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マレイシア
序論
 マレイシアの海運は、国家の成長と、2020年までに先進国の仲間入りをするという目標達成にとって、死活的な重要性を有する戦略部門である。これはマレイシアのサービス部門国際収支の赤字を削減しようとする政府の方針によるものであり、国内海運企業の船腹拡大努力を促進する要素である。さらに造船業も1970年代に政府が打ち出した工業化政策で、最初に重点が置かれた部門の一つであった。マレイシアを海洋国家として発展させようとする首相の抱負も、造船業の発展を支えた。
 
 政府のたゆまざる努力により、海運は成長を遂げ、船隊規模にして1982年の433隻(733,225 GRT)から99年12月現在で3,033隻(6,822,852 GRT)にまで拡大している。
 
 この成長によりマレイシア船隊の輸出入貨物積取比率は、同期間に5%未満から17%にまで伸びた。マレイシア外航船隊は引き続き拡大しているので、自国の輸出入物資の輸送における外国船依存度が低下し、サービス収支の赤字も減少することになろう。
 
 同様に、国内水域で外国所有あるいは支配下の船腹が圧倒的シェアを占めている状況も段階的に解消、少なくとも緩和され、政府の内航海運政策が求める自国船主義に沿って、内航船隊も拡大してきている。一般乾貨物、食用油貨物、さらに石油・ガス製品の輸送が、マレイシア籍船に移っている。国内海運法は、国内トレードにおいても自国籍船隊の拡大に寄与している。
 
 船隊構成は下表の通り。
(1999年現在)
船種 隻数 GRT
タンカー 146 968,464
LPG,LNG船 19 774,843
撒積船、木材船 61 1,444,195
一般貨物船 492 773,015
客船 251 26,376
コンテナ船 58 735,326
自動車船 11 50,873
その他 1,995 2,049,760
3,033 6,822,852
 
 マレイシアにおける船腹需要は以下の要因から生じる。
・老齢により解撤されたり喪失した船舶の補充
・海上荷動量の伸びによる船腹増強
・トレード・パターンの変化による船腹増強
・港湾、船舶両面における技術的変化
・軍事的需要
・石油・ガス産業の発展
・レジャー
・政府の方針
 
マレイシアの造船所
 マレイシアの造船業はAMIM登録べースで約52の造船所から成るが、その大半は比較的小規模な造船所で、まとまりのない状況にある。政府の入札に参加する造船所は、設備、建造可能船型によりA級からE級までに分類され、大蔵省への登録が必要とされる。1999年12月現在、39の造船所が登録され、以下のように分類される。
A級 排水量 600 トン超 6
B級  〃 400-600 トン 6
C級  〃 200-400 トン 14
D級  〃 50-200 トン 1
E級  〃 50 トン未満 12
 
 建造船種はプレジャー・ボート、バージ、タグ、乗組員用ボート、錨操作/サプライ・ボート、哨戒艇、上陸用舟艇からコンテナ船、タンカー、貨物船などの外航船に及ぶ。中小造船所の建造可能船型は3,500 DWT以下で、主として国内市場を対象とする。一方、最大の造船所Malaysia Shipyard and Engineering Sdn.Bhd.は70,000 DWTの揚船設備を設置して30,000 DWTまでの船舶の建造が可能。大型造船所は国際市場にも進出し、輸出船も多数受注している。
造船産業に影響を及ぼす要因
 造船産業に影響を及ぼす要因で、有効な対応が必要とされるものが数々ある。これらの要因は以下のように分類される。
・造船能力過剰の問題。マレイシア国内の造船所の大半は設備稼働率が50%に満たず、新造船だけでは生存がおぼつかない。従ってマレイシアでは造船所が修繕船工事も行うのが通例である。
 造船能力が過剰なため、造船所は限られた国内船受注を奪い合い、そのため新造船価が低迷している。この状態が長引けば、生産性の低い造船所は存続が脅かされる。
・造船所と造船関連機器サプライアーの集中。これは他国の造船所に対して有利な点であり、為替変動、納期、輸送費などの要因から、競争力に寄与する。マレイシアでは舶用機器サプライアーの数が非常に限られているので、船舶の機器や艤装品などは、その大半を輸入に依存しなければならない。
・外国の船主は、それぞれの国内造船所に発注する傾向がある。しかしマレイシアでは、船主は第1の選択基準として低船価を求めがちである。
・造船業は運賃、用船料の動向に左右され、その上下により受注がかなり変動することもある。
・熟練工の確保。
 
造船能力
 Drewry Shipping Consultantsの1998年の統計によれば、商船建造能力は、2,300万トン弱である。日本が依然として最大の造船国で700万CGT弱の能力を保有し、韓国の新造船能力も急増して400万CGT前後と推計される。中国の年間建造能力は現在80万CGTとされる。
 技術投資により生産性が向上し、能力は優に15-20%増大する。
 建造量の70%は極東各地の造船所が分け合っている。
造船労働力
 人件費が低い環境で操業している造船所は、コスト面できわめて有利な立場にある。設備が貧弱でも、人件費が低ければ造船所は受注を確保できる。
 造船では円満な労使関係もきわめて重要である。マレイシアでは造船所と企業内組合の関係が良好で、争議による操業停止が生じたことはない。
 現在、造船に従事している労働力は約15,000名と推計される。労働力は高齢化が進み、汚い、危険、長時間労働という劣悪なイメージから、若年労働者を引き付けることがむずかしい。
造船市場におけるシェア
 船腹需要はグローバルな性格のものであり、その充足には何の障壁も存在しない。船腹需要には循環要因が強く、造船国は、受注の臨界質量を確保する上で、国内市場が活況を呈していれば有利なことが多い。例えば、一部の船主は国内造船所にしか発注しない傾向がある。
 マレイシアでは一般に国内造船所は政府や政府関係機関の発注に恵まれることが多い。マレイシア政府系銀行から融資を受ける船主も、国内造船所に発注するよう奨励されている。しかし船型面での制約から、船主は外国造船所には注する傾向が強い。
舶用機器
 舶用工業が発達した国では、造船所がそれだけ船舶建造コストを管理できるため、有利な立場にある。
造船所に影響を及ぼす内部要因
 造船所の効率は、効率に影響を及ぼす諸基準間の均衡を維持することにより高めることができる。
・経営と戦略
 造船所は特定の船種に特化し、専門能力、戦略、組織構造を発展させなければならない。
 マレイシアの造船所は一般に能力さえあればどんな商談にも応じる傾向がある。特化もなければ、造船所間の戦略的アライアンスもない。
・マーケティング
 大半の造船所は国内市場に依存し、国際的なマーケティング活動はあまり行っていない。
・人的資源
 総工数を削減するために、造船労働者は多技能をこなせなければならない。安全性意識の高揚と維持も重要である。
・設計と技術
 設計作業はコスト削減のために、生産作業を意識して進めなければならない。
・購買
 造船所は部品の調達に当って、ジャストインタイムの購入と標準化を図らなければならない。資機材のコストは船価の50%ないし60%を占めるが、調達源を広く世界に求め、サプライアーとの戦略的アライアンスを通じて削減することができる。
・計画と生産
 船舶の建造工程を迅速化する必要性は、人件費の上昇と共に主要な要因である。すなわち工程の各段階で計画性が重視されなければならない。マレイシアの造船所は、工事を各段階で管理することができるように、計画立案ツールの導入に投資を要する。生産工程の自動化も進めなければならない。
設計技術
 大半の造船所が、船舶を建造する能力はあっても、設計能力を欠いている。小規模造船所では、マレイシア国内やシンガポールの設計会社から基本設計を購入するのが通例である。すなわち施工図面がないということであり、これが最終的な品質、建造期間、コストに跳ね返っている。
 施工図面があれば造船所はよりよい環境で部品を事前に加工し、取付けだけを船上で行うことができる。
 比較的大規模な造船所では自前の設計部門があって、タグ、タンカー、貨物船などの設計を行っている。Malaysia Shipyard And Engineering Sdn.Bhd.(MSE)やPSC NavalDockyardなどは、先行投資をして造船専用の高度なコンピュータ設計・情報システムを開発し、それぞれTRIBON、FORANというシステムを使用しているが、他の造船所は大半がAUTOCADを利用している。
 自社内に設計部門を置くことが困難なのは、以下のような理由からである。
・リピート受注の不足
・経験豊富な人材の不足
・設計ツールと手法に継続的に投資して、グレードアップを図る必要性
・造船所間の戦略的アライアンスの欠如
建造技術
 マレイシアの造船所は大半がブロック建造方式を採用している。しかしながらブロックの寸法と先行艤装の程度は、設備の整備状況に応じて造船所間でばらつきがある。この問題の解決も詳細設計図面がどの程度準備できるかに掛かっている。
 品質、精度、迅速性、コスト、ロスの削減などの面で改善を図るため、中大型造船所ではコンピュータ制御のNC工作機械を使用している。
 管部品の図面があれば、より高品質の管類を迅速に加工できる。中大型造船所ではパイプ巻枠の生産にソフトウェアや管曲げ機を導入している。
 溶接技術も半自動溶接機やセラミック裏当ての使用により改善されている。
材料と支援産業
 造船所では必要な材料をすべて外部から調達するのが通例である。そのため価格、納期、品質の各面で適正なサプライ・チェーンの整備が必須とされる。納期を厳守させることも、在庫を最小限度に抑えるために欠かせない(ジャストインタイム納品)。調達先が国内になくて他地域から調達すると、納期の遅れ、在庫肥大、輸送費の増大などの問題が生じる。これもまた、供給元との安定した関係を築く能力の問題である。
 現在国内で調達可能な品目やサービスは以下の通りである。
・塗料
・室内調度品/防火扉/断熱材
・軟芯パネル材
・小型プロペラ・軸用鋳造品
・小型配電盤の製造
・電気メッキ設備
・トイレ/洗面所ユニット
・亜鉛陽極
 現在ケーブルの一部、さらに最近では鋼板の一部も国産化の努力が進められている。
政府の支援策
 造船業育成の観点から、政府は産業マスター・プランに基づいて、以下の戦略を実行に移すタスク・フォースを発足させた。
・海運部門と新造船・修繕船部門の発展の調整を図る
・造船業の競争力強化のために合理化・統合計画を実施する
・造船業の発展を助けるために有効な技能・人材育成計画を策定する
・適切なインセンティブを導入して国内造船所に対する安定需要の醸成を図る
・生産性向上、生産コスト削減のために船舶設計の標準化を促進する
 以上の戦略に基づいて、同タスク・フォースは以下を検討、実行に移した。
・海事産業調整委員会の設置
 海運、造船は相互に関連する部門であるから、この委員会は海運、造船に関わりのある各種の政府機関相互間の円滑な調整を促進する。
・合理化と統合
 タスク・フォースは、外国造船所との熾烈な競争を克服するために、業界の合理化と統合の問題を検討した。その結果、同一地域内に立地する造船所が、効率化のために事業を互いに調整することを勧告した。タスク・フォースはまた、業界の合理化を促進するために、適切なインセンティブを検討、導入することも勧告した。
・市場の需要を刺激
 タスク・フォースは一定の範囲に含まれる船舶に対して輸入税を付加するなど、各種の措置を検討した。また、船主と船舶運航者に、優遇利率での融資と、適切な課税優遇措置も提案している。
・コスト削減措置
 タスク・フォースはまた、国内船の設計標準化の欠如が国内新造船コストの上昇につながっていることを認識した。したがって、国内造船事業者は、設計標準化を促進するよう奨励されなければならない。
 コスト削減について、タスク・フォースはさらに、新造船および修繕船活動に使用する原材料と部品に対する輸入税を、政府が全面免除することを勧告している。
海事産業に対する金融
 海運・造船産業に提供されている各種の金融の便宜は、海事国家を志向するマレイシアの悲願にふさわしく、自国商船隊と造船業の能力拡充を狙ったものである。第1に高リスクから、第2に業界に対する理解の不足から、市中銀行の大半が船舶金融をためらっているために、金融の需給ギャップを埋める上で、Bank IndustriとEXIM Bankが重要な役割を果たしてきた。両行は優遇金利での各種融資や融資関連援助と共に、ベンチャー・キャピタル投資を通じて、この役割を全うした。
 2000年12月末現在、海運各社への融資残高合計は15億リンギットを超える。さらに10億リンギとの追加融資枠が設定されている。
 Bank Industriは資本集約的ハイテク産業を支援するために1979年に創立されたが、発足以来、造船業を発展させようとする政府の方針実現の一翼を担ってきた。同行は運転資本、資本支出の両面で融資を提供し、造船所の新造船・修繕船事業を支援し、一方、造船業インフラと設備のグレードアップ、近代化を図っている。
Bank Industriが提供する融資の種別
海運
1. 新船腹建造融資-マレイシア国内建造
 国内船主が新造船をマレイシア国内造船所に発注するように奨励することを意図した、固定期間貸付制度。
2. 新船腹建造融資-海外建造
 国内造船所が規模/技術能力の面で建造できないような、特殊な船舶を海運会社が海外から輸入しなければならない場合もある。その際は当該海運会社が海外で融資を得られるように、Bank Industriが債務保証を与える。同行はまた、当該船舶がマレイシアの外貨獲得に寄与できる性格のものであれば、海外建造船の購入代金の直接融資も考慮する。
造船
1. 造船所資本支出支援制度
 造船所が新造船・修繕船能力を増強できるように、この制度は、生産性と効率の改善に役立つような新機器の購入により、造船所のインフラ整備を奨励するものである。
2. 修繕船割引融資
 国内造船所が内外の船主から修繕船工事の受注を得られるように、Bank Industriは12ヵ月以内の期限でリボルビング方式により運転資金を貸し付ける。
3. 小型艇建造
 造船業界の経験にかんがみ、同行は国内の小型艇、特に輸出向けを主体とするプレジャー・ボート等の建造事業を対象に、資金支援制度を発足させた。
4. 性能保証金
 性能保証金により、船舶または構造物の建造中および引渡し後特定の期間について、その技術的性能が保証される。
EXlM Bankが提供する融資の種別
 買手信用制度は、マレイシア製品、特に資本財の輸入を促進するために、外国の購入者または融資機関に直接供与される融資である。融資の実行は、海外の商談に応札するマレイシアの輸出業者または請負業者に対して直接行われる。
 融資条件は下表の通り。
 
目的 インフラ設備、プラントならびに建物の新設、グレードアップ
または拡張、および機械設備等の固定資産の購入
融資比率 契約または工事価額の85%を上限とする融資
最低限度額 契約価額200万リンギットまたは外貨の相当額以上
融資対象 1.サプライアー/請負業者はマレーシア国籍者支配下の国内
法人でなければならない。
2.国内生産分30%以上の要件を満たす資本財、製造業製品、
工事およびサービス
期間 2年以下の猶予期間を含む10年を上限とする
利率 銀行の資金コストに利鞘を加算した率
使用通貨 米ドルまたはその他希望の通貨
返済方式 四半期毎または半年毎
融資実行先 サプライアーに直接
担保 ・EXIM Bankが容認する銀行保証
・政府保証
・その他EXlM Bankが容認する担保
SWOT分析
強み(S)
1. 多数の定評ある造船所の存在
2. 専門的経営能力の発展が可能
3. EPC方式による工事の設計・実施能力
4. 国内市場に他から参入の余地があまりないこと
5. 外国の設計者、その他の専門家との国際ネットワーク
6. 企業の強力な財務体質
7. 建造船台、用地に将来の拡張の余地が十分あること
8. 経済的・政治的安定性
弱み(W)
1. 低コスト戦略のみでは競合不能
2. 造船先進国に比較するとやや低い生産性
3. 生産設備の深刻な不足
4. 舶用機器・部品の輸入依存度が高い
5. 専属的なニッチ市場の不在
6. 設計・研究開発における経験・知識の不足
7. 輸入制限により発送、通関に要する期間があまりにも長い
8. サプライアーとの戦略的アライアンスがないため、資機材コストが高騰
9. 人件費の上昇
10. 製品が標準化されていない
11. 造船所や機器サプライアーが集中していない
12. 協力工の未熟練
13. 国際マーケティング
チャンス(O)
1. 52隻以上が船齢25年を超え、解撤を要する
2. 漁業の未発達
3. マレイシア領海の保護強化
4. マレイシアの石油・ガス産業が急速に発展中であり、支援船の需要が増大する見込み
脅威(T)
1. 低コストの外国造船所との競合
2. 建造能力拡大による世界的な能力過剰
3. 外国造船所が自国政府から補助金を受けて値引きをしている
4. 国内造船所保護のため一部の国が参入障壁を設けている
将来へ向けての戦略
 マレイシアの造船業が将来にわたり活力ある産業として発展するためには、以下の面において対処を必要とする。
・先見的または積極的マーケティング慣行
・単なるサービス以上の価値を顧客に提供
・効率的、費用効果が高く、高品質で生産しやすい設計を生み出すため設計技能の改善
・人的資源の開発
・詳細な生産計画
・購買業務の改善
・船台の回転を高めるため建造期間の短縮
 政府はさらに、造船所、船主に好条件の金融、租税の減免、研究開発資金の提供などで役割を果たさなければならない。
 海運事業のグローバルな性格から造船業は常に外的要因に大きく左右されてきたが、貿易・軍事・政治面におけるその重要性は、論議の余地なく抜きんでている。








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