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病院ボランティア導入が「病院を変える」
―ボランティアの本を創る過程で出会った方々
医療ライター 隅 恵子
病院ボランティアの本は東大病院取材がきっかけ
 
 今年の春,「病院が変わる ボランティアが変える」(はる書房刊,03-3293-8549)という本が出版されました。朝日新聞の書評ページなどでも取り上げられましたからご存じの方も少なくないかもしれません。編著は東大病院ボランティアコーディネーターの渡邊一雄さんです。この本は,渡邊さんのご経験をまとめた第1部,渡邊さんと他のボランティア団体のコーディネーターの方々による座談会をまとめた第2部,全国11団体の病院ボランティアの活動をまとめた第3部から構成されていますが,私は医療ライターとして第3部の取材と執筆を担当しました。今回は私が感じた病院ボランティアの可能性についてご報告します。
 この本の編著者である渡邊さんは,岩手県立大学社会福祉学部教授が現職ですが,もともとは三菱電機の猛烈営業マンでした。三菱セミコンダクターアメリカ社長としてアメリカで生活されたことがきっかけで,アメリカ社会に根付くボランティアの世界に魅せられ,以来フィランスロピー(企業の社会貢献)やボランティアの実践をライフワークにしているという方です。この話は「体験的フィランスロピー」(創流出版)という本にも詳しくまとめられています。
 私が初めて渡邊さんにおめにかかったのは,東大病院のボランティア導入時の平成6年,医療雑誌の取材でしたが,ボランティア導入に際しての渡邊さんの仕掛けがユニークでした。日本百貨店協会の協力を得て,百貨店の店員に,東大病院でボランティアをやってみませんかと声をかけたのです。接客のプロに病院の外来での案内ボランティアを呼びかけたことはマスコミにも注目され,ボランティア希望者も600人を越えました。
 私は当時,病院経営などについて取材をしていましたので,病院ボランティア導入が病院づくりにどのように影響するのかと興味を持っていました。またボランティアというと学生か中高年世代が多いというイメージがありましたが,20〜40代の,私と同じ世代にボランティアを呼びかけているという点にもひかれました。ただ,この時点では病院ボランティアは,私にとって取材テーマの1つにすぎなかったのですが,この本の取材でボランティアというのは実に奥が深いと思いました。
 取材した団体は11団体です。特定の病院で活動しているものが6団体,病院の枠を越えて活動しているところが5団体ありました。特定の病院で活動をしている場合,活動内容はその病院がどこまでボランティア活動を受け入れられるかで違ってきます。日本で最もボランティア導入が早かったといわれる大阪の淀川キリスト教病院は,外来案内,病棟での看護補助,庶務,リネン関係などのお手伝いなどさまざまな形でボランティアを受け入れています。また日本初の独立型ホスピスであるピースハウス病院でも,末期の患者さんやご家族の話し相手など,ボランティアがホスピスケアの中で果たす役割は大きいことを実感しました。ちなみにピースハウスではボランティア講習会の受講が活動の条件に入っており,役割が大きい分,それなりの心構えを持ってもらえるよう配慮していました。
 ボランティアを導入して間もない病院では,まず外来に配置して,少しずつ活動を広げていきたいという展望を持っているのですが,日本ではまだ病院ボランティアが一般的ではないため,どの病院も苦労している様子が感じられました。例えば,国立大阪病院の病院ボランティア導入に際して責任者をつとめた中山博文医師は,渡邊さんや日本病院ボランティア協会に導入成功の秘訣を伝授してもらい,病院職員がボランティアに対して挨拶や積極的な声かけをするよう,職員教育を徹底したといいます。ボランティアは自発的な活動ですが,病院スタッフがボランティアに無関心な態度を見せると,ボランティアは活動を続けられなくなってしまうのです。
病院ボランティア導入が病院組織に与えるインパクト
 
 では病院側には導入のメリットがあるのでしょうか。私は「ある」と思いました。中山医師は,ボランティアを導入している病院を見学して,病院の雰囲気がぜんぜん違うことに驚いたといいます。病院ボランティアを導入すると,無償で,笑顔で患者さんに接するボランティアを前にして,病院スタッフもふんぞり返ってはいられなくなるからなのだそうです。「ボランティアは病院に社会の風を運んでくる」というのはピースハウス病院の北川さんの言葉です。中山医師は,「ボランティアを導入して私自身も変わりました。以前は病院の廊下で迷っている人がいると,避けたこともありましたが,ボランティアが導入されてからは,積極的に声をかけるようになりました」。このようなスタッフの意識変容は副産物としてとらえるべきかもしれませんが,ボランティア導入にはここまでインパクトがあるのです。
 個々のボランティアさんの取材で感激したのは,ボランティア歴20年以上という方々のお話を伺うことができたことです。淀川キリスト教病院では,病院ボランティア30年以上という80代の女性,3人にお話を伺いました。生き生きと活動の楽しさを語ってくださったのですが,意外に感じたのは「こんなに楽しいボランティアですが,人には勧めません」というきっぱりとした言葉でした。ボランティアは自主的にやるもの,人に勧めるものではないからだそうです。
 もう一つ,ボランティアってすごいなあと思ったのは,「ボランティア第2段階の成功者の心境」と渡邊さんが発言されたときです。この言葉は,末期の患者さんを看取るピースハウス病院のボランティアの,「患者さんが亡くなられるのは悲しいけれど,そこまでの時間を充実して過ごすお手伝いができたのではないかと思うと満足感がある」とコメントに寄せられたものです。第2段階ということは,第3段階,第4段階があるのか,ステップアップする活動に対してどのような心境にいたるのか,ぜひ知りたいと思いました。
 この本の中で,ボランティア経験豊富な方々に読んでいただけたらと思うのは第2部,渡邊さんと他団体のボランティアコーディネーターの方々との座談会です。ボランティアをやりたいという方々は思いが熱いので,どの団体でも大なり小なり人間関係のトラブルを抱えているのですが,そのトラブルヘの対処法について団体のまとめ役であるコーディネーターの方々に,率直に語り合っていただきました。座談会参加者は渡邊さん,ライフプランニングセンターでボランティア教育にかかわっておられるピースハウス病院ボランティアコーディネーターの北川輝子さん,難病の子供の夢を叶えるお手伝いをしているメイク・ア・ウィッシュ事務局長の大野 寿子さん,そして国立大阪病院の中山医師です。具体的なトラブル解決法について経験をまとめた本はこれまで少なかったと思いますし,この座談会からも病院ボランティアの可能性を感じていただけるはずです。
 この本を購入してくださった病院もたくさんあったと聞いています。この本が一つのきっかけとなって,日本の病院にもっと病院ボランティアが理解され,導入されることを願っています。
 
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