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3.3.3 タンク底板の滞留水
 孔食発生と成長には水の存在が不可欠で、底板に存在する水の性状が腐食現象に重要な影響を及ぼす。タンク底板上に数cmの水層があることが原油積載航行時の実船で観察されたので、採取・分析を行なった。その滞留水のpH値はほぼ7の中性であり、高濃度塩化物(8wt% as NaCl程度)を含んでいることが判明した。これは、原油中の含有水分が搬送中にタンク底に析出したものと考えられる。バラスト航行時における水の存在は確認されていない。
表3 原油積載時のCOT底板部滞留水の採取分析結果
タンクNo. Na Total
Fe
Fe3+ Cl- SO42- S2032- pH H2S
  13600 2 2 42500 14 <0.1 7.0 検出限以下
1S 40000 4.2 11 48000 1470 <0.1 7.15  
2P 40000 2.5 1 54000 1350 <0.1 7.50  
3.3.4 タンク底板のCOT内のオイルコート
 COT内面には白色/灰色の膜層が観察され、表面を軽く削り取った直下には黒色の油分層が出現した。これを原油分によるオイルコートと称し、そのイオン透過抵抗(遮蔽性)をRST(Rust Stability Tester)を用いて測定した。その結果、健全なオイルコートではタールエポキシ塗装と同等の保護性を有することが判明した。RST計測値の高い個所ではオイルコートが厚く残り、RSTの低い箇所では孔食が生じ易いことが確認された。また、オイルコートの遮蔽性は含水量の増加に伴って低下することも確かめられた。
 オイルコート厚さは、COWの照射状態に影響を受けるものと想定し、D/HのCOWマシーン直下から縦隔壁に向かってタンク底板の皮膜抵抗を計測した。結果を図17に示す。COW直下では遮蔽性が低く、離れるに従って改善され、オイルコートの膜厚がマクロ的に変化した。また、各種内構部材や配管により生じるCOWシャドー部ではオイルコートが厚く、タンク底板においては、オイルコートの状態が不均一であることが認識された。
 S/Hでは図16-1のように、タンク底板に縦横に構造部材が配置されているが、D/Hではその部材数が非常に少なく平坦であるため、COWシャドーが極端に少ない。この結果、S/HとD/Hのタンク底板でのCOW実施時のオイルコート生成と洗浄剥離の効果が大きく異なる。就航直後からD/Hの孔食発生頻度がS/Hに比べて高いのは、これが原因の1つと推定される。
 オイルコートの分析結果では、油分以外に付着鋼板部に近い側に比較的高濃度の硫黄分が存在し、少量の酸化鉄分が均一に混在していることが判明した。また、底板部に堆積した可動性のスラッジから、油分や大量の鉄酸化物とともに比較的高濃度の硫黄分が検出された。なお、硫黄分の存在については後述するように局部腐食を加速する影響があることが判明した。
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図17 タンク底板のRSTによるオイルコートの健全性評価
3.3.5 タンク底板の温度
 船型の違いによるタンク底板温度に及ぼす影響の有無を明らかにするために、実船での温度計測とシミュレーション解析を実施した。シミュレーション解析結果を図18に示すが、原油満載時にはD/HはS/Hに比べて約5〜10℃高温側に保持され、バラスト航海時には両者に温度差は殆ど存在しないことが明らかになった。また、上甲板ではS/HとD/Hの間で温度差は生じないことが判明した。
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図18 COT内の温度分布シミュレーション結果(原油満載時:D/H&S/H)
3.3.6 実船暴露試験
 運行中のD/Hの船底近傍のホリゾンタルガーダー上に暴露試験片を設置し、約2ヵ年の暴露試験を実施した。試験片は、MSとTMCP鋼の2種類で、表面処理をミルスケール付き、表面研削、ショットブラスト、ショッププライマー塗装の4種類を用意した。また、滞留水の影響が明確に現れるように、各試験片の4周縁を高くする形状にした。各試験片の表面錆除去後の状況を図19に示すが、表面に明瞭に孔食が発生していることが分かる。
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図19 暴露試験結果(試験片外観:表面錆層除去後の状況)
 鋼種および表面処理が孔食発生に及ぼす影響を評価したが、TMCP鋼とMSの間で差はなく、表面にミルスケールがあるものは孔食が生じやすいことが判明した。また、ショッププライマーも孔食に対しては殆ど耐食性の効果がないことが分かった。
3.3.7 実験室実験
 実船調査で得られた知見より、孔食発生には、不完全な表面皮膜の存在、腐食環境、マクロセル形成物質等が重要な要因であると考え、これらの因子の影響を確認するために、実験室での孔食の再現試験を試みた。
 [1] 腐食環境
 COT内はH2SとO2の共存する強腐食性気相環境であり、かつ底板部に濃海水が滞留することが明らかになった。そこでタンク底板を模擬した人工海水もしくは食塩水中における炭素鋼(MSとTMCP鋼)の腐食速度に与えるH2S濃度の影響を調べるために試験を実施した。孔食発生した条件を図20に示す。10%H2S条件で、孔食が再現されることが複数の試験で確認され、また、非常に高濃度H2S条件では孔食の発生が確認された。しかし実際のCOT中のH2S濃度数は100ppm〜3000ppmと低いので、高濃度H2Sが孔食誘起の直接の主要因であるとは考えにくい。
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図20 人工海水や塩水中における炭素鋼の腐食に与えるH2Sの影響と孔食の発生
 [2] FeSや単体Sの存在
 孔食発生(アノードサイド)部に対し、その周辺がカソードとして作用することで、マクロセル電池を形成して孔食の進展速度を著しく加速させることは良く知られている。そこで各種のアノードとカソードの組み合わせにより腐食電位の評価を行った結果、スラッジ堆積部が非堆積部に対してカソードとして機能することが明らかになった。更に、スラッジに含まれる単体SとFeSに注目し、MSおよびTMCP鋼とSとFeSのピレットを含む各種表面電位を計測したところ、Sの鋼材表面での存在がカソードとして作用し、局部腐食を促進することが明らかになった。その結果を図21に示す。この実験では粉末S塗布部の境界に微少孔食の発生が認められ、これは、S塗布面と非塗布面で局部マクロセルが形成されたとものと考えられる
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図21 各種塗布材の電位および分極測定に基づく腐食速度の比較
 [3] 大型タンク模擬試験
 タンカーのCOTの底板を模擬した大型タンク試験装置を製作し、孔食再現試験を実施した。装置には気相と液相があり、気相にはIGSに3000〜5000ppmH2Sを添加したガスを使用し、液相部には海水を張った。試験片はミルシートのまま、スラッジとパラフィン混ぜて塗布した模擬オイルコート塗布試験片等で行った。試験片は傾斜させ、実船より採取したスラッジを試験片上に置いたが、非堆積部も作り出した。図22に試験装置と試験結果の一例を示す。ミルスケールままおよび模擬オイルコート塗布試験片で、進行速度の速い孔食を実験室的に再現することができた。特に、ミルスケール付きの試験片では、実船で見られたのと酷似したシャープな孔食が再現された。
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図22 実船COT底板模擬試験(ミルスケール、人工オイルコート評価)








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