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3. ケーススタディー
 ケーススタディー海湾として、有明海を選択した。ケーススタディの結果は図II-38に示す。
 
3.1 一次検査
 
3.1.1 生態系の安定性を示す項目
 
(1) 分類群毎の漁獲割合の推移(生態−1)
 
(A) 用いた資料
 使用した資料名は福岡県、熊本県、佐賀県、長崎県の4県の農林水産統計年報を用いた。
 
(B) 整理方法
 分類群別の漁獲量の絶対値と、構成割合の両方を算定した。また、経年的な変化を把握するために、複数年にわたって実施した。
 
(C) 整理結果
 整理した結果を図II-29以下に示す。
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図II-29 漁獲割合の変遷
 
 
(D) 結果の見方
 図II-29には漁獲割合の変遷を整理した。算定した年代は分類群別の漁獲高と同年代である。円グラフの大きさは昭和55年に対する相対的な漁獲量を示す。
 
(E) 評価基準
最近10年間の平均値と最近3年間の平均値とを比較し、漁獲割合の一番大きい分類群の割合が、20%以上変化していないこと。
 
(F) 評価
 調査対象年次の分類群別漁獲割合において最も大きな割合を占める底生系の漁獲が平均的な漁獲割合に比べて20%以上変化しているので、評価は×である。
 
(2) 生物の出現状況(生態−2)
 生物の生息状況については、有明海における調査データがないので、ここでは一次診断は行わない。ただし、調査の流れを把握するため、調査地点の選定例を示す。
 
(A) 調査地点
 有明海で生物の出現状況を調査することを想定し、調査場所と調査地点の設定例を示す。
 有明海における調査場所および調査地点としては、磯場4地点(湾奥1点、湾央2点[熊本県側と長崎県側各1点]、湾口1点)、砂浜2点(湾奥1点、湾口1点)、干潟3点(湾奥2点、湾央1点)、人工護岸3点(湾奥、湾央、湾口各1点)、海底3地点(湾奥、湾央、湾口各1点)の、合計5場所15地点程度を選定すると、本調査項目の目的を達成できると考えられる。
 
(B) 生物調査
 上記に挙げた調査地点で、実際に生物チェックシートを持参して生物調査を行う。
 
(C) 結果の見方
 生物チェックシートに記載されている生物は、そこに生息していなくてはならない生物である。その生物が生息していないということなので、該当する調査場所および調査地点における生態系構造に異常があるということになる。
 
(D) 評価基準
生物チェックシートに記載された生物が生息していること。
 
(E) 評価
 生物チェックシートに記載された生物が生息していない場合は、評価が×となる。
 
 
(3) 藻場・干潟面積の推移(生態−3)
 
(A) 用いた資料
 環境省が実施した自然環境保全基礎調査における藻場・干潟面積の集計結果である。
 
(B) 整理方法
 干潟に関しては1945年時点でのデータと比較し、藻場に関しては1978年時点のデータと比較し、現状(最新データとして1993年)の藻場および干潟面積の減少率を算定した。
 
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図II-30 藻場・干潟面積の推移
 
 
(D) 結果の見方
 本海域では藻場・干潟面積とも減少傾向にあることがわかる。干潟は1945年に比べて1993年では約22.1%の減少、藻場は1978年に比べて1993年では約20.8%の減少である。
 
(E) 評価基準
藻場・干潟のそれぞれの面積が20%以上減少していないこと。
 
(F) 評価
 藻場および干潟のそれぞれの面積が20%以上減少しているので、評価は×である。
 
 
(4) 海岸線の自然度の推移(生態−4)
 
(A) 用いた資料
 環境省実施の自然環境保全基礎調査における「全国海岸域現況調査」(建設省、昭和50年度)の「海岸区分計測図」に表示されている海岸線で、短径100m以上の島を含む全国の海岸線を対象としたものを用いた。
 
(B) 整理方法
 有明海の海岸線に対する自然海岸、半自然海岸、人工海岸の占める割合を算定した。
 
(C) 整理結果
(拡大画面: 68 KB)
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図II-31 全海岸線に対する自然海岸、半自然海岸、
  人工海岸の占める割合の海湾ごとの比較
 
 
(D) 結果の見方
 本海域の人工海岸線割合は、1973年では約51%、1993年では約54%である。
 
(E) 評価基準
人工海岸が20%以上存在しないこと。
 
(F) 評価
 人工海岸の割合が20%以上存在しているので、評価は×である。
 
 
(5) 有害物質(生態−5)
 
(A) 用いた資料
 公共用水域水質測定結果、化学物質環境安全性総点検調査結果および新聞報道記事。
 
(B) 整理方法
 測定結果と基準値もしくは評価値を比較した。また、新聞報道記事における関連記事をチェックした。
 
(C) 整理結果
 平成11年環境省調査:柳川市沖で2.4ピコグラム/Lのダイオキシン
 平成12年福岡県調査:大牟田川で350ピコグラム/Lのダイオキシン
 平成10年九州大学調査:福岡県沖で海水中38.7ナノグラム/L、底泥中39.4ナノグラム/1g乾泥のTBT
 平成11年九州大学調査:タイラギの生殖腺中30.4ナノグラム/1g、アサリの個体から最高で89ナノグラム/1gのTBT
 平成10年九州大学調査:大牟田市沖でインポセックスを起こしたイボニシを発見
 
(D) 結果の見方
 ダイオキシンの環境基準値は、1ピコグラム/L
 
(E) 評価基準
・最近5年間で(環境)基準値もしくは評価値を上回っていないこと。
・最近5年間で奇形等異常個体の報告例がないこと。
・長近5年間で有事物井が原因で個体数が減少もしくは姿を消した種の報告例がないこと。
 
(F) 評価
 直近5年以内に基準値を上回っている項目があり、さらには奇形等異常個体が発見されていることから、評価は×である。
 
 
(6) 底層水の溶存酸素濃度(生態−6)
 
(A) 用いた資料
 福岡県、熊本県、佐賀県、長崎県の公共用水域水質測定結果および各自治体が実施している浅海定線調査を使用した。
 
(B) 整理方法
 貧酸素水塊が海湾の面積に占める割合を算定する。ただし、ここでは次式に示す手法で簡易的に貧酸素水塊が占める割合を算定するものとする。
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1ヶ月ごとの下層のデータを対象に全サンプルを単純平均することにより算定した。
 
(C) 整理結果
(拡大画面: 50 KB)
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図II-32 DOの経年変化(下層のサンプルの単純平均)
 
 
(D) 結果の見方
 夏季の最低DOをみても、あまり3ml/Lを下回るような貧酸素水塊はみられない。
 
(E) 評価基準
貧酸素比率が最大で50%を超えないこと。
 
(F) 評価
 貧酸素比率が最大で50%を超えていないため、評価は○である。
 
 
3.1.2 物質循環の円滑さを示す項目
(1) 滞留時間と負荷に関する指標(物循−1)
 
(A) 用いた資料
 必要なデータは、海湾の平均滞留時間、負荷量および海湾の容積である。しかし、調査や文献が無かったため、淡水の平均滞留時間を淡水流入量および海湾の平均塩分より簡易的に算定した。
 
(B) 整理方法
 海湾に流入する負荷量が適正であるか、過大/過小であるかを判断する指標として、次式に示す指標を導入する。
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 Fは物質の負荷量、γfは淡水の平均滞留時間、Vは海湾の容積を示す。このC0は濃度の次元を持ち、流入負荷量起源による物質の湾内の平均濃度とも言える。これを用いることにより異なるスケールや異なる海水交換特性を持つ海湾での平均濃度を同等に評価する。このC0を算定することにより湾の規模や海水交換を考慮した上での海湾固有の負荷量を評価した。
 
(C) 整理結果
表II-13 C0の算定
  有明海
τf(月) 4.1
湾容積(km3) 34.0
COD 負荷量(t/day) 47
C0(mg/L) 0.17
T-N 負荷量(t/day) 31
C0(mg/L) 0.11
T-P 負荷量(t/day) 1.8
C0(mg/L) 0.007
 
 
(D) 評価基準
各水質項目のC0以下の基準値を越えないこと。
COD: 0.2mg/L   T-N: 0.2mg/L   T-N: 0.02mg/L
 
(E) 評価
 いずれの項目も、基準値を超えていないため、評価は○である。
 
 
(2) 潮位振幅の推移(物循−2)
 
(A) 用いた資料
 気象庁の潮位表を用いた。
 
(B) 整理方法
 大浦、三角、口之津、長崎、枕崎における各検潮所での朔望平均満潮位(大潮時の満潮位の平均値)と朔望平均干潮位(大潮時の干潮位の平均値)の差をとって潮位振幅とし、その推移を整理した。
 
(C) 整理結果
 整理した結果を図II-33に示す。
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図II-33 潮位振幅の推移
 
 
(D) 結果の見方
 潮位差が下降している傾向が見て取れる。原因としては、潮汐流の大きさの低下が示唆される。当然のことながら、潮汐流が弱くなることにより、海水交換が悪くなっていることが考えられ、物質循環への影響が懸念される。
 
(E) 評価基準
潮位振幅の減少が10年間で5cm以下であること。
 
(F) 評価
 潮位振幅の減少が10年間で5cm以上であるので、評価は×である。
 








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