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訪問看護 ステーション千代田から [34]
ご家族の介護に学ぶ
―痴呆症状をもつAさんを抱えるご家族の場合―
 
所長 池 田 洋 子
 
 千代田区では、新年度を目指して在宅医療研究会が発足することになりました。痴呆の方の治療やケアをきっかけに、各施設や家庭で起こる問題点を考え、また在宅ケアを支える職種の連携を図ることが目的です。
 高齢者を抱えるご家庭では、痴呆は大きな問題です。ステーション千代田でも痴呆を抱えるご家族から訪問看護のご依頼を受けます。その中のお一人、 3年ほど前から訪問看護をご利用いただく痴呆症状のある女性と、そのご家族の看護の姿勢をご紹介したいと思います。
84歳のA子さんの場合
 A子さんは数年前にご長男を亡くされたことをきっかけに、痴呆症状が認められるようになりました。同時に機能低下もあり、身の回りのことも介助を要するようになりました。そしてその介助のほとんどが長男の妻の役割となりました。A子さんはもともと無口で静かな方です。そのためか他人との交流を持つことは苦手のようで、ご家族に対しても同様でした。長男の妻による介護が始まり1年が経過した頃、在宅介護支援センターからの紹介で訪問看護を始めました。A子さんはとくに内科的な疾患もなく、ただ痴呆症状が徐々に強くなり、そのための失禁、徘徊がみられ、ご家族は戸惑いと疲労を感じておられました。身体的には安定しているとはいっても、高齢の方ですから身体状況を確認し、実際にケアを行いながらその方法をアドバイスいたしました。
 失禁や放尿、徘徊といった行動が度々あり、その都度ご家族は洗濯や掃除に明け暮れていました。しかしこのご家族は、どんなことがあってもA子さんを怒ることはしませんでした。失禁を見つけても「あらおばあちゃんおしっこしちゃったのね。じゃあ片付けましょう」といった具合でした。また朝起きてみるとシーツがぼろぼろに引き裂かれていることもあり、あるときはオムツが引き裂かれ、部屋中雪が降ったようになっていることもありました。それでもご家族は部屋を片付け、A子さんの衣類を洗濯し、食事介助をしました。お孫さんもこのような出来事にユーモアを持って接し、デイサービスとの連絡帳の通信欄には「うちのおばあちゃんは今日も元気です。今朝はシーツを引き裂けるほどのパワフルなおばあちゃんです。」と記録していました。大変なことでも決して悲壮感もなく、明るく接することのできるご家族でした。
A子さんのみせた変化
 このような生活が1年以上は続いたでしょうか。徐々にA子さんに変化が認められるようになりました。食事やおやつを勧められると、ご家族との交流も苦手だったA子さんの口から「あなたもいかがですか」、「ありがとう」という言葉が聞かれ、失禁した時には「お世話になります」そして時にはユーモアのある会話も交わすようになったのです。このような言葉を聞くとご家族も喜ばれ、「おばあちゃんて本当はかわいい人なんだ」という思いを実際に言葉にして「おばあちゃんはかわいいね」とA子さんに伝え、さらにより多くの声かけをするようになりました。それからのA子さんは表情も豊かになり、笑顔も多く見せるようになりました。失禁や徘徊が治ったわけではありません。しかしそれまでの無表情から、豊かな表情のあるA子さんへと変わったのでした。今では、訪問看護を始めた頃のA子さんには見られなかった穏やかな表情が見られるようになりました。
 A子さんをここまで変えたのはご家族の愛情あるかかわりだと思います。私は痴呆の方への関わりをこのご家族から学びました。A子さんは今日もご家族に見守られ、パワフルに過ごし、ご家族もA子さんのケアを日常生活のひとつとして受け止めて過ごしておられます。








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