(III) 内航旅客船への損傷時復原性規則の取り入れ
大阪府立大学大学院 池田良穂
1. はじめに
SOLASの旅客船損傷時復原性規則に第8-3規則が新たに加えられ、平成11年7月に発効した。同規則は、国際航路に就航する搭載人員400名以上の旅客船に対して、2区画可浸要件を課すものである。
RR48WG1では、この第8-3規則も含めたSOLASII-1章第8-3規則の内航旅客船への適用の妥当性を検討することを目的とし、平成10〜12年度までの3ケ年にわたり、各種の内航旅客船についてSOLASの損傷時復原性計算を実施し、その間題点について検討した。
2. 各年度の作業の概要
各年度における作業の概要は下記の通りである。
平成10年度
・ 単胴の内航客船4隻を試設計し、SOLASの損傷時復原性計算(SOLASII-1章第8規則)を実施した。その結果、現存する内航客船について2区画可浸要件を課すことは非常に難しいことが分った。
・ この試計算結果に基づき、運輸省から国内規則案が提示された。それは「SOLAS規則II-1章第8規則どおりとするが、8-2および8-3規則については、非国際航海船舶に対しては最大搭載人員400名以上であっても適用しない」というものである。
平成11年度
・ 単胴の内航客船1隻を試設計し、平成10年度に試設計した4隻を含めて、計5隻について、SOLASの損傷時復原性計算を実施し、提示された国内規則案の妥当性と問題点を検討した。その緒果、大きな問題はないことが確認された。
・ 双胴客船の場合に大きな問題が起こる可能性が指摘され、その検討のために双胴船用の損傷時復原性計算プログラムの開発を行うこととなった。同プログラムの精度チェックのため、造船所での計算結果と比較をするクロスチェックを実施した。
平成12年度
・ 引き続き、双胴船用損傷時復原性計算プログラムの精度チェックのためのクロスチェックを実施した。
・ 開発した双胴船用損傷時復原性計算プログラムを利用して、国内の4隻の双胴船、海外で開発の2隻の双胴旅客船についての試計算を実施し、国内規則案の妥当性を検討した。
・ 半没水型双胴船3隻の試計算を実施し、その問題点について検討した。
3. 単胴客船の試設計
平成10〜11年度に試設計した5隻の客船はすべて単胴の在来型船であり、いずれも現存する内航客船をモデルにしている。主要目を表1に示す。
表1 試設計船(単胴)の要目
  |
総トン数
(ton) |
航行区域 |
旅客定員
(人) |
L
(m) |
B
(m) |
D
(m) |
d
(m) |
(A)108m型貨客船 |
5000 |
沿海 |
1125 |
108.00 |
15.20 |
8.80 |
5.40 |
(B)90m型旅客フェリー |
2400 |
沿海 |
940 |
90.00 |
16.00 |
6.20 |
4.50 |
(C)73m型旅客フェリー |
2900 |
限定沿海 |
720 |
73.00 |
18.00 |
4.80 |
3.40 |
(D)29.5m型旅客フェリー |
190 |
平水 |
150 |
29.5 |
8.20 |
3.35 |
2.35 |
(E)83m型旅客船 |
2600 |
沿海 |
1324 |
83.00 |
13.40 |
8.70 |
3.85 |
3. SOLASII-1章第8-3規則による2区画可浸計算
試設計した(A)〜(D)船について、第8-3規則の妥当性を検討するため、SOLAS損傷時復原性計算を行った。仮定した損傷範囲および判定基準(2区画可浸要件)は下記の通りである。
・ 損傷範囲
(1) 縦方向範囲は、横置隔壁をはさんで、11mか(3.0+0.03L)mのいずれか小さい方。
(2) 横方向範囲は、最高区画満載喫水線の水平面において、中心に対して直角に船側から内側に、船幅の5分の1の長さ。
(3) 船首隔壁より前方は限定なしに基線から上方、船首隔壁より後方は乾舷甲板まで。
・ 判定基準
(1) 浸水後の水面位置が限界線より下にあること。
(2) 最終平衡状態における横傾斜角が12度未満であること。
(3) 正の残存復原梃が、平衡角度から15度以上あること。
(4) 浸水後の最大残存復原梃が、片側に全ての旅客が集中した場合の傾斜モーメントと、風圧モーメントのうちの大きい方のモーメントを考慮して、次式により計算される値以上であること。
GZ(m)={(傾斜モーメント/排水量)+0.04
ただし、0.01m未満であってはならない。
(5) 最終平衡角から27度までの復原梃曲線下の面積が0.015m・rad以上であること。
計算は、満載状態の2つの喫水状態について、出港(Departure)と入港(Arrival)の2つのケースについて実施した。
その結果、いずれの船においても、船首、船尾においては2区画可浸要件を満足するものの、これら以外の区画においてはこの要件を満足できないことが判った。この要件を満足するためには、かなり大規模な設計変更が必要であるとの結論に達した。
4. 国内規則案
前述の試計算結果に基づき、運輸省から下記の国内規則案が提示された。
・ 「SOLAS規則II-1章第8規則どおりとするが、8-2および8-3規則については、非国際航海船舶に対しては最大搭載人員400名以上であっても適用しない」
5. 国内規則案の検討
前節の国内規則案を内航客船に適用した時の問題点を明らかにするために、単胴客船、双胴客船、半没水型双胴客船についてSOLAS規則に基づく損傷時復原性計算を実施した。
5.1 単胴客船
まず、試設計した(A)〜(E)船について区画係数を計算した結果、いずれの船も0.5以上となり、1区画可浸要件適用船であることが確認できた。
続いて、1区画浸水計算を行った。判定基準のうち、最終平衡角が7度未満であること、および復原梃曲線下面積の算出のための横傾斜角が22度までである点が、第3節で述べた2区画可浸の要件と異なっている。
計算結果は、いずれの船も、いずれかの区画において要件を満足しないことが分った。このため、各船に対して1区画可浸要件を満足させるための対策について検討した。各船に必要な対策について要約すると以下の通りである。
(1) A船
横隔壁を1枚追加の上、KG0を4%下げる。
(2) B船
横隔壁を1枚追加の上、KG0を2.3%下げる。
(3) C船
KG0を0.43%下げる。
(4) D船
機関室の前の隔壁を若干移動する。
(5) E船
クロス・フラッディング設備の設置、隔壁の追加。
以上のように、各船ともに、1区画可浸要件を満足するためには、中央部の車両区画、客室部等の水密区域を細分化するか、もしくは浸水後の横傾斜角を減らすためにクロス・フラッディング設備を設けるか、船底に固定バラストを設けて重心を下げること等が必要であることが分った。
ただし、小型客船を除くと、新造時の設計の時点からの配慮があれば大きな問題にはならず、SOLASの1区画可浸要件を適用することは妥当であるとの結論に達した。
5.2 双胴客船
双胴客船の損傷時復原性計算を行うためのコンピュータ・プログラムを開発し、2つの造船所の既存プログラムによる結果とクロスチェックを行うことにより、開発したプログラムの精度の確認を行った。
同プログラムを用いて、下記の4隻の内航客船(F〜I)および2隻の海外建造船(J〜K)についてSOLAS規則に基づく損傷時復原性計算を実施した。いずれの船型も双胴高速船型であり、比較的高い乾舷を持っているのが特徴である。
(F) 30m型純客船
(G) 43m型純客船
(H) 62m型旅客カーフェリー
(I) 72m型旅客カーフェリー
(J) 126m型旅客カーフェリー
(K) 56m型旅客カーフェリー
これらの船の結果は、(G)船を除くといずれの船も1区画可浸要件を満足することが確かめられ、(G)船についても小規模の付加工事で同要件を満足させることができることが分った。2区画可浸要件については、いずれの船も船首尾を除く区画では満足しないことが確認された。
また、(J)(K)の海外建造船についてはHSCコードによって建造されており、2区画可浸要件も満足していることが確かめられた。
5.3 半没水型双胴客船
他の双胴船とは大きく異なる復原力特性を有する半没水型双胴船については、損傷時復原性にも違いがあることが予想されるので、下記の3隻について試計算を実施した。
(L) 40m型旅客船
(M) 29m型交通船
(N) 63m型調査観測船
その結果、いずれの船型でも1区画可浸要件のうち、最終平衡状態における横傾斜角が7度以内という要件が満足できないことが明らかになった。この原因は、半没水型双胴船は波浪中での運動特性を向上せさるために、小横傾斜角における復原力を小さくするというコンセプトに基づいて考えられた新しい船型であることによる。10度以上傾くと復原力が急激に増加し、20度以上では復原梃が前節の高遠双胴船以上の値となることが確認されている。これらのことから、残存復原性が十分にあることが確認でき、上述の最終平衡角の要件については緩和しても問題はないと考えられる。
6. 結言
SOLASII-1章第8規則で定められる旅客船に対する損傷時復原性規則を国内規則に取り入れるにあたっては、第8-3規則の2区画可浸要件を除いて適用すれば、単胴、双胴型客船ともに大きな問題は生じないことが確認できた。ただし、半没水型双胴船では、最終平衡状熊での横傾斜角の要件を満足しないが、十分な残存復原性があることから、ある程度同要件を緩和することには問題がないと考えられる。