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報告 VII
航海用電子機器の国際基準
片山海事技研事務所 片山瑞穂
1.はじめに
 海上における人命の安全のための国際条約(SOLAS)は、関係者ご案内の通り、1914年国際条約として採択され、1929年に条約の骨子となる構成が決められ、第5章に現在の第V章の基となる航海の安全に関する章立てが行なわれた。1974年に、造船技術の進歩などの情勢に対応して安全規制の強化が図られ、技術革新に即応するために、条約の付属書として対象別の章構成が採択され、この第V章に航行の安全が規定されることとなった。以降、二十数回の改正が重ねられ、第V章関連も整備されて、今日の航海機器の世界共通基準となっている。
 航海機器に関しては、一部の改正は行なわれて来たが、全般的には1992年に10年後を目指した見直し改正提案が出され、以降審議を続けた結果その集大成としてNAV(航行安全小委員会)の第45回から第47回にかけてまとめの段階1こ入り、その大部分の審議が終結し、2002年の7月1日付けで実施されることとなった。
2.NAV47までに話題となった主な航海用電子機器の概要
 
2.1 ECDIS/RCDS及びバックアップ機能
 総称ECDIS(Electronic Chart Display and Information System:電子海図情報表示装置)は、コンピュータ技術と表示技術の発展に伴って、従来の紙の海図に置き換わる装置として提案され、性能基準が採択されたものであるが、基本要素となるデジタイズした電子海図(ENC:Electronic Navigational Chart)は、IHO(国際水路部)の勧告による仕様に従がって各国水路部が担当海域のENCを発行することとなっている。しかし、各国水路部の事情により、ENCの開発が遅れている海域もあり、全世界をカバーするに至っていないこと、更に、ECDIS装置そのものが高級で普及し難いこともあって、制度上、紙の海図に置き換わるには若干の問題点を残していた。
 これに対して、より簡単に電子化出来、一部の国の水路部あるいは私企業でも作成して割合広範囲に普及しているRCDS(Raster Chart Display System)の使用をIMOで認めろとの提案が出て、大論争の結果自船が航海する海域の紙海図を備える条件の下で使用しても良いとの結果となった。
 この結果、SOLASで規定する紙海図と同等と言えるものは、バックアップ機能を持ったECDISとして明文化され、バックアップを持たないECDISも含めその他は、使用しても良いが紙海図と同等扱いにはならないものとなった。さらにRCDSを使用するとしてもENCの存在する海域ではECDISを使わなけれぱならないこととなった。
 
2.2 GNSS
 GNSS(Global navigation Satellite System:全世界的衛星航法装置)については、米国のGPSが既に普及し、ロシアのGLONASSも数年後には全世界海域で利用可能な稼動ができる計画になっており、衛星電子測位装置としての使用が認められた。
 さらに測位精度を上げるためにDifferential方式も含めそれらの性能基準が見直され、一連の性能基準として採択された。
 
2.3 Sound Reception System
 近代の船橋における当直者の作業環境と機械の作動環境の改善から、船橋室内の空調設備も導入され、必然的に外部から閉鎖された構造となる船が増えてきている。
 この様な構造の船橋では、船外の警笛や汽笛などの安全を喚起する音響を当直者が聞くことができない。このため外部の音響(70Hz〜820Hz)を室内に電気的に伝える装置の性能基準が採択され、すべての閉鎖構造の船橋には装備することとなった。
 
2.4 S-band RADAR
 S-band RADARは霧や雨の中での探知能力としては、航海者には高く評価されているものであるが、X-band RADARに比べて普及率は低く、SOLASでも義務付けていない。
 ところが、世界通信会議(WRC)では、この海上無線標定業務用に割当られた周波数帯を他に使用するために規制がかかる方針を打ち出し、S-band RADARが海上移動業務で使用できなくなる恐れがあり、IMOより航海の安全の目的から反対意見を出して第2RADARはS-bandとすることとなった。発端となったスプリアス発振の幅を狭める技術が重要な課題として残された。
 
2.5 RADAR reflector
 従来100gt未満の船舶に装備勧告されていたものであるが、X-band(9GHz)帯を基準としたものであった。
 今次V章改正で、S-band(3GHz)RADARの有効性を強調するため、第2RADARにS-bandRADARを優先的に強調する表現としたこともあって、3GHzに対応できるレフレクタの要求を加え、さらに150gt未満の船舶に装備勧告することとなった。これに伴い、装備基準との兼ね合いも配慮して性能基準が作成される予定である。
 
2.6 RADAR Plotter
 従来RADAR PlotterはARPAのみで10,000gt以上の船舶に義務化されていたが、装備対象をより小型の船型にまで広げ、一部の二重装備が義務化された。それに伴い船型に見合った機能の性能基準が採択されEPA(Electronic Plotting Aids)とATA(AutoTracking Aids)が新たな性能基準として採択された。
種類が増えたためレーダープロッターを総称してRP(RADAR Plotter)と称するようになった。
 
2.7 SDME
 SDME(Speed and Distance Measuring Equipment:船速距離計)は、対地速度と対水速度の計測原理と、船首尾方向と横方向の計測方法があり、従来ARPAの船速情報として対水速度が義務つけられていたが、ECDISやAISの登場で対地速度のデータが必要とされ、更に横方向の対地速度を義務付けられる船型は50,000gt以上とされた。
 
2.8 THD
 THD(Transmitting Heading Device:船首方位伝達装置)は、従来、船舶の船首方位センサは磁気コンパスと500gt以上の船舶はさらにジャイロコンパスの装備が義務付けられていた。即ち500gt未満の船舶は、真方位信号は要求されず磁気方位信号で良かった。ところが、AISやRADARの、真方位信号を必要とする機器の装備義務が300gt以上と決められ、全ての客船及び国際航海をする300gt以上の船舶には新たな設備が必要となった。
 当初、磁気方位を簡単に真方位に変換できるとの誤認がありTMHD(Transmitting Magnetic HeadingDevice)としてIMOの性能基準が出来あがったが、現実的(製品開発、検査設備、小型船に見合う費用効果等)でないこと、SOLAS改正に間に合わないことを日本から指摘し、磁気に限らず、ジャイロコンパスや電波方式を含めた方位検知技術から補正変換して真方位伝達装置とするTHDの性能基準を提案し、採択された。
 
2.9 AIS
 AIS(Universal Automatic Identification System:船舶自動識別装置)は、船舶の衝突予防のための新しい援助装置として導入される装置である。
 航行中の船舶の衝突予防には、お互いの今後の針路を知ることが最も重要であるが、従来はRADAR映像による航跡から推測するか、無線通信で問い合わせるしか手段がなかった。
 今次改正では、この問題解決の手段として、英国よりGMDSSのDSCを利用する方法が安価に普及できるとして提案された。これに対し、それより高度だが有効な手段としてスウェーデンよりGPSを利用した位置情報放送方式(後に4S方式あるいはユニバーサル方式と呼ばれる)が提案され、大論争の結果意見が分かれ、DSC方式を採用したあと4S方式に移行する妥協案も出されたが、結局4S方式一本で搭載義務を段階的に導入することとなった。
 
2.10 HCS/TCS
 HCS(Heading Control System:船首方位制御装置)は、日本ではオートパイロットと呼ばれている装置で広く利用されているものであるが、性能基準が整備され、又、同レベルでTCS(Track Control System:航路保持装置)の新たな性能基準と共に、このどちらかを10,000gt以上の船舶に義務付けられることとなった。
 TCSは自動航行を行う場合はHCSを接続しなければならず、又、単独装置としてのHCSにTCS機能を加えるものもある。
 
2.11 VDR
 VDR(Voyage Data Recorder:航海データ記録装置)は、直接航海に使用する目的のものではなく、航海、操船に関するデータや音声を記録に残し、海難事故が起きた場合に、データを再生して事故時の状態を推定し、今後の海難防止対策の資料にしようとするもので、航空機の分野ではフライトレコーダやボイスレコーダで長年の実績があるが、船舶では新しい発想のものである。
 IMOで決められた情報は、保護された容器(カプセル)に納められた記憶媒体に納められ、回収後解析される。カプセルは船体固定型と浮揚型が認められている。
 
2.12 IBS/INS
 IBS(Integrated Bridge System:統合化ブリッジシステム)及びINS(Integrated Navigation System:統合航法システム)は、機能統合をしたシステムで、従来の単独機器の機器機能や性能を基準化するものと異なる扱いのものである。実質的に、船橋での航海当直は、現行規定による装備機器を有効に利用して監視、判断、制御などを行っているものであり、更にこれらを効率良く利用できるように機能統合するものである。
 IBSは船橋におけるあらゆる機能、即ち、航海、機関、通信、荷役、保安・安全、船内管理などに大別する機能を統合するものであり、INSはこの航海の部分の機能統合をするシステムである。
 同時に単独機器を集合させただけのシステムとしての問題点も指摘されており、IBSの設計面、運用面での見直しを行うこととなっている。現在、日本は提案国であるフィンランドとスウェーデンとでIBSの設計面、運用面に関するガイドラインを共同で作成しており、次回NAV48にこれを提案する予定となっている。
 
2.13 BNWAS
 BNWAS(Bridge Navigation Watch Alarm System:航海当直警報システム)は航海当直時に、当直者の居眠り又は心身的事故などで無人運転状態になることを早期に回避する、あるいは作業負担過多など、何らかの理由で警報が発せられても対処できない状態の時に、船橋外の、例えば船長室や控えの乗組員のいる場所に警報を自動転送するシステムである。この装置は、船長裁量であるが、ヘディングコントロールシステム(HCS)あるいはトラックコントロールシステム(TCS)が使われている場合は、(船長が使用を禁止する以外)いつでも作動状態でなければならないとなっているので、HCSあるいはTCSが要求される船舶には必要となろう。
 一人での当直時を想定しているが、この様な当直体制があり得る船に適用するガイドラインとして採択された。システムとしては、船級協会の任意の規格として既に普及しているものである。
 
2.14 Bridge layout
 正式には、“Guidelines on ergonomic criteria for bridge equipment and layout”で人間工学的に船橋機器の配置を標準化するものである。
 従来からあるISOの船橋配置規格(ISO8468)が広く参照されていたが、IMOとして一人当直をも想定してのガイドラインとして採択された。
3.特に注目すべき機器の基準内容
 
3.1 IBS
 前項2.12で触れたように、これらの機能統合化システムは、その基準に適合することによって、単独機器の機能に付加価値を生むものである。
 従来、単独機器基準はその規格範囲を他の規格に影響しない範囲に限定するため、単独機器を構成要素とするシステムでは、インターフェイス、付加すべき補正、警報管理、表示内容の統一、表示機器の重複、などの問題をはらんでおり、逆にIBSはこれらを解決する手段でなければならない。更に、システムを構成する単独機器は義務付けられている範囲でなくてはならず、これに追加する義務品でない機器については基準がない。
 これらの問題から、IBSでは、
1)性能基準面
 特に航海機器、通信機器はIMOの性能基準があり、これらに適合しなければならない前提の下にシステムを構成しなければならない。
2)設計面
 システムの構成品(調達も含む)の選定や、操作器、表示器、配置、データ伝送、センサ共用など、設計・計画者の設計思想や能力が影響する。
3)運用面
 航路状況判断、システム内機器の操作モード認識、警報管理、緊急対応など、利用者が直接関与する要望の織り込み。
4)責任所掌面
 検査当局、利用者、製造者等との間で責任関係等の調整が必要であることなどが指摘され、これらを考慮したガイドラインを作成しIMOのCircularとなる予定である。
 IBSガイドラインは、設計、運用面での見直しもあるが、航海機器全体をカバーするものであり、今後の単体機器基準作りにも大きく影響する。
 
3.2 VDR
 VDR制度の導入は、直接自船の航海に影響しない、大局的な判断に基付く長期的な海難事故防止対策のための装置で画期的なことである。
 VDRは主に、データを取り込むインターフェイス及び信号変換回路と、信号処理機能、データ記録機能(カプセル)によって構成されるが、カプセルに関する性能基準は、船舶に適用するのは始めてのケースであり、IMOのNAVのプレナリでTWGに性能基準を作るように指示され、TWGでは、IECに試験基準案を検討依頼することを決議した。
 主な基準内容は、下記の通り。
1)本体要件
・ データは改ざんされないような設計にすること。
・ 供給電源が喪失した場合、内部電池で2時間の船橋音響を記録できること。
・ データは12時間の間連続して記録できること。12時間を過ぎたものは新しいデータで上書きして消してもよい。
・ 記録するデータは時刻との関連付けが行われること。
・ VHFと直結する音声記録が行えること。
・ 船橋における必要な音響を収録するに足りるマイクロフォンの数が接続できること。
・ 少なくとも1台のレーダーから表示映像を記録できること。
2)記録媒体保護容器(カプセル)要件
・ 摂氏260度10時間、摂氏1100度1時間の耐加熱性試験に合格すること
・ 水深6000m相当の水圧に耐える材質・構造の設計である物であること
・ 水中音響ビーコンは25KHz〜50KHzの周波数帯で、内部電池により30日間以上作動できること。
・ 浮揚型には無線送信機と発光機能を備えること。
・ 無線発信機は、GMDSSのEPIRB相当のもので、光信号とともに、内部電池で7日以上作動することとされている。
・ 無線機の耐火温度カプセルの条件より低いものは、自動離脱機構は認められない。
・ 記録終了後少なくとも2年間はデータを残すこと。
VDRに関しては、在来貨物船への適用のためのフィジビリティスタディーが行われている。
 
3.3 AIS
 従来の、自己完結型の航法に加えて、他船あるいは陸上からの情報を利用した避航判断を助ける制度として、これも画期的といえる制度の導入である。
 AISを装備した船舶が自船の位置情報を送信する際に時間帯(スロット)を予約し、その時間帯に自船のデータを連続して送信する自己管理型時分割多重通信方式(SOTDMA)を採用している。関連する基準は、IMO MSC.7.4(69)Annex3の性能基準、IEC61993-2機器規格、ITU-RM.1371-1勧告、及びIMONAV47で採択されたガイドラインである。
 装置の性能要件としては、
 1) VHF受信機能(161.975MHz、162.025MHzの2チャンネル分)、
 2) VHF DSC(70CH)受信機能、
 3) VHF送信機能、
 4) GPS受信機能、
 5) 船内情報入カインターフェイス(時刻、方位、船速、回頭角速度など)、
 6) 文字数次表示、
 7) 外部信号出力(オプション)
情報は、本船固有の静的情報、船が動くと変わる動的情報及び航行に応じた航海関連情報に分けられ、情報の更新間隔は自船の速度によるレートが決められている。
 
3.4 THD
 主な基準内容は、利用する方位検知原理として、
 1) 地磁気を利用した方式、
 2) ジャイロコンパスのように他から独立した方式、
 3) 電波を利用した方式
がIMONAVで合意された。
 THDは他の装置が真方位信号を利用できるように、少なくとも1つのデジタルインターフェイス(国際標準IEC61162)出力を備えることとなっている。
許容誤差は、各原理共通に、
 1) 伝送誤差は±0.2°、
 2) 静的誤差は±1.0 (緯度による誤差増が認められる)、
 3) 動的誤差は±1.5°、
 4) 追従誤差は旋回速度に応じて下記の値以下で、
・10°/秒以下の旋回速度で±0.5°以下、
・20°/秒以下の旋回速度で±1.5°以下
あることとされている。
 THDは高速船対応機器でもあるが、ジャイロコンパスについては、高速船用に特別の基準がありこちらを適用することになる。
4.おわりに
 SOLAS条約、特に第V章の関連は、航海の安全と環境保全がその目的であり、すべての評価基準となっている。従って各機器の性能基準もこれらを担保できることを前提とし、かつ普及できるコストレベルと実現可能な技術レベルが、適用範囲を含めての論議の中心となった。
 安全性認識もコストパーフォーマンスも、各国の政情、経済事情、民族意識、等などの実情によって評価基準が異なるものであり、IMOの場においては論戦が繰り広げられた。
 1つの性能基準を決めるにしても、“提案し、説得し、実証し、多数の賛同者を得る”努力が不可欠であり、タイムリーにこれを実施しなければ意図するところを成し遂げることは出来ない実態である。
 今後は、非SOLAS船、小型船に対しても“クラスB”と称して国際基準を作成し適用しようとする傾向がある。
 これらの話題が活発化すると考えられるので、これらに対応することが必要と考えられる。
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