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エッセイ 非行と被害
宮城県警察本部少年課
遠藤 和子
 
 「絶対被害届を出せない。出すくらいなら自殺した方がましだ。」とA子は、仲間に殴られて腫れあがった顔で泣いていた。
 A子は、中学一年の頃から、問題のある先輩達の仲間に入り、家出や無断外泊・怠学・喫煙等々の行為を始め、先輩達のパシリとなり恐喝万引き等の非行を繰り返し、継続補導していた子である。
 「暴走族から抜けたいが、大金を払うか、ボコられるか、どちらかを選ばなければならない。どちらも嫌だし、今までもお金を何回も取られている。被害届を出したらチクったと殺されるかもしれない。」
 B男は、電話の向こうで困り果てていた。 B男は、先輩に誘われるまま、何回か暴走族のバイクに乗って暴走に加わったことから、族の仲間に加わったものと上納金を支払わされていた子である。
 A子の場合、家庭的にも恵まれ、両親もA子の立ち直りのために、仕事を投げ打って努力していたし、私達も又、彼女との面接を繰り返し、彼女を長期間継続補導していた。彼女は私達との約束事を守ろうと、彼女なりの努力はしていたものの、仲間の誘いを断ると学校に押し掛けられたり、待ち伏せられて殴られたり、お金を強要されたりするらしく、だんだん無力感におそわれていったものと思われる。
 両親が環境や友達関係を変えるため、転校をさせることを決断し始めた頃、彼女は家出をしてしまった。一カ月近く経って、中学三年ながら、彼女がバーのホステスとして働いていたところを発見し、ぐ犯少女として家庭裁判所に身柄送致となる。彼女は、仲間から抜けるためには、彼らの手の届かない世界で生きることしかないと思ったと言う。そして、この一カ月間仲間の誘いもなく本当にゆったりとした生活だったとも言う。現に彼女がホステスとして働いていたことを情報網の広い仲間は知っていたが、一度も彼女を呼び出してはいなかった。
 親も学校も、そして警察さえも彼女は信じていなかったと言うことだろうか。中学生を夜の世界で働かせる様な種類の大人しか、彼女は頼るところがなかったと言うのだろうか。
 B男の場合、現在高校三年生であるが、上納金の催促と暴走に出てこいとしつこく言われ、登下校に暴走族の仲間が彼を待ち伏せしている時があることから、親が車で送り迎えしている。時には彼の下校時間帯に警察もパトロールをしており、彼自身も電話に出ることや、休日の外出も控えている。
 逃げ回っていても何も解決はしない事や、今まで恐喝されたこと等について思い切って警察に届けて欲しい事等を説得しても、前述の様に被害届は出したくない、だけど助けてほしいのだと言う。彼も又、私達を信じてくれないのだろうか。
 A子もB男も最初は仲間に誘われ、したい放題、自分達がまいた種とは言え、最後はまったくの被害者である。加害者が被害者であり、被害者が加害者であると言う構図は、こうした子供達の非行の中にも現れている。A子を家裁に送っていく時「遠藤さん裏切ってばかりでごめんネ」と言う彼女に私は、真に救ってやる事が出来なかった自分こそが彼女に「ごめんネ」と言いたかった。
 県内における、本年八月末までの犯罪等による被害少年は六、五一四人に及んでいるが、一見非行少年として私達に補導されている子供達の中にも、A子やB男の様な本当は被害者と呼びたい子供達がいっぱいいるのかも知れない。彼等彼女達が、仲間や先輩達の怖さから、さらに非行を重ねさせないために、勇気を与え、真に頼られる存在であらねばならない。そのための努力をし続けていきたいものである。
 それにしても、A子が施設を出てから他県で元気に仕事を続けている事が、せめてもの慰めである。
(少年相談指導官)








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