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[連載] 厦門福建省の建築・都市文化[2] 都市を見守る神々
恩田重直
 
 今日は、旧暦の3月23日。航海の安全を見守る女神、媽祖の生誕日だ。港を一望できる立地にある厦門の媽祖宮は、朝早くからにぎわいを見せる。供え物を手にしたおばあちゃんたちが次々と媽祖宮に吸い込まれていく。こぢんまりとした廟は人が溢れんばかりだ。普段は見たことのない供え物を置くテーブルが廟の前の街路に出されている。おばあちゃんたちに続き、中に入ると神前にはすでに、整然と供え物が並べられている。色とりどりの果物、飲料、そして亀をかたどった紅い餅。一年間の健康、そして平安を祈願して今日のためにこしらえられた紅い亀たちは今にも、海に向かって歩き出しそうだ。媽祖宮を管理しているおばあちゃんたちの表情もどことなく緊張がみなぎっている。この日、お参りに来る人は途切れることを知らない。(図[1]写真[1][2])。
図[1]媽祖の生誕祭
1997年4月29日(旧暦3月23日)に厦門の媽祖宮で開かれた媽祖の生誕祭
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写真[1]媽祖宮へと続く街路
生誕祭の当日、朝早くからおばあちゃんたちが集まってくる
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写真[2]神前に並べられた色とりどりの供え物
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 媽祖は民間信仰から生じた道教の神だ。一説によると、媽祖は実在し、生前は霊験あらたかな巫女であったという。彼女の死後、信仰していた人々によって、廟が建立された。生誕地は福建省の田県である。田県州島には、媽祖廟の総本山とも言うべき祠廟がある。州島は厦門から東北へ120キロほど離れている。厦門の媽祖宮ももとをただせばここから派生したものである。航海を守護する神であるから、交易で栄えた厦門には媽祖を祀った祠廟が多い。(図[2])
図[2]福建省南部の地図
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 媽祖信仰は世界に広く分布している。台湾、香港をはじめ、マレーシアやシンガポール、サンフランシスコのチャイナタウンなどなど。華僑・華人たちが居住する場所には必ずあるといっても過言ではないだろう。中国大陸から海を渡った華僑・華人たちとともに、媽祖も航海の安全を見守りながら、異国の地に根を下ろしたのだ。神々は、人々の生活と切り離すことはできない。
 道教の神々は何も媽祖だけではない。ほかにも、いろいろな役割を司る神々がいる。それぞれ人々の篤い信仰を受けているのである。これらの道教の神々が祀られているのが祠廟だ。
 中国において、宗教施設は数多くある。仏教の寺院、一族の祖先が祀られる宗廟、かつて国家的な祭祀が行われた壇、イスラム教やキリスト教の教会など、挙げればきりがない。その中でも、道教の神々が祀られた祠廟は人々の暮らしと深く結びついている。また、かつては地方官から民衆まで幅広い階層の人々に利用された施設であった。そして信仰以外にも、社会単位の核として機能したり、祠廟の前で市が開かれたり、様々な機能を併せもつ施設だったのである。そしてなにより、今日でも人々の信仰は絶えることを知らない。
 しかし、今日に至るまでには紆余曲折の歴史があった。








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