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90歳の朝に
 早朝のまどろみの中で私は夢をみた。
 90歳の誕生祝いを
 家族や友人から受けたあと,
 私は「いのちの旅」の終わりの
 ステージに立ち,
 これから先の幾ばくの時を
 どうしようかと佇んでいる。
 
 「人生の年月は70年ほどのものです。」
(旧約聖書の詩編90編)
 
2500年も前に書かれた
モーセの詩が頭に浮かんできた。
「健やかな人が80年を数えても,
 得ることは苦労と災いにすぎません。
 瞬く間に時は過ぎ,私たちは飛び去ります。」
私のいのちは,90歳になった今,
なお幾ばくかの「時」が許されている。
 
インドの詩人タゴールは,
80歳で迫り来る死の3ヵ月前に
詩をつくり,曲をつけてこう歌った。
 「こんどの私の誕生日に
 私はいよいよ逝くだろう。
 私は身近に友らを求める。
 彼らの手のやさしい感触のうちに,
 私は人生最上の
 恵みをたずさえていこう。
 今日,私の頭陀袋は空っぽだ。
 与えるべきすべてを私は与えつくした。
 その返礼に,
 もし何がしかのものが
 いくらかの愛といくらかの赦しが
 得られるなら。
 私はそれらのものを携えて行こう。
 終焉の無言の祝祭へと
 渡し船を漕ぎ出すときに。」
 
 「人は創めることさえ忘れなければ
老いることはまた楽しからずや」
そう述べた哲学者マルチィン・ブーバーの
教えを受けて
私は90歳からのいのちに向かって
歩きはじめた。
多くの人から祝福を受け,
多くの若い友の支えにも感謝して。
 
若い友人のひとりが
宇多田ヒカルのCDを送ってくれた。
 「ラブ・ユー・フォーエヴァー」
 (あなたを永遠に愛す)
 その言葉をかみしめて,
許された時を精一杯に生き,
時がきたら,風に乗るように散っていきたい,
葉っぱのフレディのように,また良寛のように。
LPC理事長 日野原 重明
90歳を祝うパーティの1コマで
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