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自然と文化 第68号(ぼくの日記帳は、カメラだった。)

 事業名 観光資源の調査及び保護思想の普及高揚
 団体名 日本観光振興協会 注目度注目度5


◎神々の御座す場所◎
 赫霊殿は厦門の港に近い場所にある。文化大革命期に箒の工場となった祠廟である。祠廟としての機能を失ったあと、転々と用途が変わってきた。箒の工場も長続きせず、まもなく居民委員会となった。その後、あるものは店を開き、あるものは工場を構え、あるものはここに住んだ。しかし、何れも長く続くことはなかった。その中の経営者には、亡くなったり、交通事故に遭遇したものがいるという。住まいを奪われた神が怒りを露にしたに違いない。その結果、1997年に祠廟として完全に回復し、現在では盛大な廟会が催されている。結局、神はもとの鞘に納まったわけだ。(図[4]写真[6])
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図[4]赫霊殿
1999年に房地産管理局により、屋根が修理され、現在の姿になった
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写真[6]修復以前の赫霊殿
祠廟として回復した1997年当時の様子
 こういった話はよく耳にする。神々にはそれぞれ持ち場ともいうべき、居場所がある。多くは、街路の突き当たりなどの象徴的な場所に立地する。現在、回復している祠廟は「厦門志」(清道光年間)に記載された数の半分にも満たない。しかし、こうした立地にある祠廟の存在感はきわめて大きい。祠廟が破壊される前の様子に思いを馳せると、至るところで祠廟に出くわしたはずだ。人々にとって、迷路状の街路からなる厦門のランドマークともなっていただろう。(写真[7])
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写真[7]ランドマークとなる祠廟
祠廟は微地形をうまく読み取りながら、象徴的な場所に立地している
 我々の視点から見ると、アイストップとなり目を引く祠廟。逆に神々にとっては、周囲を見渡せる場所である。単に象徴的な場所といっても、地形の起伏が豊かな厦門ではその立地条件は様々だ。そして、神々が鎮座する場所は祀られた神が何を司っているのかを暗示しているのである。(図[5])
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図[5]「厦門志」に記された祠廟の分布
地図は都市改造がなされる以前の1908年の状態
 [厦門志」には、祠廟ごとに祀られている神仙が記されている。当時、厦門の祠廟に祀られていた神仙は圧倒的に媽祖が多い。航海の守護神である媽祖は、海が見える場所に住まいを構える。したがって、多くは海岸線に面して分布している。冒頭で紹介した媽祖宮の建物は1930年代初頭に建て替えられたものである。階段を上ると街路がクランクしており、その突き当りに媽祖宮がある。媽祖宮の前に立つと海が一望できる。建物が建て替えられても、媽祖は航海の安全を見守っているのだろう。
 今日では、埋め立てなどにより、かつてと海岸線が異なる場所がある。このような場所では、かつて媽祖が祀られていた祠廟は回復していないものが多い。海が見渡せなくなったことと関係しているのかもしれない。
 日本でもおなじみの関帝は、厦門では二つの顔がある。一つは、武神である。清朝が王室の守護神としたというように、武神としての関帝を祀った武廟は城内に置かれている。城砦の中央に置かれた役所である提督衙門の前に位置し、あたかも門番をしているようである。もう一つの顔は、財神である。財神として関帝を祀った関帝廟は、かつて定期市が立った街路に面する。海を眺めている媽祖とは異なり、「海を背にして、街に面す」のである。
 厦門を俯瞰する神もいる。彼の名を元武という。「眺望が良い」、「全城を俯瞰できる」と「厦門志」に書かれた元武を祀った祠廟は、小高くなった丘の頂に鎮座している。
 また、厦門島の土地神のはじまりとされる神がいる。土地神とは、その名の通り土地の守り神である。なるほど、その場所は城塞の外側に展開した厦門市街のへそにあたる。そして、地形も小高い丘になっている。
 このように眺望が利くような場所に祀られる神がいる一方、下り坂のどん詰まりに祀られる神もいる。その神は石獅王、石獅爺と呼ばれる。石で獅子を形作ったものだ。魔除けに効果があるとされ、沖縄などで見られる石巌当と同様であるという。地形的に低いT字路や三叉路の突き当たりに置かれるのは、こうした場所に悪い気が宿るといわれるからだ。安静な居住環境を見守っているといえよう。(図[6]写真[8])
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図[6]三叉路の突き当たりに置かれた石獅王
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写真[8]石獅王
住居の壁に接して置かれた石獅王は悪い気が入ってくるのを防ぐ
 神々はそれぞれの任務に適した場所に住まいを構え、都市を傍観しているのである。








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更新日: 2017年10月14日

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