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(2) 物質循環の円滑さ
 海湾内の物質循環過程の調査を行い、物質収支としてまとめ、どの過程が対象海湾内の物質循環の円滑さを阻害しているかについて検討する。
 
(A) 負荷、海水交換(滞留時間と負荷に関する指標(物循−1)、潮位振幅の推移(物循−2))
海湾に流入する負荷量が、その海湾の海水交換能力と比べて過大であり、海湾内の水質環境に大きな影響をおよぼしている可能性がある。
 潮位振幅の減少は海水交換能力の低下を意味する。さらに潮汐流が弱くなることによって、堆積物の分布等にも影響を及ぼすことが推測される。
(i) 海水交換能力
 海水交換能力を総合的に評価する方法としては、湾口部での詳細な流動および潮位の調査や、流動シミュレーションによる検討調査がある。後者は気象や埋立て等による海湾容積および地形の変化など下記の要因を考慮した流動シミュレーションを実施し、海水交換能力の変化を把握することができる。流動シミュレーションを行うには数値モデルとそれを使用するための特別な知識が必要となるため、有識者からの助言を得て実施する必要がある。
(ii) 気象要因
 淡水流入量は気象条件によって変化する。多雨の年においては、当然ながら海湾に流入する淡水は多くなる。さらに、風の条件も海湾の流系を支配する要因となる。このような気象要因からなる流系の変化が海湾の海水交換能力に変化を及ぼすと考えられるため、気象要因の調査を行う必要がある。
 調査方法は、該当海湾近郊のアメダス地点のデータを収集し、経年的な降水量の比較を行い、海湾に流入する淡水量変化の検討を行う。さらに、同じデータから風速・卓越風向の経年変化を検討する。
(iii) 海湾の埋立履歴
 海湾内の埋立ての進行に伴って潮位振幅の減少が見られることから、埋立て面積の増加が原因の一つであると考えられる。一般に閉鎖性海湾の潮汐は、湾口から入射する潮汐波と湾奥での反射波が共鳴することにより増幅され定在波的に振舞う。その結果湾口で潮位振幅は小さく、湾奥で潮位振幅は大きくなる特徴を持つ。ところが、埋立等により湾口と湾奥の距離が減少することにより、この共鳴の程度が小さくなり潮位振幅が小さくなると考えられている。そのためにも、海湾における埋立の程度を把握しておくことが必要となる。
 調査方法としては、年代ごとに埋立面積の変遷を整理し、潮位振幅の推移を比較することにより、潮位振幅の減少の原因を探る。
 
(B) 基礎生産(透明度(物循−3)、プランクトンの異常発生(物循−4))
 一般に赤潮のようなプランクトンの異常発生は富栄養化の進行を示す指標とされているので、一次検査で不健康とされた場合は対象海湾が富栄養化していることを意味する。プランクトンの異常発生は漁業被害を引き起こし、海域の除去能力を減少させるだけではなく、異常発生したプランクトンが底生系に沈降・堆積し底質悪化を招く原因にもなる。また、間接的な要因としては、二枚貝等プランクトンの捕食者の減少が赤潮を長期化させる原因であることも指摘されている。
(i) 透明度の支配要因の特定と変動要因
 対象海湾において、透明度を決めている最も支配的な要因を特定する。一般的には、富栄養化海域では植物プランクトンを含む懸濁態有機物であり、有明海のように底泥の巻きあがりが激しい海湾では鉱物由来の懸濁粒子であると考えられる。この特定のためには、透明度とこれら支配要因物質との相関関係を調べ、相関関係の強いものを支配要因と特定する。
 透明度の支配要因を特定した後、何故対象海湾で透明度が変化したかについて調査を行う。支配要因とその変動に関わる項目の経年的な変動について既存データがあればそれらの整理を行う。既存の調査結果がない、もしくは不足している場合は現地調査を行う。調査項目は、富栄養化進行型海湾の場合は、主に植物プランクトンを含む懸濁態有機物の変動に関わる項目で、透明度、光量子、植物プランクトン、懸濁態有機物濃度、Chl-a濃度、栄養塩濃度等であり、鉛直方向に多層に観測層を設ける。懸濁粒子の巻きあがり型海湾では、主に懸濁粒子の巻きあがりに関する項目で、透明度、懸濁粒子量、鉛直循環の強さ等である。
(ii) 赤潮発生と各種要因との関係
 赤潮発生時期の気象データ、水温、栄養塩濃度の整理を行い、赤潮発生と各種要因の関係について把握する。気象データはアメダスデータから日射量や気温、降水量等を利用することができる。水温および栄養塩濃度については、公共用水域水質測定結果や浅海定線データを用いる。また、「生態−1」や「物循−7」の漁獲続計データを参照し、プランクトンの捕食者との関係についても整理を行う。
(iii) 基礎生産力
 この項目の本来の目的である基礎生産力について調査を行う。変動に関わる項目の経年的な変動について既存データがあればそれらの整理を行う。既存の調査結果がない、もしくは不足している場合は現地調査を行う。調査項目は、透明度、光量子、植物プランクトン、動物プランクトン、Chl-a濃度、栄養塩濃度等であり、鉛直方向に多層に観測層を設ける。富栄養化進行型海域の場合は、(1)の調査項目と同様になる。調査は最低でも四季行うことが望ましい。
 
(C) 堆積・分解(底質環境(物循−5)、底層水の溶存酸素濃度(物循−6))
 海湾内の調査点において底質環境の悪化もしくは無酸素状態(0.5mg/L以下)が観測されているということは、底生系環境において生物が排除され、上層から沈降し底泥に堆積した有機物が速やかに分解せず、底泥からのリンの溶出増大等、海湾内の物質循環が円滑ではない状況を表している。
 富栄養化海域では、異常発生したプランクトンの死骸や排泄物等が底層に堆積し、その分解過程で酸素消費が増大し、上層からの酸素供給量を上回ってしまうことが起こる。さらに、底層が貧酸素化することにより、底生系生物が減少し水中の懸濁態有機物や堆積物の除去能力が減少するため、貧酸素化しやすくなる“負のスパイラル”現象が生じることもある。このような状態が、底層環境を悪化させ、無生物化を引き起こると 考えられる。
(i)躍層の出現状況
 無酸素化の物理的発生要因である躍層の出現状況について現地調査を行う。無酸素化が生じる時期に、水温、塩分、流動の鉛直観測を行い、躍層の出現状況について把握する。また、環境悪化の原因が、底層海水の流動の停滞によるものかどうかについても確かめる。
(ii)生産層の状況
 海域における酸素供給過程のもっとも大きな役割を担う基礎生産の状況について現地調査を行う。光量子、植物プランクトン、栄養塩濃度、溶存酸素濃度の鉛直観測を行い、生産層および生産量について把握する。調査時期は、躍層の出現状況の調査と同時期とする。
(iii)水中からの沈降量
 セディメント・トラップを用いて上層からの懸濁物沈降量および沈降物の組成を測定する。調査時期は、躍層の出現状況の調査と同時期とする。
(iv)底層における堆積物分解状況
 底泥の有機物含有量調査、酸素消費速度実験を行う。調査時期は、躍層の出現状況の調査と同時期とする。
(v)底生系生物の出現状況
 懸濁態有機物の除去に影響する底生系生物の出現状況を調査する。調査時期は、躍層の出現状況の調査と同時期とする。また、「生態−5」の結果を参照し、有害物質による汚染の履歴についても調査を行う。
 
(D) 除去(底生系魚介類の漁獲推移(物循−7))
 底生系魚介類の漁獲が減少するということは、海湾内、特に底泥内にかつては系外へ持ちだされていた物質が蓄積されていくことを意味する。
 ここでは、一次検査では除外していた藻類養殖についても考慮し、湾内からの除去についてより詳細な検討を行う。ただし、藻類養殖については、海域により施肥を行っている場合があるので、単純に漁獲量を除去量として評価できない可能性があるので、注意が必要である。調査方法としては、漁獲量を炭素、窒素、リン等の元素量に換算し、海湾内の物質循環諸過程の物質量との比較を行う。
 また、必要に応じて、大きく漁獲高が減少した魚種について減少要因の調査を行う。調査方法は「生態−1」の精密検査項目に準ずる。
 
(3) その他
 ここでは、【生態系の安定性】【物質循環の円滑さ】の各調査項目が再検査においても“不健康”であると判断された場合の精密検査の調査内容を記述した。しかし、日本沿岸の閉鎖性海湾の精密検査において、上記の調査項目で充分であるとは言えないのが現状である。これまでに挙げた調査項目を基本としつつ、各海湾特有の生態系や物質循環について、現場を熟知している水産試験場の職員等が検査項目を検討した上で追加・変更する等、より目的に沿った調査内容となるようアレンジすることも時として必要であると考えられる。
 
2.4 総合評価
 総合評価は、二次検査の精密検査まで行われた後に、基本情報を踏まえて、海湾の健康状態を最終的に評価するものである。一次検査で不健康と診断され二次検査の精密検査まで行った場合でも、基本情報を考慮することにより健康と評価される可能性もある。総合評価は、非常に高度な判断を必要とすることから、学識者で構成された検討委員会等によって評価を行うことが望ましい。
 海湾の健康状態を総合的に把握した後は、健康の維持・管理、不安定要素の排除・改善、環境改善及び環境修復といった方策を検討する必要がある。








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