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長崎県における海上旅客輸送のバリアフリー化促進に関する調査研究 −提言−
1 バリアフリー化の基本的な考え方
[1]長崎県における海上旅客輸送のバリアフリー化の位置づけ
 長崎県は多数の離島を有しており、20万人近い人々が生活している。本土と地理的に隔絶された離島においては、海上旅客輸送が島民の生活に不可欠な生活航路となっており、架橋によって本土と結ばれた島や半島地区においても、海上旅客輸送がこれに準じる役割を果たしている場合がある。一方、こうした地域では、他の地域に先行して高齢化が進展している場合が多く、離島部には約4万人の高齢者、約1万人の身障者が居住している。
表1 長崎県および離島部における高齢者数・身障者数
  人口 高齢者数 身障者数
長崎県 1,544,934 273,335 (17.7%) 66,621 (4.3%)
離島部 191,488 41,627 (21.7%) 9,898 (5.5%)

注)人口、高齢者数(65歳以上)は1995年、身障者数は1999年()内は当該年の人口に対する比率
資料)「国勢調査」および長崎県資料より三和総合研究所作成
 
 こうしたことから、海上旅客輸送、特に離島航路を道路に準じる基幹的なインフラと捉え、そのバリアフリー化の実現に向けて、事業者の自助努力を待つばかりでなく、行政等の各関係主体が適切な負担を行った上で、一体となって推進していく必要がある。
[2]旅客船事業者におけるバリアフリー化の位置づけ
 これまで旅客船事業者は、海上旅客輸送の特性に基づき安全性の確保が事業運営の大前提であった。今後もこのことに変わりはないが、交通バリアフリー法の制定により、加えてバリアフリー化の実現に対しても責務を負うこととなった。
 旅客船事業者においては、バリアフリー化対応に要する費用負担や船舶の安全性確保のための構造的な制約などの観点から、バリアフリー化を事業運営の新たな制約要因としての側面からのみ捉えがちである。しかし、高齢者・身障者を含めて誰もが利用しやすい航路の実現は、社会的責務を全うするためだけのものでなく、島民の島外への外出行動あるいは島外からの観光客誘致の双方において、需要の拡大にも寄与するものである。
 旅客船事業者は、こうした需要拡大の側面にも注目し、高齢者・身障者等の利用を促進するにはどうすればよいか、という観点からバリアフリー化に対して取り組んでいくことが期待される。
《交通バリアフリー法に基づき公共交通事業者が講ずべき措置》
・新設の旅客施設、車両等についての「移動円滑化基準」適合への義務づけ
・既存の旅客施設、車両等についての「移動円滑化基準」適合への努力義務
・高齢者、身体障害者等に対して必要となる情報の適切な提供(努力義務)
・職員に対する移動円滑化を図るために必要な教育訓練(努力義務)
[3]利用者の視点に立ったバリアフリー化
 バリアフリー化は、高齢者・身障者等が利用しやすくなることが本来の目的であり、そのためには、高齢者・身障者等の利用者の視点に立ったバリアフリー化を実現することが重要である。このため、バリアフリー化への取り組みに際しては、「移動円滑化基準」等の法制度に適合することだけを目標とするのではなく、それを最低限の対応と位置づけ、高齢者・身障者等の利用者のニーズを十分に踏まえつつ、取り組んでいく必要がある。
 その際には、個々の施設がバリアフリー化されていることに加え、移動経路がわかりやすい、移動経路が短いといった点も含めて、「利用者へのやさしさ」に配慮することが重要と考えられる。この点に関して、「公共交通ターミナルのやさしさ指標」を策定した「バリアフリー度評価基準作成のための調査研究事業報告書」(2000年2月、交通エコロジー・モビリティ財団)では、「やさしさ指標」の考え方として、次のように整理している。
(1)移動のしやすさ
 移動経路の短さとわかりやすさ、水平移動のしやすさ、垂直移動のしやすさ
(2)案内情報のわかりやすさとソフトの充実
 適切な案内情報の提供、内容・表示のわかりやすさ、見つけやすさと位置の適切さ
 安心と信頼を生む人的サービス
(3)施設・設備の使いやすさ
 利用者の快適性を向上させる施設・設備の設置、近づきやすさと操作のしやすさ
 これらの項目のうち、「移動経路の短さ・わかりやすさ」「案内情報のわかりやすさ・見つけやすさ」等は、「移動円滑化基準」では必ずしも明示的に規定されていないため、バリアフリー化を進める際、ともすれば見落としやすい項目と考えられる。しかしながら、これらは、旅客船ターミナルや船内の施設配置計画における動線の最短化・最適化など、健常者も含めた「利用者へのやさしさ」の実現において、極めて重要な点である。
[4]高齢者・身障者のさまざまな移動特性・ニーズに配慮したバリアフリー化
 高齢者・身障者における移動の制約は、年齢や障害の種類・程度等によって多様である。
 表2に示すように、乗下船、船内での体調管理・トイレ、港までのアクセス、係員の対応は共通して改善ニーズの強い分野であるが、肢体不自由者では、主に段差等の物理的障壁が問題となるのに対し、視覚障害者では誘導・点状ブロック等の情報提供が重要な点である。また、聴覚障害者では船内係員への依頼のしにくさ、内部障害者では船内での体調管理・トイレが特に問題とされている。高齢者も船内の体調管理・トイレに対する不安が大きい。
 バリアフリー化を進める際には、こうした特性や各地域の利用者ニーズを踏まえ、きめ細かな対応を行っていく必要がある。
表2 高齢者・身障者の船舶利用時の気がかりな点
  高齢者  身障者
肢体 視覚 聴覚 内部
乗下船、(段差解消、床面工夫、手すり設置、スロープ・昇降装置の設置、誘導・点状ブロック、移動経路への雨よけ設置、優先乗船等)
船酔い・体調不安・船内移動・乗船中のトイレ(身障者用トイレ、通路幅拡大、休憩室設置等)
港までの交通手段・港周辺の移動(公共交通改善、駐車場整備、出入口自動ドア化、周辺地区整備等)
切符の購入・乗船時や寄港地等の情報提供(視覚情報・聴覚情報の提供・改善等)
船内係員への依頼しにくさ(係員による介助:乗下船時/船内)

注)判定基準:アンケートで過半の回答のあったもの=◎
〃慨ね1/3の回答のあったもの=○
〃何らかの回答のあったもの=△
[5]既存施設・船舶におけるバリアフリー化の推進
 交通バリアフリー法では、施設・船舶の新設時には「移動円滑化基準」への適合を義務づける一方、既存の施設・船舶のバリアフリー化は努力義務となっている。
 このため、既存の施設・船舶においては、次回の更新時までバリアフリー化が進まない恐れもあるが、一般に船舶は十数年ないしそれ以上の長期にわたって使用されることを考えると、既存の施設・船舶においても積極的にバリアフリー化を進めていくことが必要である。
 その際には、投資規模や利用者ニーズを踏まえ、優先度の高いもの、すぐにできるものから順次行っていくことが肝要と考えられる。本調査で把握した高齢者・身障者のニーズを踏まえると、既存施設においては以下の各点の実現を目標に取り組むことが想定される。
<既存施設・船舶におけるバリアフリー化目標例>
*乗下船時の介助を前提としっっも、車いす使用者および全盲者が乗船できること
(対応施設例)
・港湾:乗船経路全般の段差解消、出入口の自動ドア化、誘導・点状ブロックの設置、点字案内板の設置、券売所の車いす対応化、身障者用トイレの設置、段差を解消した乗降タラップの導入、転落防止設備の設置
・船舶:スロープ板等によるコーミング段差の解消、車いす固定設備の設置、高齢者・身障者等の優先席の設置
*船内で車いす使用者および全盲者が一人でトイレを使用できること
(対応施設例)
・船舶:段差のスロープ化、身障者用トイレの設置、手すりの設置、誘導・点状ブロックの設置、点字案内板の設置
*運航情報等が視覚障害者および聴覚障害者にわかりやすく提供されていること
(対応施設例)
・港湾:音声情報提供設備および視覚情報提供設備の設置
・船舶:音声情報提供設備および視覚情報提供設備の設置
[6]船舶固有の制約条件への対応
 バリアフリー化は、高齢者・身障者等が健常者と全く同様に、誰でもどこでもいつでも移動できることが理想である。しかしながら、船舶は、海上を航行する交通手段であることから、安全性確保のため、コーミングと呼ばれる段差を設けてあったり、甲板の縦方向・横方向に「そり」を持たせてあるなど、法規制によってさまざまな「バリア」の設置が義務づけられている。また、法規制を遵守した上で船全体をバリアフリー化しょうとすれば、船舶を大型化しなければならなくなる。こうしたことから、船舶全体をバリアフリー化することは、法規制の面やコストの面から極めて困難と言わざるを得ない。
 そこで、船舶のバリアフリー化にあたっては、高齢者・身障者の利用に適した「基準適合客席」および身障者用トイレ等のバリアフリー化対応施設を船舶の特定箇所に集中的に配置することが適当と考えられる。なお、その際の留意点として、これらの施設のレイアウトや窓の位置、内装等の工夫によって船内の他の空間との一体感を持たせ、高齢者・身障者等が安心してくつろげる空間となるように配慮する必要がある。
 また、新設の船舶においては、バリアフリー化への対応が船舶全体でなく特定の箇所であるにせよ、バリアフリーの考え方をさらに進め、あらかじめ誰もが利用しやすい構造とする「ユニバーサルデザイン」の考え方に基づいて設計することが望ましい。
[7]ソフト面での対応の充実
 海上旅客輸送のバリアフリー化を進めるにあたっては、ハード面とソフト面の対応を併せて行うことにより、初めてその成果が十分に発揮されることから、ソフト面での対応の充実はハード面と同様に重要である。
 特に、既存の施設・船舶等において、ハード面での対応が不十分な場合(未対応の場合および新設時に対応すべき場合)や、ハード面の対応が行われた後でも安全性の確保が特に重要となる乗下船時(特にボーディングブリッジのない港湾)においては、船員・地上係員等による人的な対応により、ハード面を補完する必要がある。また、船内で体調が悪くなったとき、ターミナルで切符の買い方や乗船口がわからないときなど、何か困ったことが生じたときにも、船員・地上係員等による人的な対応が必要となる。
 ソフト面の対応においては、旅客船事業者の職員(船員・地上係員)による対応が中心となるが、状況に応じてボランティアや一般の乗客による支援も検討する必要がある。
<ソフト面での対応方策例>
・職員への研修によるバリアフリー化に関する意識啓発・知識伝達
・職員の対応マニュアルの整備とその運用
・バリアフリー化未対応箇所や乗下船時等における職員の介助体制の整備
・高齢者・身障者等の優先乗船の実施
・大規模ターミナルや観光航路等における案内・介助ボランティアの配置
・一般市民の意識啓発(特に小規模な港湾・船舶等における介助の代行)








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