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生涯海と遊びたい
ボードセーリング オリンピック強化コーチ 前地 達郎
 暑い暑いと思っていた夏もいつしか終わり、各地から雪の便りが聞こえてきて、一年の早さに改めて驚いています。
 
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オリンピッククラス ミストラル級の日本選手
 
 私は海をゲレンデとしたセーリング競技(専門はボードセーリング)に携わっており国内の競技会などの大会運営や、ナショナルチームの強化コーチをしています。今年からは2004年にギリシャで行われるアテネオリンピックを目指す一男子選手(セーリング競技の中のミストラル級)の専属コーチとして遠征やトレーニングをしています。以前までヨット競技と呼ばれていましたが、ボードセーリング等も含め、今ではオリンピックでもセーリング競技とよばれるようになりました。そのセーリング競技には、各国が威信をかけて争うアメリカズカップのようなレースや、世界を一周するよな大型艇のレースなどから、小学生が一人で乗るオプティミスト級や海の上を飛ぶように走るボードセーリングなどいろいろなクラス(級)があります。この中で現在オリンピックには小型艇を中心に9艇種が採用され各国は次のオリンピックに向けて選手強化をしているところです。日本はどうかといいますと、1996年のアトランタオリンピックでは女子470級で銀メダルを獲りました。またボードセーリングは2000年のシドニーオリンピックで10位と健闘してもう少しで入賞と言ったところでした。ボードセーリングはミストラル級と言って、ボードの長さが3.72メートル。重さが15キログラム、セールサイズが7.4m2の一人乗りです。ボードセーリングは他のヨットと違うところは、舵がなくその代わりにセールが360度自由に動き、その動きで舵の役目もするといったところで、重量が軽い為スピードが出やすく、非常に動きの激しい種目です。レースの形式は海上に1辺が1.5kmほどの四角形になるようマークブイを設置して、全員が一斉にスタートしてそれを決められたコースに従って帆走し、その着順で順位を決めるものが一般的です。1レースの所要時間は風の強さにもよりますが40分ぐらいで帆走距離は10キロメートル、このレースを1日に2〜3レース行い。各レースの着順を単純に合計し、大会日程中に行われたすべてのレースをポイントに置き換え、そのポイントが少ない順に順位が決定されます。したがって1レースだけが良くても駄目で、平均して上位の順位を取ることが必要です。またレースコースには風上に向かうコースや風下に向かうコースが有り、風上にはまっすぐはいけないので風に対して45度にジグザグに走っていきます。風の強さや方向が刻々と変わる海の上では、目に見えない風をその変化として、波の立ち方や他の選手の走りを見て瞬時に判断し自分のコースを決めなければならず、この観察力や判断力が勝敗の分かれ目となってきます。またボードセーリングではセールが自由に動きルールでもそれが認められているパンピング(セールを繰り返して動かして扇ぎ加速すること)をする為に選手は体力も当然必要で筋力や心肺機能を高めるトレーニングも欠かせません。また風の強さに合わせて当然フォームも変わってくるので、ボードのスピードを上げる為にセーリングフォームを船からVTRを撮り、海外のトップ選手との違いなどを検証して調整して行きます。オリンピックや世界選手権等の大きな大会は1週間〜十日間と日程が長く、体力とともに集中力を持続させることの出来る精神力も強くなくてはなりません。そんな意味で遠征先での食べ物や、水、生活習慣にはかなり気を使います。しかし海外でのトレーニングは大会と違ってあまりぴりぴりしたものがなく、いろいろな国の選手が集まって合同練習になることがあり、そんなときの食事はいろいろな民族の自慢料理がそれぞれ出てきて、非常にリラックスした楽しい時間となります。昨年6月にチュニジアでニュージーランド、スペイン、トルコ、フィジー、チュニジア、日本の各選手が合同練習をしたときはそれぞれの国の文化やスポーツに対する考え方などがいろいろな言語で語られ、非常に意義深いものがありました。そのときの夕食は、現地で調達した新鮮な「えび」や「いか」「野菜」などを材料に作ったてんぷらが大好評で、私がちょうど「めんつゆ」を持っていたのでこれまた、これはどうやって作るのか各選手が尋ねてきたほど彼らにとっては新鮮な味であったようです。
 どの国の選手も海外遠征の時にもっとも苦労するのが食べ物をどうするかです。毎日レストランではそのコストがかかりすぎるし、また長期の場合は自炊が多いのですが、その食材の調達には苦労します。ただ最近はどこの国でも大きな町には必ずいろいろな国の食材が売っており、国際化社会の恩恵を実感いたします。またヨーロッパではサッカーがやはり1番の人気スポーツで日本人と見るや、「ナカタ」とか「ニンジャ?」などと話し掛けて非常に陽気です。
 夏休み前にフランスのマルセイユでイギリス、フランス、ニュージーランドの各チームと合同トレーニングをおこなった際、そのベースとなったヨットハーバーで日本には見られない光景がありました。それは小学校や中学校の授業でヨット、ボードセーリングをやっていたからです。
 
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授業で行われているボードセーリング
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小学生低学年 これからヨットに乗る
日本では大学の短期集中講義などであるだけで、高校生にも授業としてのセーリングはまったくありません。それが小学校1年生からそれも授業でセーリングがあるのには驚きました。もちろん学校の担任にあたる先生はあまり得意でない場合もあるので、ヨットハーバーのインストラクター(国家資格があるようです)が、担任の先生に代わってセーリングをわかりやすく、また面白く教えている姿はスポーツ王国フランスならではだと思いました。そのインストラクターに聞くと、毎日いろいろな学校から学年に応じていろいろなクラスがやってきて、セーリングの基本-特に安全と緊急時の対応などをベースにその楽しみ方を教えていると言うことです。またこのような中から興味を持った生徒はそのままハーバーにあるセーリングクラブに入り、授業が終わった後や休日にセーリングをするようになります。そしてその上達の度合いから競技会に出場して、良い成績を残すようになるとナショナルチーム入りとなり、遠征や合宿の費用や学校の授業の免除などの制度がある為、そのもとで活動が出来るようになっています。セーリング競技種目ではフランス国内に3箇所あるナショナルトレーニングセンターのヨットハーバーで練習をして、年に何回かその合同トレーニングキャンプを行い、そのレベルをさらに向上させています。これはセーリング種目に限らず、あらゆるスポーツすべてにおいて共通しており、その確立されたシステムには非常に驚かされました。またこれらはマルセイユだけではなく海に面したフランス全土でのハーバー(日本とは比べ物にならないぐらい数が多い)で行われており、スポーツ文化が国民の生活や教育にも広く浸透していることに日本も見習うべきところが多くあるように思いました。
 
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マルセイユの小学生
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インストラクターと学校の先生、子供達
 
 日本では、いま海が一時期よりきれいになったといわれますが、それは見た目の話であって、実際の水質環境は依然として改善されていない地域が多くあります。また防災の観点から海岸線のほとんどが、高潮などに対する護岸堤防など囲われており、そのため自然の渚は消え、砂や砂利等による自然のろ過浄化作用がなくなり。海岸の生物の体系も変わってしまっています。私が子供の頃は、潮干狩りに行った時など、潮溜まりなどで多くのカニや、ヤドカリなどを捕まえては、遊んでいました。今それが出来るのは海岸線のいったい何パーセントあるでしょうか。堤防は高く、岸壁ばかりでこれでは子供たちも危なくて容易に海には近づけません。今環境が大事であることは小学校の授業でも、多く取り上げられていますが、本当の環境教育は子供の頃の海や山で遊んだその楽しかった経験を基に、自然を大切にする心が育まれるのではないでしょうか。またもし日本もフランスのようにヨットやボードセーリングが授業で行われるようになればまた、海を広くとらえることができ、環境教育という面でもさらに充実したものになるのではないでしょうか。
 日本では雪の多い地方の学校ではスキーが授業で取り上げられているように、今後は海の近くの学校でも環境とスポーツの両面からの、海を教材にした授業が行われていくことによって、自然からの災害に対する危機管理能力や、自然の本当のすばらしさを感じることの出来る子供たちが多く育ってくると確信いたします。
 長期間、海外遠征を選手と共にして、日本に帰って来ると、四季のある日本の風土がやはり私は一番好きであることを実感いたします。また食物、空気、土、水、山、海、どれをとってもすばらしいものばかりです。このすばらしい日本で私は生涯、海と遊びたいと思います。








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