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セミナー報告
「痴呆とは何か」
―その理解とかかわり―
講師 竹中 星郎先生 放送大学客員教授
高齢社会の特質と痴呆
 高齢社会とは、65歳以上人口が14%を超えたことをいいますが、その中核は、80歳、90歳代の増加です。この年代をどう生きるかは人類にとって新しいテーマです。痴呆の出現率も60歳代では1%以下ですが、80歳以上では20%を超えます。
 高齢者における痴呆性疾患の9割はアルツハイマー病と血管性痴呆ですが、75歳以上に多いアルツハイマー病が近年は増加しています。アルツハイマー病はいまだその発症のメカニズムの解明や治療法の確立がされていませんが、21世紀前半までに解決されるという期待が高まっています。
痴呆の方はどんな世界に生きているのか
 痴呆の状態にある方は、自らの内界を言語化できないことが私達との壁になり、その世界を認定することは難しいことです。そこで、特徴的な行動を通して痴呆の世界を考えてみます。
1) 鏡の中の自分に話しかける
2) 道に迷う(徘徊)
3) 盗られ妄想
 1) の鏡症状は、鏡像が自分だと認識できないといわれていますが、他の人の鏡像を認知できたり、必ず決まった鏡の前で話しかける特徴があります。単に自分と分からないだけではないようですが、そこからは踏みこめません。
 2) の徘徊する人は、地誌的健忘だけでなく、状況をみて自分の行動を判断したり、間違っているのかもしれないと検証して修正するような高度な精神機能が障害されているのです。単に道に迷うのが痴呆なのではなくて、道に迷ったのではないかと検証することができないことが、痴呆の本質なのです。ですから自宅近くの地理を忘れて道に迷ったりするのに、住所や電話番号は覚えています。このちぐはぐさは記憶のことに限りません。欠落(できないこと)と保持(できること)が極めてアンバランスに混在しているのです。
 3) 盗られ妄想は老年期の妄想として特徴的です。記憶障害が関係するとみなされがちですが、特定の身近な人(嫁やヘルパー等)が犯人だといって攻撃することが特徴です。この妄想の核には、自分の立場とか役割を脅かされるという危機感があり、人格の反撃と考えられるケースが多くみられます。
脳も心もみる
 今までの精神医学では、妄想は心の異常であり、痴呆のような脳に障害がある人は除外してきました。しかし、痴呆という障害をもった人でも心理的な反応はあるのです。痴呆の人にも心があると考えれば、怒りや悲しみ、戸惑い、不安があり、そして妄想も生じるのはあたりまえではないでしょうか。
 痴呆は記憶障害、見当識障害、あるいは計算力低下のような欠落という側面で論じられますが、そうした障害をもっていながら、その人なりの判断力、あるいは感情、人格は保持しているということを見据える必要があります。そうするといろいろな場面で、それらが入り混じり反応を起こしながら生きているということが見えてきます。
痴呆の介護
 痴呆の介護をしている人に共通してみられる問題は、発達段階の子どもに対する訓練を高齢者や痴呆の方にそのまま当てはめることです。子どもは「できないこと」が「できる」ようになっていきます。ですから訓練が必要です。ところが高齢者や痴呆の人は「できていたこと」が「できなくなる」のです。それに必要なのは訓練ではなく、援助、サポートです。それも孫が来訪した時「A子ちゃんが来ましたよ」とあらかじめ名前を教えるような、ささやかな援助です。介護とは障害をもった人の生活を支える営みであり、病気の側面に必要な治療や看病(看護)とは違うからです。痴呆がある人にとっては、日々の安心がもっとも大切なことではないでしょうか。
80歳以降をどう生きるか
 高齢者対策は、現在国の財政や介護問題などの観点で実施されていますが、肝心な高齢者自身の視点からの検討は、十分にはされておりません。臨床の現場では「長生きをしすぎた」「生きていても甲斐がない」などの声をよく耳にします。必ずしも長生きが幸せに通じない日本の現状に対して、80歳から90歳をどう生きるのか、そしてその人らしい生を全うできる看取りも真剣に考えてゆくべき大命題だといえます。
 その意味で、人生の最後の段階に痴呆という障害を背負った人をどのように支えるかは、その社会の質を反映していると私は考えます。弱者が生きやすい社会は、健常者にとってもよい社会なのですから。
 
 
 
      医療と福祉の現場で働くボランティアのための
ヘルスボランティア講座
●プログラム
第1回 5月15日(水) 10:00-15:30
 「ボランティアとコミュニケーション[1]」
 講師 丸屋真也 (財)ライフ・プランニング・センター臨床ファミリー相談室長
 「ボランティアの心」
 講師 野村祐之 青山学院大学講師
第2回 5月22日(水) 10:00-15:30
 「ボランティアとコミュニケーション[2]」
 講師 丸屋真也
 「病む方々とともに」
 講師 紅林みつ子 訪問看護婦
第3回 5月29日(水) 10:00-15:30
 「心の痛みにこたえる―スピリチュアルケアを中心に」
 講師 賀来周一 キリスト教カウンセリング・センター相談室長
 「病院が変わるボランティアが変える」
 講師 隅恵子 フリーライター
第4回 6月5日(水) 10:00-15:30
 「ボランティア活動の実際」
 講師 北川輝子 LPCボランティアコーディネイター
  福祉、医療分野での活動ボランティアの方々
 「援助の心得と技術」
 講師 小沼美奈子 都立北療育医療センター理学療法士
第5回 6月19日(水) 13:00-15:30
 (修了式)
 「ボランティア活動は明日を拓くちから」
 講師 日野原重明 LPC理事長
 「加齢と機能喪失―援助に役立てる医学知識―」
 講師 道場信孝 (財)ライフ・プランニング・センター研究教育最高顧問
●費用 5,000円(LPCの会員でない方は他に年会費として4,000円)
●会場 (財)ライフ・プランニング・センター
  健康教育サービスセンター
●お問い合わせ・お申し込み
  〒102-0093東京都干代田区平河町2-7-5砂防会館5階
  電話(03)3265-1907ファックス(03)3265-1909








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