |
1隻(シーハリヤー6機、対潜ヘリ6機) |
潜 水 艦 |
16隻(キロ級等) |
駆 逐 艦 |
8隻(旧ソ連カシン級5隻、国産デリー級3隻) |
フリゲート |
12隻(旧ソ連ペチャ級3隻、国産ゴタバリ級4隻等) |
両用戦艦艇 |
9隻 |
コルベット |
5隻(国産ククリ級) |
沿岸監視艇 |
14隻(旧ソ連製) |
ミサイル艇 |
6隻(旧ソ連製) |
機雷戦艦艇 |
18隻 |
作戦航空機 |
105機 |
(出典:「ジェーン海軍年鑑」(2001年版))
h 海上自衛隊
平成13年度の日本の防衛予算は4兆9,388億円であり、その内、海上自衛隊の予算は1兆1,535億円で防衛予算全体の23%である。海軍が、艦艇や航空機など高額な装備を必要とすることを考慮した場合、海洋国家日本の防衛費として海上自衛隊の予算配分はかなり抑えられたものとなっている。
第二次世界大戦で日本海軍は壊滅し、戦後に発足した海上自衛隊は、冷戦の期間を通じて、平和憲法のもと他国に脅威を与えない防衛的兵力を整備しつつ発展してきた。冷戦の時代、世界の海洋は米ソ海軍戦略の角逐の場であった。海上自衛隊は日米安全保障条約に基づき、攻撃力をアメリカ海軍に依存し、アメリカ海軍を補完し得る装備の整備に努めてきた。ソ連海軍の潜水艦と対艦ミサイル搭載爆撃機は、空母機動部隊の展開を主作戦とするアメリカ海軍にとって最大の脅威となっていた。有事においてなお、石油や食糧、工業原料などの所要輸入量を確保するための船舶の防護、つまりシーレーン防衛の必要性と相俟って、対潜作戦と洋上防空が海上自衛隊の主要任務と位置づけられ、P-3Cやイージス艦など、世界最大ともいえるシーレーン防衛部隊を作り上げていった。海上自衛隊のシーレーン防衛作戦は、有事に、アメリカ海軍の極東への展開を防護する作戦を兼ねることができ、日米安全保障条約の実行性を確保するものとなっていた。
“Balanced Navy”、バランスのとれた海軍力。これはイギリス海軍が標榜し唱えてきた海軍の必須要件である。敵は弱点を突いてくる。弱点を持たない、つまり、一通りの兵力をバランス良く保有し配備することの必要性を説いたものである。この意味から言えば、海上自衛隊の防衛力は、明らかに偏りすぎていた。今日の海洋安全保障環境と新たな脅威に対する防衛指針に適った海上防衛力への質的変換が必要になっているといえよう。
なお、海上自衛隊の現有兵力は、護衛艦53隻(イージス艦4隻)、潜水艦16隻、輸送艦艇8隻、P-3C対潜哨戒機80機、回転翼機約100機である
注45。アメリカ海軍太平洋艦隊と共同した場合、世界最大の海軍力であるといって過言ではないだろう。
(2) アメリカ海軍戦略と“その鏡”としての各国の海軍 −展望と課題−
a アメリカ戦略における「孤立」と「介入」、および「単独」と「多国間」
「孤立」と「介入」
アメリカは国際関係において孤立主義の殻に入ることがあるが、そこには地理的な適用範囲があって、その範囲はその時どきの国際関係によって異なっている。その孤立主義の適用範囲を端的に示すものとして、1939年の汎米外相会議において採択された「汎米中立宣言」がある
注46。
これは、南北アメリカ大陸の沿岸から幅500〜900海里(一部は1100海里)の帯の中を中立地帯とするというものであった。第1章で述べた、太平洋戦争に到るまでのアメリカの太平洋海軍戦略は、この「汎米中立宣言」のラインが太平洋を越えて中国大陸へのアクセスフロントにまで伸びたものに他ならない。モンロー主義から発した「国益防衛圏」の拡大であった。
「汎米中立宣言」が採択された時代、国際海洋法における領海幅は3マイルであった。この宣言は、海洋史に幾度か登場し「海洋自由」を脅かした「海洋占有化」、「海洋分割化」の発想に似たものがある。国連海洋法条約として領海幅が実定法化された今日においても、12マイルを超えて国家の主権を主張する沿岸国は多い。それに対して最も抗議の姿勢を示しているのが他ならぬアメリカである。
アメリカ外交は孤立と介入の二面性をもって成り立っているのではなかろうか。中南米への介入、中国大陸への介入、朝鮮半島への介入、ベトナムへの介入、中東地域への介入、いずれも、大まかに見てしまえば、国家あるいは同盟の利益の枠組みに利益を損ねる対象が介入してくることを拒否するためのものとも言えるのではないか。
アメリカ外交における「孤立」と「介入」の二律背反性は、海洋において「海洋自由」と「海洋占有」を両立させてしまうという矛盾を生み出していく。1945年のトルーマン大統領による「大陸棚に関する宣言」および「沿岸漁業のための保存水域に関する宣言」はその端的な現れであった。この矛盾が、後の国連海洋法条約に大きな影響を与えアメリカの海洋政策を迷路に迷い込ませるというアイロニーを生み出していくことになった。この迷路からの脱却が、21世紀のアメリカの海洋戦略に課せられる最大の課題となっていくはずだ。
単独主義、2国間主義、多国間主義
冷戦後のアメリカのアジア太平洋における安全保障戦略として1990年4月に発表された「アジア太平洋地域の戦略的枠組み」(「東アジア戦略構想」(EASI)
注47では、アメリカを中心とする「Hub and Spokes」、つまりアメリカのプレゼンスと同盟国の支援という2国間関係の構築をアジア太平洋地域の安全保障戦略の基本原則として示し、多国間枠組よりも2国間同盟関係を重視したものとなっていた。アメリカはアジアにおける多国間の枠組みに期待を持ってはこなかった。欧州にはパワー・バランスによって安定する歴史があるが、アジアを動かしてきた原理は覇権である。加えて、アジア太平洋地域において脅威と価値観は多様だ。アメリカとしては、国益に関係のない内紛に介入してしまうことや、アジア的価値観に引きずられることは避けたいところである。
他方で、アジア太平洋海域における航行の自由、とりわけアメリカ海軍の行動の自由は絶対条件として確保しておきたい。アジア太平洋地域は海洋地域であり、殆どの国が海を介して他国と交わっている。いずれの小さな海域をみても、複数の国の領海や管轄水域が重なり合っている。必然的に、この地域の海の問題には多くの国が顔を出すことになるのだが、それがアメリカにとって厄介なものとなる。例えば、南シナ海における武力紛争予防などを多国間で協議する場合、透明性や信頼醸成のために海軍行動に制約を加えるような制度や取極が採択される、さらには海軍軍縮や非武装海域といったものが提案されることになれば、アメリカ海軍に大きな制約が課せられるからである。
「東アジア戦略構想」(EASI)の発表された4ヶ月後の8月2日、イラクがクエートに侵攻した。翌年の湾岸戦争は、国連決議に基づく多国籍軍が戦った。この湾岸戦争の経験も踏まえて、1993年1月に「1990年代の国防戦略−地域防衛戦略」が策定された
注48。ここで提示されたものは、対ソ世界戦略から地域防衛戦略への軍備の移行と、平時に維持すべき最小限度の軍備としての「基盤戦力」構想であった。段階的に実施される大規模な兵力削減計画と、地域紛争対応型への戦力の再編成構想が示されていたが、アメリカ単独による「抑止」と「武力紛争対処」を基本としたものであることに変わりはなかった。
クリントン政権が誕生すると、「抑止」や「武力紛争対応」といった軍事的アプローチに加えて、「関与と拡大戦略」に基づく「武力紛争予防」のための「安定化」の重要性が示されるようになる。国連による「アジェンダ・フォー・ピース」(「平和への課題」)
注49の策定や、平和活動や予防外交などへの国際的取り組みの活発化と相俟って、安全保障における多国間主義が台頭してきた時期でもあった。しかし、やがて、ソマリアでの経験や旧ユーゴ紛争の泥沼化などから、国際社会による内紛への介入に疑問が生じ、また、国連の安全保障制度への期待も現実の世界へ引き戻されることになるが、多国間アプローチというものが、単独主義との二者択一的な選択肢としてではなく、多重的な安全保障の一つとして議論されるようになった。1995年2月の「東アジア太平洋地域に関するアメリカの安全保障戦略」(EASR)
注50は、アジアにおけるアメリカ軍10万人体制の維持を確認すると共に、2国間安全保障体制の重要性を強調したものであったが、一方において多国間安全保障についても触れている。「多国間の安全保障対話は、同盟関係や前方プレゼンスに取って代わるものではなく、それを補完するもの」としているものの、そこには非軍事的な措置も含めた紛争予防のための協力の概念があり、「包括的安全保障」あるいは「協調的安全保障」の考え方をみることができた。1998年11月のクリントン政権による第2回目の「東アジア太平洋地域に関するアメリカの安全保障戦略」(EASR)は、アジアにおける10万人の軍事プレゼンスと在韓米軍の維持を声明すると共に、日米同盟をアジアの安全の要として位置づけ、2国間同盟の重要性を強調したものとなっていた。
2001年、ブッシュ大統領が誕生し、8年ぶりに共和党が政権を獲得した。チェイニー副大統領、パウエル国務長官など湾岸戦争時に安全保障政策の中枢を占めた重鎮が大統領の周りに集まった。アメリカの国益に適っているか否かを思考過程の基本に据えての、現実主義に基づく安全保障戦略の遂行が予測された。政権は、発足当初にして京都議定書からの離脱等、国益重視で単独主義も辞さずの構えを示し、東アジアにおける安全保障においても同盟国である日本を重視する姿勢を鮮明にして、中国を戦略的パートナーとして柔軟外交に配慮したクリントン政権と一線を画すことを明確にした。しかし、政権誕生時に表明された新国防戦略の策定は、軍内部の不協和音や9月11日にニューヨークとワシントンで発生した同時多発テロ事件などで大きく遅れることになった。また、そのテロ事件の首謀者とされるオサマ・ビン・ラディンとそれを匿うアフガニスタンのタリバン勢力に対する攻撃では、自らの主導で経済制裁を課してきたパキスタンはじめ周辺諸国に協力を求めるなど、図らずも同盟国以外の国との多国間共同の形を作ることになった。
アジアにおけるアメリカの国益を守る、それは、孤立主義が太平洋を渡った時から変わることのないアメリカの国家目標の一つであろう。そのための安全保障戦略として、今後アメリカは、このアジア太平洋地域においても、単独、2国間、多国間の枠組みを巧みに使い分けていくことになるだろう。
bアメリカ海軍のリオリエンテーションへの模索 −犯罪取締と国際協力への対応−
クリントン政権の時代を通じて、アメリカの海軍戦略の再構築につながる可能性のある動きが海軍部内で生じていた。1996年9月にアメリカ海軍ドクトリンコマンドが作成した海軍ドクトリン、「Multinational Maritime Operations」
注51(以後、「多国間海上作戦ドクトリン」と呼称)の序文冒頭に、「国家が単独の軍事作戦よりもむしろ多国籍の軍事作戦を企図する時代となった」との記述がある。アメリカ海軍における多国籍海軍共同行動に関する研究は、クリントン政権誕生の1992年から海軍大学で実施されていた。目立って多くの成果が発表されたのが1995年で、「国際緊急展開部隊」、「国連PKO活動のための訓練」、「国連決議支援のための海軍部隊」等々が発表されている。変わったところでは、「漁業紛争の研究」といったものもあった。その後、これらの成果は海軍ドクトリンコマンドに移され、1996年9月に「多国間海上作戦ドクトリン」が作成されたのであるが、これに先立つ1995年6月に、当ドクトリン作成の指針として「Development Issues for Multinational Navy Doctrine」
注52が示されていた(以後、「多国籍海軍ドクトリンの指針」と呼称)。この「多国籍海軍ドクトリンの指針」では、「1947年に示された第2次世界大戦後初の海軍ドクトリンは、アメリカの海軍作戦を単独作戦、NATO軍としての作戦、そして2カ国作戦に区分しており、以後これは変わらぬアメリカ海軍の基本となってきた。… しかし今日、NATO以外の作戦においても、host nation support、some sort of alliance、 coalition、そしてother multinational partnershipが不可欠となっている」との見解を示した上で、「(アジア太平洋地域では)NATOのドクトリンを適用することは難しい。沿岸警備隊の任務を対象としたような共同から始めることが必要である」と述べ、その成功例としてアメリカ沿岸警備隊とニュージーランド海軍の共同演習を挙げていた。今日、アメリカでは海軍と沿岸警備隊との共同作戦は既に定常任務となった観がある。代表的なものとして、Joint Inter−Agency Task Forceがあり、フロリダなどで麻薬取引、不法入国を取り締まっている。
クリントン政権の8年間に醸成されてきたこれら多国間共同作戦構想や、戦争目的以外の作戦(Operation Other Than War ;OOTW)への積極的な関わりの姿勢が、ブッシュ政権でどのように評価されるであろうか。「ミサイル防衛」(Missile Defense)や「軍事における革命」(Revolution in Military Affairs;RMA)などを正面に出して始り、今はテロ対応に追われる現状において、この問題に対するブッシュ政権のスタンスは未だ見えない。
国内外でテロ被害収拾とテロ根絶作戦のための展開を図る中、アメリカ国防総省は年度の代わる10月1日に「4年期国防見直し」(QDR)を議会に提出した。本QDRは、テロ事件を反映して「非対称戦」と「本土防衛」を強調した内容となっているが、同時に、西太平洋での空母機動部隊の増強などについても検討するとされている。兵力の配備と量については、ボトムアップレビューで示された「(中東と朝鮮半島を想定した)ほぼ同時に発生する二つの大規模地域紛争への対処」から、「本土防衛、重要地域での抑止力維持、大規模紛争で決定的な勝利を得ると同時に別の紛争にも対応、小規模な緊急作戦を遂行」を為し得るものとされている。本来、QDRは2001年春に作成される予定のものであったが、空軍を重視する基本案に対して空母削減を危惧する海軍が反発するなど、新世紀における国防の在り方を巡って不協和音があり、加えてテロ事件の発生で大幅に遅れていた。この内容については、大幅に遅れて期限の新年度を迎えてしまったこと、テロ事件によって世論が大きく振り切れている時期であることを勘案する必要があろう。
それでも、世界規模のテロ組織撲滅への国家的・国際的な対処作戦を遂行する中で様々な成果を得て、10年前に湾岸戦争の教訓を受けて主作戦舞台を外洋から沿岸へと移す「From the Sea」構想を策定したように、冷戦の柵を越えて、安全保障上の様々な脅威、新しい形の戦争に対応するための軍の態勢を整えていくであろう。
C各国の海軍の展望と課題 −犯罪取締と国際協力などの視点から−
人類による航海史の始まりから、海軍力はナショナリズムを背負って発展を遂げてきた。海軍力と国力は比例する。第3章で触れるが、ローマ海軍の消滅、イギリス海軍の縮小などは国力の衰退とともにあった。
ロシア海軍の冷戦終結に伴う大幅な削減は、世界の海洋の安全保障環境を大きく変える一方で、ロシア国力そのものの衰退を現実のものとして象徴することになった。経済力もまた国力に比例する。国力の増強なくしてロシア経済の再生もまたあり得ない。経済的発展と国力増強は一種メビウスの帯を辿るようなところがある。ロシアにとっては、冷戦時代に国家経済を疲弊させた元凶でもある軍を再構築することが急務であろう。ロシア海軍については、戦略ミサイル搭載原潜をはじめとする核抑止力を柱とし、量より質の一通りの兵力を整備すると共に、安全保障分野における海洋協力を主体とする防衛政策に努めていくであろう。アメリカ海軍が外洋展開能力を持つ限り、ロシアはその国力からして、単独でシーコントロール可能な海軍力を持つことは不可能であり、それをロシア自身が理解しているからである。
中国海軍の生い立ちは人民解放軍であり、その位置付けにおいて成長してきた。中国が持つ国家の概念は一種“宇宙”的なものではなかろうか。国力が強大になると宇宙は膨張し、衰退すると収縮する。歴史上、中国の国境線は膨張と収縮を繰り返してきた。人民解放軍海軍として、中国海軍は膨張した大陸中国の国境線内において中国を守り、今、海洋資源を確保するために沿岸から外洋に向かって管轄権を主張し海洋力を展開させている。一方で、近年著しい経済発展に伴って資源・エネルギーの海外への依存度が高まる中、海軍部内においてもシーレーン防衛の重要性が認識され始めている。中国のシーレーンはインド洋を越えて中東に及ぶ。様々な国との戦略的対峙が生じることになるだろう。前項において述べたように、中国海軍戦略には二つの選択肢がある。東・南シナ海にある島嶼の領有権を主張し管轄海域の拡大を図ると共に管轄権のバックボーンとして海軍力を展開する(Brown Water Navy)か、シーレーン防衛を掲げて外洋海軍(Blue Water Navy)を目指すかである。中国に必要なものは海洋共有の発想である。中国海軍をどこに向かわせるか。これは中国の選択であると同時に国際社会の選択でもあろう。
北朝鮮の政治と外交が変わらない限り、韓国海軍は一義的には北朝鮮からの脅威を想定した軍備を続けざるをえない。それでも国力の増大と共に外洋海軍への脱皮を続け、そのための兵力近代化に努め、アメリカ海軍や海上自衛隊との交流もさらに進めていくだろう。
一方、北朝鮮海軍については、その経済力から近代化の速度は遅々としたものにならざるを得ず、その結果、南北間の兵力の格差は広がり、戦争は非対称戦が想定されることになるだろう。朝鮮半島における非対称戦は工作員の潜搬入、ゲリラ活動などの形で日本も武力紛争の舞台として巻き込む公算が大きい。アメリカを含めた、日米韓3国による、Trilateral Maritime Cooperationの必要性が認識されなければならない。
さて、アジア太平洋地域の海洋には、かつてのソ連海軍のような大海軍力による脅威はなく、海賊、漁業資源問題、領有権問題、環境汚染の拡散等、低次元でこれまで安全保障の問題とは認識されなかったような多種多様な脅威が存在している。加えて、海上を舞台としたテロ活動が生起する可能性も否定できない。「タミル・イーラム解放の虎」のように海賊との結び付きが指摘されるテロ組織があるし、海賊への国際的な取締が強化される中で、行き場のなくなった海賊がテロに合流する図式も考えられるからである
注53。ANZAC Naviesや東南アジアの海軍力は、そのような多様な脅威に様々な形で対応するための兵力と運用の体制を整えていくことになるだろう。
アジア太平洋地域において最も歴史のあるセカンド・トラックの国際海洋会議である「アジア太平洋シーレーン研究国際会議」は、ソ連の海軍力から西側諸国のシーレーンを防護するための方策について検討することを目的として発足したが、冷戦後、その主要議題は海洋資源・環境問題や海賊、麻薬取締、港湾警備の在り方などに移っている。今日の海洋を巡る多種多様な脅威は、国境を越えて複数の国に影響を及ぼす傾向があり地域多国間での解決を要するものが多く、「アジア太平洋シーレーン研究国際会議」では軍事・安全保障も含めた幅広い意味における海洋協力の在り方が模索されている。この傾向は、ASEAN地域フォーラムのセカンド・トラックとして位置づけられるアジア太平洋安全保障協力会議(CSCAP)の海洋部会でも顕著に表れている。アジア太平洋地域は海洋地域であり、国家管轄水域における沿岸国と海洋利用国との間の伝統的な「海洋自由」と「海洋管理」に関わる古くて新しい問題も到る所に存在している。海洋資源取得の思惑の絡んだ未解決の島嶼領有権問題もある。海洋にある多種多様な脅威が国家間あるいは地域全体を巻き込む武力紛争にエスカレートすることを防ぐための制度や取極が地域で検討され、その検討の進捗を睨みながらの海軍力整備が各国でなされていくであろう。
今後暫くの間、海洋の世界はアメリカのシーパワーを中心として巡っていくであろうが、海洋を巡る安全保障環境は大きく変化している。アメリカにはそのシーパワーを維持していくための、新しい海洋の時代に適った海洋戦略が必要となっており、各国の海洋政策は、“アメリカの鏡”であると共に“アメリカ海洋戦略の変数”でもある。
以後、部をあらためて、これからの「新しい海洋の時代」におけるシーパワーと海軍力・安全保障のあり方について考察を試みることにする。