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はじまりの春、巡ってきた春
 「また春がきました」という言葉は、アメリカの哲学者バスカーリアが書かいた短い童話「葉っぱのフレディ」の最後の言葉でした。
 この子供向けの童話の日本語訳(童話屋出版)は80万部も売れました。少年犯罪や残虐な犯罪が多発する中で、なぜこの本がこんなに売れたのでしょうか。私たちは漠然とした意識の中で、いのちの尊さを何らかのかたちで子供たちに伝えていかなくてはならないことを感じているからではないでしょうか。この本の中では、人のいのちが葉っぱのいのちのそれぞれになぞらえて、分かりやすく天の理として伝えています。葉っぱのフレディは秋がきて、いよいよ葉っぱが枝から離れなくてはならなくなったとき、不安になって兄貴分のダニエルに死について問いかけます。「ぼくは死ぬことは恐ろしい」。ダニエルは答えます。「その通りだね。まだ経験していないことは、怖いと思うものだ。……でも宇宙のものはみんな変わっていくんだ」。死について子供に問われたとき、どれくらいの人が十分な答をもちあわせているでしょうか。この童話では、死を真正面からとらえ、いつかは誰もが死にゆくこと、そのための心の準備をすること、そしてまたそれを説明するダニエル役の重要さも教えてくれます。私は長年、子供のころから死の教育をするべきだと提唱してきました。そのためには、死を上手に伝える大人の役割こそが重要なのです。
 「死ぬというのも変わることの1つだよ」。この言葉を遺してダニエルは散っていきます。そして寒く厳しい冬が巡ってきます。しかし、あの葉っぱたちは、そのからだは朽ち果てても、大地と溶け合い、樹木の養分となって力を貯えます。やがて春が巡ってきます。葉っぱたちのいのちは、木々の梢から鮮やかな若芽となって甦ります。「また春がきた」それはいのちの循環です。自然と宇宙の理の中で、また新たないのちが誕生していきます。
 私は昨年9月に新老人の会を発足させました。75歳以上の人で、たとえ持病や障害が少しはあっても、心が健やかで、この年齢でも新たに何かに挑戦しようという独創的な志をもつ方々の会にしたいと思ったからです。この世代の人には戦争体験があります。知力も体力も充実した青年期に、常に生死と向き合ってきたのです。私はこの方たちにも、「フレディ」の物語を知っていただきたいと思います。そして上手にご自分の死生観を、孫世代へと伝え遺していってほしいと思います。
 昨年秋、私が脚本を書いたこの音楽劇が、東京の人見記念講堂で上演されました。2000席が満員になる盛況でした。音楽劇を見た子供が「これからは枯葉を踏まないようにしよう」といった言葉を伝え聞き、私は大変感激しました。今年の夏はこの音楽劇が東京と大阪で6回上演されます。私はこれを3世代が一緒に見て、一緒に死を語る機会にしてほしいと願っています。
 10年くらい前、宮城まり子さんの運営するねむの木学園で、ピアノやギターの伴奏に合わせ、無心に踊る子供たちの姿に感動したことがあります。子供たちから発する若いエネルギーは、春の木の新芽や若葉のようにはつらつとしたいのちの輝きを感じさせたことを思い出します。
 LPC理事長 日野原 重明








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